多宝院 (能代市)

秋田県能代市にある寺院
この「小伝宗誾」の最後の文字には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字が含まれています(詳細)。

多宝院(たほういん)は、秋田県能代市檜山字小間木にある曹洞宗寺院。地元ではシダレザクラの名所としても知られる。

多宝院
多宝院 本堂
所在地 秋田県能代市檜山字小間木
位置 北緯40度9分46.7秒 東経140度6分51.8秒 / 北緯40.162972度 東経140.114389度 / 40.162972; 140.114389 (多宝院)座標: 北緯40度9分46.7秒 東経140度6分51.8秒 / 北緯40.162972度 東経140.114389度 / 40.162972; 140.114389 (多宝院)
山号 潜竜山
宗派 曹洞宗
本尊 聖観音
創建年 延徳元年(1489年[1][2]
文明年中[3]
開山 小伝宗誾
開基 多賀谷通経[2]
多賀谷家稙[3]
中興 全欣和尚
法人番号 9410005003898 ウィキデータを編集
テンプレートを表示
山門
多宝院のシダレザクラ

概要編集

山号は潜竜山。一般的に院号の多宝院(多寶院)で知られる。本尊聖観音

久保田藩多賀谷氏の菩提寺であり、「秋田武鑑」にも『禅宗 多寶院』と掲載されている。また同書より檜山住の家格宿老の藩士松野氏分家も同寺を菩提寺にしているのが分かる。

佐竹義宣の久保田藩移封による多賀谷氏移封に随行して常陸国より移転してきたので、茨城県下妻市に当地の多賀谷氏墓地を管理する[4]同名の寺多宝院が存在する。

不動明王立像多賀谷重経座像国清寺跡より移された古扉を所蔵する。なお建造物は秋田県指定文化財である。

沿革編集

常陸国多宝院の縁起編集

常陸国の多宝院の起源は鬼山和尚が常陸国大串村寺山に創建した寺院という。なお、当初の宗派は不詳。

創建時期には諸説あり、延徳元年(1489年)に多賀谷通経が創建したとの説[2]と、文明年中(1469年 - 1487年)に多賀谷家稙が常陸国大串村から下妻城下に移転の上、乗国寺2世住職・中明栄主の弟子である小伝宗誾を開山とし曹洞宗寺院として創建したという説[3]がある。

天正10年(1582年)に在雄和尚が朝廷に参内して正親町天皇より宸翰を得る。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 日本歴史地名大系第5巻
  2. ^ a b c 「角川日本地名大辞典5」
  3. ^ a b c 日本歴史地名大系第8巻
  4. ^ 立花氏柳川藩移封に随行した梅岳寺の跡地に梅岳寺が再建されたり、上杉氏移封に林泉寺が随行して以降に林泉寺 (上越市)が再建されるなど領主移封に随行した寺が旧地に別に再建される場合ある。ただし、『日本歴史地名大系第5巻 秋田県の地名』や『日本歴史地名大系第8巻 茨城県の地名』では二つの多宝院の関係について特に触れていない。

参考文献編集

  • 『日本歴史地名大系第5巻 秋田県の地名』(平凡社1980年初版)
  • 『日本歴史地名大系第8巻 茨城県の地名』(平凡社1982年初版)
  • 三浦賢童編『秋田武鑑 全』(無明堂出版、昭和56年初版、原著は「久保田家中分限帳」の著者)
  • 『角川日本地名大辞典5 秋田県』(昭和55年、角川書店)
  • 『角川日本地名大辞典8 茨城県』(昭和58年、角川書店)