大内氷上古墳(おおうちひかみこふん)は、山口県山口市大内御堀にある古墳。形状は前方後円墳。山口県指定史跡に指定されている。

大内氷上古墳

墳丘全景(右に後円部、左奥に前方部)
所在地 山口県山口市大字大内御堀字山根348番地[1]
位置 北緯34度9分55.15秒 東経131度29分45.15秒 / 北緯34.1653194度 東経131.4958750度 / 34.1653194; 131.4958750座標: 北緯34度9分55.15秒 東経131度29分45.15秒 / 北緯34.1653194度 東経131.4958750度 / 34.1653194; 131.4958750
形状 前方後円墳
規模 墳丘長28m
高さ2.8m(後円部)
埋葬施設 竪穴式石室
出土品 鉄鏃
築造時期 5世紀中葉-後半
史跡 山口県指定史跡「大内氷上古墳」
地図
大内氷上 古墳の位置(山口県内)
大内氷上 古墳
大内氷上
古墳
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概要 編集

山口県中部、大内盆地北縁の丘陵上に築造された小型の前方後円墳である(山口市域では現存唯一の前方後円墳[2])。現在までに後円部南側が削平を受けているほか[3]1985年度(昭和60年度)に調査が実施されている。

墳形は前方後円形で、前方部を北西方に向ける[2]。墳丘周囲には浅い周溝が認められる[3]。埋葬施設は竪穴式石室で、石室構造には山口地域の箱式石棺の様相が指摘される[4]。石室主軸は墳丘主軸からやや西にふり、内法の長さ2.86メートル・幅0.6メートル(推定)・深さ0.7メートル(推定)を測る[2]。ただし現在は石室の南側を損壊し、役行者像の祠が設置されている[3]。石室から検出された副葬品としては鉄鏃1点がある[2]

この大内氷上古墳は、古墳時代中期の5世紀中葉-後半頃の築造と推定される[2]山口盆地の首長墓である朝田墳墓群(山口市朝田・吉敷、国の史跡)に対する、大内盆地の首長墓に位置づけられる古墳になる[4]

古墳域は1986年(昭和61年)に山口県指定史跡に指定されている[1]

遺跡歴 編集

  • 1985年度(昭和60年度)、発掘調査(山口県教育委員会、1986年に報告書刊行)[1]
  • 1986年(昭和61年)4月8日、山口県指定史跡に指定[1]

墳丘 編集

墳丘の規模は次の通り[2]

  • 墳丘長:28メートル
  • 後円部
    • 直径:15メートル
    • 高さ:2.8メートル
  • 前方部
    • 幅:14メートル
    • 高さ:2.3メートル

文化財 編集

山口県指定文化財 編集

  • 史跡
    • 大内氷上古墳 - 1986年(昭和61年)4月8日指定[1]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e 大内氷上古墳(山口県ホームページ「山口県の文化財」、文化財要録)。
  2. ^ a b c d e f 大内氷上古墳(古墳) 1989.
  3. ^ a b c 史跡説明板。
  4. ^ a b 大内氷上古墳(山口県ホームページ「山口県の文化財」)。

参考文献 編集

(記事執筆に使用した文献)

  • 史跡説明板
  • 桑原隆博「大内氷上古墳」『日本古墳大辞典東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607 

関連文献 編集

(記事執筆に使用していない関連文献)

  • 山口県教育委員会文化課・山口県埋蔵文化財センター 編『山口県埋蔵文化財調査報告 第96集 -大内氷上古墳-』山口県教育委員会、1986年。 
  • 「大内氷上古墳」『山口県史 資料編 考古1』山口県、2000年。 
  • 「大内氷上古墳」『山口市史 史料編 考古・古代』山口市、2012年。 

関連項目 編集

外部リンク 編集