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少康(しょうこう)は夏朝の第6代帝。

少康
第6代帝
王朝
都城 商丘
姓・諱 夏后少康
生年 不詳
没年 不詳
后緡

后羿によって帝位に即位する。在位中は有窮国の后羿と后羿を殺害した寒浞に政治実権が掌握されていた。しかし、在位中に寒浞は殺害され、政治の実権は夏の帝室に戻った。

あるいは、父帝の死後、ひそかに養われ、寒浞は殺されたあとに、諸侯に推戴されて、即位したという説もある。

在位中に、方夷が来訪したという。

越・倭との関係編集

史記』越王勾践世家や『漢書』地理志粤地によれば、少康の庶子が会稽に封ぜられ、文身(入れ墨)・断髪したのがの起源であるとされる。『漢書』によれば、文身断髪した理由は蛟竜の害を避けるためとされる。

翰苑』巻30所引『魏略』逸文や『魏志倭人伝』にある倭人の習俗についての説明では、倭人が入れ墨を彫っているのは大魚や水鳥の害を防ぐためであるとして、この少康の子の故事が引き合いに出されている。