小佐々 学(こざさ まなぶ、本名: 小佐々 學1940年 - )は、日本の獣医師、獣医学博士、獣医学者、歴史研究者。

経歴・業績 編集

 
ローマ教皇ベネディクト16世(左)に謁見する小佐々学(右)
[サン・ピエトロ大聖堂 特別謁見席]
 
小佐々學博士顕彰之碑と小佐々学
[長崎県西海市西海町七釜郷字川後]
 
小佐々學博士顕彰之碑の碑文

東京都渋谷区出身、東京大学大学院(獣医学専攻)修了後、米国欧州、日本の動物用医薬品業界で研究開発・研究管理部門を担当。また、国立と私立の獣医大学で獣医史学を教授して獣医史学の教科書を執筆。日本獣医史学会理事長(2010 - 2020)として獣医史学教育の確立普及と学会の発展向上に寄与。

日本獣医史学会前理事長・顧問兼名誉会員、日仏獣医学会監事、日本獣医病理学専門家協会終身会員、中浦ジュリアン研究会代表、日本家系図学会常務理事、長崎崎県人クラブ理事、長崎県西海市観光大使、大村藩士小佐々氏会会長、日本ルネサンス音楽普及協会名誉会員、大村史談会名誉会員、イタリア国リミニ市名誉市民、スペイン国ムルシア市名誉市民。

獣医衛生学・公衆衛生学・獣医病理学・獣医微生物学や獣医寄生虫学に関する基礎獣医学分野の研究報告[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11]とともに、獣医学の歴史を研究する獣医史学分野の研究報告[12][13][14][15][16][17][18][19][20][21][22][23][24][25][26][27][28][29][30][31][32]がある。その中には、乳牛の乳房炎乳の簡易検査法として広く普及しているCalifornia Mastitis Test(CMT)の有用性を確認・検証した日本での初報告例、鶏の消化管に寄生する毛体虫(毛細線虫:Capillaria)の日本国内の分布調査と同定に関する初報告例、養殖ミンクに多大な被害を与えていたアリューシャン病の日本での初報告例がある。また、動物用抗生物質の開発研究や、生菌剤(probiotics)の家畜への応用と実用化で世界的に活動して普及に貢献した。

これらの獣医学分野のみならず広範な歴史分野の研究業績があり、城郭史学分野の研究報告[33][34][35][36]や、日欧交渉史上で有名な天正遣欧少年使節に関する研究報告[37][38][39][40][41][42][43][44][45][46][47]があり、特に天正遣欧少年使節の一員である中浦ジュリアン研究の権威である。

2008年ローマ教皇により、中浦ジュリアン(幼名:小佐々甚吾)が福者列福されたときに、ジュリアンの叔父である小佐々兵部少輔純祐(すみすけ)の直系子孫としてバチカンに招待された。中浦城主で小佐々氏第26代の小佐々純祐の家系は、小佐々氏一族ではジュリアンに最も近い家系である。10月1日にはサン・ピエトロ大聖堂正面上段の特別謁見席で、1585年にジュリアンがローマ教皇グレゴリウス13世シクストゥス5世に謁見して以来423年ぶりに、ローマ教皇ベネディクト16世に謁見して直接手を取って祝福された。

また、中浦ジュリアンに関する研究成果や動物愛護史などの獣医史学に関する研究成果が、新聞・雑誌の取材記事、テレビ番組やニュースなど各種のメディアに取り上げられた。

これらの広範な分野における研究業績を称えて、各分野の有志の集まりである小佐々學博士顕彰会により、2022年5月に長崎県西海市西海町七釜港の隣接地(七釜郷字川後)に「小佐々學博士顕彰之碑」が「小佐々水軍顕彰之碑」に並んで建立された。

