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大沢 定寧(おおさわ さだやす)は、江戸時代中期の高家旗本。通称は七助、兵部。官位従五位下侍従相模守

 
大沢定寧
時代 江戸時代中期
生誕 寛保元年(1741年
死没 安永5年9月11日1776年10月22日
改名 基典(初名)→定寧
別名 通称:七助、兵部
官位 従五位下侍従相模守
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家重家治
氏族 持明院家庶流大沢氏
父母 父:大沢基朝
兄弟 直太郎、定寧
なし
大沢基之正室、中条信義正室
養子:基之

生涯編集

大沢基朝の次男として誕生。初名は基典。

宝暦2年(1752年)4月9日、父・基朝の隠居により、家督を相続する。寄合に所属する。宝暦11年(1761年)12月9日、10代将軍・徳川家治に御目見する。同年12月18日表高家に列し、高家旗本に復帰する。宝暦13年(1763年)3月15日菊間詰となる。同年12月18日高家見習に召しだされて、従五位下侍従・相模守に叙任する。明和4年(1767年)12月21日高家職に就く。

安永5年(1776年)9月11日死去、享年36。

系譜編集

正妻はいない。子女は養子含め1男2女。

先代:
大沢基朝
高家大沢家7代当主
1752 - 1776
次代:
大沢基之