小田成就

日本の官僚・弁護士

小田 成就(おだ しげなり[1] / じょうじゅ[2]1901年明治34年)1月1日[3] - 1975年昭和50年)6月12日[1])は、日本の内務官僚弁護士。官選奈良県知事海軍司政長官[4]。妻・英子は樺山資英の三女[5]

小田成就

経歴 編集

兵庫県出身。小田半平の二男として生まれる[2]第八高等学校を卒業。1923年12月、文官高等試験行政科試験に合格。1925年東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省し奈良県属となる[2][6]

以後、奈良県警察部保安課長、大阪府監査官・保安課長、神奈川県社会課長、同地方課長、同庶務課長、和歌山県書記官・学務部長、愛知県書記官・学務部長、文部書記官、文部省社会教育局成人課長などを歴任[2]

1945年2月、奈良県知事(「奈良県知事一覧」参照)に就任し終戦を迎えた。1946年1月に知事を退任[2]公職追放となり退官した[6]。その後は弁護士として活動した[3]

脚注 編集

  1. ^ a b 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』300頁。
  2. ^ a b c d e 『新編日本の歴代知事』726頁。
  3. ^ a b 『人事興信録 第19版 上』(人事興信所、1957年)お19頁
  4. ^ 帝国秘密探偵社 1943, 海外5頁.
  5. ^ 『人事興信録 第12版 上』(人事興信所、1940年)カ147頁
  6. ^ a b 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』240頁。

参考文献 編集