大城皓也

沖縄県出身の洋画家

大城 皓也(おおしろ こうや、1911年明治44年)4月14日 - 1980年昭和55年)7月12日)は、沖縄県出身の洋画家二科会会員[1][2]

生涯編集

1918年大正7年)、沖縄県立第二中学校(現・沖縄県立那覇高等学校)に入学し、在学時に美術教師・比嘉景常の指導を受ける。1934年(昭和9年)、東京美術学校を卒業する。

1936年(昭和11年)、沖縄県の私立開南中学校(沖縄戦により廃校)の美術教師となる[3]。沖縄美術展覧会の創設に参加した。

太平洋戦争後、名渡山愛順安谷屋正義らと首里儀保町のニシムイ美術村アトリエを設ける[4]1950年(昭和25年)には琉球大学助教授に就任した。

代表作に久高島の祭事・イザイホーに取材した『神々の誕生』などがある。

画家・岡本太郎は東京美術学校の同期で、大城の招きで沖縄を訪問した。その結果生まれたのが沖縄文化論である。[5]

外部リンク編集

出典編集

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  1. ^ 20世紀日本人名事典 大城皓也
  2. ^ 新城俊昭『教養講座 琉球・沖縄史』編集工房 東洋企画269頁
  3. ^ 琉球文化アーカイブ
  4. ^ 沖縄県立博物館・美術館
  5. ^ 岡本太郎『沖縄文化論ー忘れられた日本』中公文庫254ページ