小笠原長さと

本来の表記は「小笠原長邕」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

小笠原 長邕(おがさわら ながさと)は、豊前中津藩の第5代藩主。

 
小笠原長邕
時代 江戸時代中期
生誕 正徳元年8月21日1711年10月3日
死没 享保元年9月6日1716年10月20日
別名 造酒助
戒名 霊覚院殿良厳宗英大居士
墓所 東京都台東区下谷の広徳寺
幕府 江戸幕府
主君 徳川家継吉宗
豊前中津藩
氏族 小笠原氏
父母 父:小笠原長円
兄弟 長邕長興、妹(小笠原長逵正室)

生涯編集

正徳元年(1711年)8月21日、第4代藩主・小笠原長円の長男として江戸で生まれる。正徳3年(1713年)に父が死去したため跡を継いだ。しかし幼少のため、犬甘左衛門丸山将監らの補佐を受けた。

享保元年(1716年)9月6日に死去した。享年6。世子がなく、中津藩小笠原家は無嗣改易となった。ただし、藩祖の忠脩らの功績を考慮した幕府によって、長邕の弟の長興播磨安志1万石に移封立藩となることで存続を許された。