メインメニューを開く

山岸 巳代蔵(やまぎし みよぞう、1901年明治34年)8月12日 - 1961年昭和36年)5月4日)は、昭和時代の農業家。幸福会ヤマギシ会の創始者。

目次

人物編集

滋賀県蒲生郡老蘇村大字東老蘇(現・近江八幡市)にて生まれ[1]1922年より養鶏を中心に農業を始める[1]1950年ジェーン台風が日本を襲った際、山岸の田地が無事だったことが注目され、以後講演活動を始める[1]

1952年山岸会を創立する[1]。これが、「幸福会ヤマギシ会」の始まりである。1954年、『山岸式養鶏法・農業養鶏編(前編)』を、名古屋の中禽社より出版する[1]1958年3月には、三重県阿山郡伊賀町(現・伊賀市)にて「ヤマギシズム生活実践場春日山実験地」が実現するが、1959年7月に山岸会は不法監禁容疑で警察の強制捜査を受け、山岸会幹部9名が逮捕され、代表の山岸にも逮捕状が出された[1]1960年4月、山岸は声明書を出して、三重県警察の上野警察署に任意出頭するが、同年10月に起訴猶予処分となる[1]

1961年5月3日、研鑽会に参加していた途中に頭痛を訴え、その翌日、くも膜下出血で死亡する[1]。山岸の死後、会の代表は杉本利治が継いだ。

世界革命実践の書編集

山岸の著書『世界革命実践の書』は「人種改良」や「悪性遺伝は子孫に不幸を齎す」ことを訴えている。このような同書簿の内容についてジャーナリストの米本和広は、「優性思想に凝り固まったナチストの科学者が書いたような、障害者全面否定の思想」と批判している[2]

脚注編集

参考文献編集

  • 米本和広 『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』 洋泉社、1997年12月。ISBN 4-89691-295-0

関連項目編集

外部リンク編集