小山 弥兵衛(こやま やへえ、宝永2年(1705年) - 天明8年?(1788年))は、江戸時代中期の一揆指導者[1]

経歴・人物編集

但馬国磯部庄大内村の年寄[1]元文3年(1738年年貢減免と夫食貸しを求めた生野一揆を起こし、翌年肥前国壱岐島流しとなる[1][2]。天明8年?(1788年)流刑地で死去[1]

脚注編集

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  1. ^ a b c d デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『小山弥兵衛』 - コトバンク
  2. ^ 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞社)『小山弥兵衛』 - コトバンク