脚注 編集

  1. ^ H. Hosoya, M. Kozasa, S. Nagao, K. Tokumura, K. Miyamoto (1962). “Studies on Improvement of Milk Quality -Simple Testing of Abnormal Milk by CMT and MWT-”. J. Tokyo. Vet. Zootechn. Sci. 
  2. ^ 小佐々学・石田葵一・佐藤昭夫・山本修太郎「ミンクのアリューシャン病の病理学的研究」『日本獣医師会雑誌 21号』日本獣医師会、1968年。 
  3. ^ 小佐々学「ミンクのアリューシャン病—動物に自然発生する自己免疫病的疾患—」『科学 38号』岩波書店、1968年。 
  4. ^ 板垣博 村田義彦 小佐々学「本邦の鶏に寄生するCapillariaの種類と分布」『第69回 日本獣医史学会 講演要旨』日本獣医史学会、1970年。 
  5. ^ Naoaki GOTO, Manabu KOZASA, Reiji TAKAHASHI, Kiichi ISHIDA, and Kousaku FUJIWARA (1974). “Pathological Observations of Feline Mast cell Tumor”. Jap. J. Vet. Sci. 
  6. ^ Manabu Kozasa, Michiko WAKE and Ryouzo AZUMA (1977). “Taxonomic Sutadies on Bacillus cereus”. J. Tokyo Vet. Zootechn. Sci. 
  7. ^ 小佐々学『生菌剤(有用生菌類)』1987年。 
  8. ^ Manabu KOZASA (1989). “Probiotics for animal use in Japan”. Rev.sci.tec. Off.int.Epiz. 
  9. ^ 小佐々学「生菌剤—その最近の動向」『Feeding 30号』1990年。 
  10. ^ 小佐々学「獣医畜産領域における生菌剤の利用」『畜産の研究 46号』養賢堂、1992年。 
  11. ^ 小佐々学「動物用生菌剤」『家畜衛生技術協議会集録』農林水産省家畜衛生試験場北海道支場、1996年。 
  12. ^ 小佐々学「慶安三年銘小佐々市右衛門前親の愛犬墓」『日本獣医史学雑誌 34号』日本獣医史学会、1997年。 
  13. ^ 小佐々学「播磨国風土記の品田天皇の狩犬麻奈志漏の墓」『日本獣医史学雑誌 38号』日本獣医史学会、2001年。 
  14. ^ 小佐々学「嘉永六年銘 横田三平の義狗墓」『日本獣医史学雑誌 39号』日本獣医史学会、2002年。 
  15. ^ 小佐々学「明治二年銘 島津随真院の愛犬墓」『日本獣医史学雑誌 40号』日本獣医史学会、2003年。 
  16. ^ 小佐々学「伝説・伝承の犬塚」『日本獣医史学雑誌 41号』日本獣医史学会、2004年。 
  17. ^ 小佐々学「国の史跡になった小佐々市右衛門前親と義犬華丸の墓」『日本獣医史学雑誌 41号』日本獣医史学会、2006年。 
  18. ^ 小佐々学「明治九年銘 小篠源三の義犬墓」『日本獣医史学雑誌 45号』日本獣医史学会、2008年。 
  19. ^ 小佐々学「天明7年銘 加藤小左衛門の義犬墓」『日本獣医史学雑誌 44号』日本獣医史学会、2007年。 
  20. ^ 小佐々学「小佐々前親・天正遣欧使節・文武天皇・フロイス」『日本獣医学人名時事典』日本獣医史学会、2007年。 
  21. ^ 小佐々学「日本在来馬と西洋馬—日仏交流史を中心として—」『日仏学術交流のルネサンス報告論文集』日仏会館・日仏関連諸学会、2008年。 
