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安達曈子

安達瞳子から転送)

安達 曈子(あだち とうこ、1936年6月22日 - 2006年3月10日)は、日本の華道家。花芸安達流創始者。

目次

人物編集

安達式挿花の初代家元であった安達潮花の次女[1]

1968年、後継者に指名されたが父との考え方の相違から独立。

1973年に花芸安達流を創設し、主宰する[1]

1981年、2代目潮花の死を機会に、安達式挿花を統合。

東京農業大学山野美容芸術短期大学恵泉女学園大学の客員教授、東京都の「東京緑化推進委員会」の委員長を務めた。また『連想ゲーム』(NHK総合テレビジョン)のレギュラーパネラー(回答者)を担当するなど、テレビ番組にもよく出演し、新宿ゴールデン街の常連としても知られていた[要出典]作家の野坂昭如らとの交流もあった[要出典]

2006年3月10日、急性肝不全の為に死去[1]。69歳没。

著書編集

  • 『花芸への道』(講談社、1982年)
  • 『伝/安達潮花』 昭和62年 安達潮花顕彰出版委員会
  • 『花芸365日』(小学館、1994年)
  • 『道/桜仙抄』(六輝社、1994年)
  • 『椿しらべ』(講談社、1999年)
  • 『椿物語展』図録(サンオフィス、2003年)
  • 『花を生ける』(2005年、農山漁村文化協会

脚注編集

  1. ^ a b c 安達曈子さんの急逝を悼む (PDF) 箱田直紀(園芸文化研究所長)恵泉女学園大学園芸文化研究所報告「園芸文化」第3号

外部リンク編集