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屈家嶺文化(くつかりょうぶんか)は、中国湖北省及び湖南省長江中流域に紀元前3000年頃-紀元前2600年頃にかけて存在した新石器時代の文化。三峡から湖北省・湖南省の周辺で栄えた大渓文化を継承し、黄河中流の陝西省南部や河南省西南部、長江下流の江西省北部にも伝播した。

屈家嶺文化
各種表記
繁体字 屈家嶺文化
簡体字 屈家岭文化
拼音 Qūjiālǐng Wénhuà
日本語読み: くつかりょう ぶんか
英文 Qujialing Culture
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屈家嶺文化の範囲

標式遺跡である屈家嶺遺跡は、湖北省荊門市京山県の屈家嶺で発見された。屈家嶺遺跡は1955年から1957年にかけて発掘調査されたが、後に湖北省各地からも屈家嶺と共通する遺跡が発見され、その中の多くの遺跡(例えば枝江市の関廟山遺跡)からは前後の文化との関係も判明し、初期は長江中流の大渓文化を引き継ぎ、その後期は青龍泉文化(別名、湖北龍山文化)へとつながっていったことが分かった。

屈家嶺遺跡ではを栽培した痕跡が発見されている。また動物ではニワトリイヌブタヤギなどの遺留物が発見されている。また十か所ほどの貯蔵用の穴にはが蓄えられていた跡があった。黄河流域の龍山文化とは出土する陶器に共通点もあり、墳墓の副葬品からは黒陶、特に器の厚さが非常に薄い卵殻陶が多く出土した。陶器の形状では、大渓文化で発見される圏足器(大きく高い脚部をもつ器)が多く見られるが、もそれより多く発見される。また建材として、焼いた土の塊を多く使っており、後のレンガの発達をうかがわせる。

屈家嶺文化独特の遺物としては、陶でできたや彩色した紡錘車(spindle-whorls)がある。彩色紡錘車は紡織の発達を示すものであり、石家河文化へも紡錘車は引き継がれた。

関連項目編集

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