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大蓮寺(だいれんじ)は、石川県金沢市野町にある、浄土宗の寺院。

大蓮寺
大蓮寺.JPG
所在地 石川県金沢市野町二丁目1番14号
位置 北緯36度33分27.5秒
東経136度38分54.9秒
座標: 北緯36度33分27.5秒 東経136度38分54.9秒
山号 宝池山
宗派 浄土宗
創建年 慶長9年(1604年
開基 衍連社広誉怒白上人
正式名 宝池山功徳院大蓮寺
法人番号 3220005000672
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大蓮寺墓所 供養塔
大蓮寺西正門 豪姫レリーフ

概要編集

山号は宝池山。前田利家の四女で宇喜多秀家正室である豪姫の位牌所・菩提寺として知られる。野田山にある豪姫の五輪塔の墓を今も守り、豪姫の位牌と念持仏である聖観音を寺宝として安置する。境内には豪姫と夫・宇喜多秀家の供養塔をはじめ茶商・堂後屋、儒者・藤田維正などの墓がある。

歴史編集

慶長9年(1604年)、加賀藩前田利家に仕えた荒子七人衆の一人、小塚淡路守秀正(七千石)が利家に従って金沢城入城後に、七尾の浄土宗西光寺住職であった衍連社広誉怒白上人を招請し、御馬屋町(現:木ノ新保)に建立されたが、後に当地が御用地になったため、野町に替地を拝領して現在に至る。

山号の宝池山は、寺の前面の道路から見て寺地が下がっていることから、それを池にたとえ、阿弥陀仏の教えを宝の如く満たす池と表したと伝わる。

大蓮寺の最初の外護者、小塚秀正は前田利家・前田利長に仕え、大坂夏の陣には、金沢城代を勤めた人物であったが、後に本家支家共に絶家。同時期から大蓮寺を外護していた人持組石野和泉守氏満・石野讃岐守氏次は代々加賀藩に仕え、有力檀越として大蓮寺に帰依し、現在も続く。

寛永11年(1634年)豪姫は金沢城鶴の丸でその数奇な生涯を閉じた。葬儀は家臣であった中村刑部、一色主善輝昌ら多くの有縁の人々によって大蓮寺で行われた。

現在の本堂は文化12年(1815年)如来寺の第十八世であった、走連社入誉上人が、大蓮寺の第十五世として迎えられ再建された。入誉上人は加賀藩前田家からも一目おかれた名僧であり、再建にあたり豪姫菩提の縁で前田家より松50本を寄進された。

1994年(平成6年)6月、西正門前に豪姫のレリーフを開眼し、翌年5月21日豪姫の三百六十回忌法要を実施。この時に八丈島の秀家と加賀国の豪姫が生き別れとなってから400年余りを経て2人の分骨を頂き、両人の記念碑を大蓮寺墓所に建立し祀っている。

関連項目編集

外部リンク編集