せん仏

塼仏から転送)
本来の表記は「塼仏」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

塼仏(せんぶつ)は、かつて中国の北魏から代に発展し、日本には7世紀に伝来し、発達したレリーフ形式の仏像

川原寺裏山遺跡出土の塼仏
(明日香村埋蔵文化財展示室)
山田寺跡出土の塼仏
飛鳥資料館展示)

制作編集

制作方法は、塼が古代中国で作られていた煉瓦の一種を意味するように、あらかじめ制作しておいた雌型粘土を押し当てて形をとり、乾燥、焼成する。木像や石像と異なり、大量生産に向くメリットがある。新田部親王の邸宅跡(現唐招提寺)からは、部分的に金箔で覆われた塼仏の破片が発掘されており、豪華な装飾を施したものも存在していることが判明している[1]

使用方法編集

用途ははっきり解明されていないが、川原寺の裏山遺跡(後に川原寺が焼失した際に被害を受けた仏像や仏具を収めた遺跡)から破片が大量に出土しており、仏具としての性格のほか、仏堂の壁面を塼仏で埋め尽す装飾にも用いられていた説がある。

出土例編集

出典編集

  1. ^ “唐招提寺で「せん仏」片見つかる 天武天皇の子・新田部親王所有か”. 産経ニュース (産経新聞社). (2012年3月21日). オリジナルの2013年3月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130322025028/http://sankei.jp.msn.com/life/news/130321/art13032120550006-n1.htm 2012年3月22日閲覧。