奥村元佶
奥村 元佶(おくむら げんきつ、1861年11月17日(文久元年10月15日[1][2]) - 1917年(大正6年)9月7日[3])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[4]。
経歴
編集奥村音右衛門の長男として甲斐国(現山梨県)に生まれ、1899年(明治32年)7月、分家して一家を創立する[2]。1879年(明治12年)陸軍士官学校に入学し(旧4期[3])、1881年(明治14年)12月、陸軍騎兵少尉に任じる[1]。1882年(明治15年)9月、輜重兵少尉に転じ[5]、輜重兵監督副官、第2軍兵站部司令官などを経て[1]、1901年(明治34年)11月、大佐に進級と同時に輜重兵第1大隊長に補され[4]、日露戦争に出征した[3]。1907年(明治40年)11月、陸軍少将に進級と同時に予備役に編入した[3][4]。
栄典
編集脚注
編集参考文献
編集- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年 。
- 人事興信所 編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年 。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。