  22. ^ 小佐々学「忠犬タマ公」『日本獣医史学雑誌 47号』日本獣医史学会、2010年。 
  23. ^ 小佐々学「日本在来馬と西洋馬—獣医療の進展と日欧獣医学交流史—」『日本獣医師会雑誌 64巻6号』日本獣医師会雑誌 64号、2011年。 
  24. ^ 小佐々学「日本愛犬史—ヒューマン・アニマル・ボンドの視点から—」『日本獣医師会雑誌 66巻1号』日本獣医師会、2013年。 
  25. ^ 小佐々学 著「第2章 獣医史学」、池本卯典ほか 編『獣医学概論』緑書房、2013年。 
  26. ^ 小佐々学監修『義犬華丸ものがたり』長崎文献社、2016年。 
  27. ^ 小佐々学「義犬の墓と動物愛護史」『日本獣医史学雑誌 54号』日本獣医史学会、2017年。 
  28. ^ 小佐々学 著「動物」、青木歳幸ほか 編『洋学史研究事典』思文閣出版、2021年。 
  29. ^ 小佐々学「萬歳山本経寺の小佐々市右衛門前親と愛犬墓」『大村史談 47号』大村史談会、1995年。 
  30. ^ 小佐々学「本経寺の小佐々市右衛門前親と愛犬華丸墓と大村藩の宗教政策」『大村史談 57号』大村史談会、2006年。 
  31. ^ 小佐々学「III-16 動物」『洋学史学研究辞典』思文閣出版、2021年。 
  32. ^ 小佐々学「日本獣医史学会創立50周年」『日本獣医史学雑誌 61号』日本獣医史学会、2024年。 
  33. ^ 小佐々学「小佐々水軍城とその関連遺構—戦国期に五島灘を支配した小佐々水軍の本城と居館群跡」『城郭史研究 23号』日本城郭史学会、2003年。 
  34. ^ 小佐々学「日本在来馬について—城郭や合戦と関連して—」『城郭史学雑誌 27号』日本城郭史学会、2007年。 
  35. ^ 小佐々学「小佐々水軍城と西海の城—東アジアの城郭との関わりについて」『海路 11号』海鳥社、2013年。 
  36. ^ 小佐々学「東アジアと西海の城」『城郭史研究 35号』日本城郭史学会、2015年。 
  37. ^ 小佐々学「天正遣欧少年使節 中浦ジュリアンの出自について」『大村史談 35号』大村史談会、1989年。 
  38. ^ 小佐々学「長崎県指定史跡 多以良の小佐々氏墓所について」『大村史談 39号』大村史談会、1991年。 
  39. ^ 小佐々学「小佐々氏だった中浦ジュリアン」『姓氏名門名家』秋田書店、1991年。 
  40. ^ 小佐々学「中浦ジュリアンと小佐々マティアス」『南蛮学の発見—松田毅一先生の追悼と足跡』思文閣出版、1997年。 
  41. ^ 小佐々学「小佐々弾正・甚五郎塚と中浦ジュリアン」『大村史談 48号』大村史談会、1997年。 
  42. ^ 小佐々学「中浦ジュリアンと小佐々水軍」『大村史談 51号』大村史談会、2000年。 
  43. ^ 小佐々学「中浦ジュリアン神父の列福と天正遣欧使節ゆかりのラテン語の古書」『大村史談 59号』大村史談会、2008年。 
  44. ^ 小佐々学「天正遣欧使節が描かれたペニャロンガ修道院のアズレージョ」『大村史談 59号』大村史談会、2008年。 
  45. ^ 小佐々学「天正遣欧少年使節中浦ジュリアン神父の列福とローマ教皇ベネディクト16世に謁見して」『大村史談 60号』大村史談会、2009年。 
  46. ^ 小佐々学「中浦ジュリアンを生んだ西海の歴史と風土」『長崎県地方史だより 68号』長崎地方史会、2009年。 
  47. ^ 小佐々学「福者中浦ジュリアンと中浦城主小佐々氏の家系—中浦城主家子孫に伝わる源姓小佐々氏系図について—」『キリシタン文化研究会会報 142号』キリシタン文化研究会 上智大学、2013年。 

関連項目 編集