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人物・来歴編集

インドネシアスマトラ島出身[1]

1941年、鈴木鎮一に師事。

1949年、第18回毎日音楽コンクールヴァイオリンの部 第1位。

1955年、東京交響楽団コンサートマスターに就任。以後、ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団リンツ・ブルックナー管弦楽団読売日本交響楽団等のコンサートマスターを歴任。

1988年度、第43回文化庁芸術祭賞(音楽部門)受賞。1996年度、第51回同賞(音楽部門大賞)受賞[2]

精力的に海外演奏活動を行い、国際交流基金文化使節としても活躍。ヴェネズエラでのスズキ・メソードに基づいた教育活動が、同国の文化政策エル・システマ成立に大きな役割を果たした[3]

コレギウム・ムジクム東京主宰、宮城・中新田バッハホール音楽院院長。

家族編集

父は、科学映画制作者の小林米作

実弟に、同じくヴァイオリニストの小林健次

著書編集

  • 『ヴァイオリン一挺、世界独り歩き』 芸術現代社、1980年
  • 『ファンタジア わが人生』 神奈川新聞社、2013年

脚注編集

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注釈・出典編集

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.508
  2. ^ 文化庁芸術祭賞受賞一覧 Archived 2010年12月27日, at the Wayback Machine.」『文化庁』。
  3. ^ 山田真一『エル・システマ - 音楽で貧困を救う南米ベネズエラの社会政策』(教育評論社、2008年) ISBN 9784905706335

外部リンク編集