養鶏
養鶏(ようけい)とは、鶏(にわとり)を飼育することである。農業分野の畜産の一種で、鶏卵の採卵や食用鶏肉の生産を目的として鶏を飼うことを指す。
食肉用鶏の大多数は、ブロイラーと称する限られた特定の品種である。採卵用鶏は「レイヤー」と称し、ひよこの雌雄は人手で選別する。愛玩鶏の繁殖・飼育も養鶏の扱いになる[1]。
農家の庭先など小規模なものを除外して、産業として大規模に運営される養鶏業は、国際的に極めて画一的で平準化された生産手段を採っている。鶏卵や鶏肉は他の生産者と差別化が難しい商品である。特定の品種を除けば、ブランド差別化はあまり行われていない。
海外の採卵養鶏は、ケージフリーを採用した平飼い採卵へ移行[2]しており、日本の生産環境と差異がある。
日本の養鶏業者は比較的小規模な経営が多く、流通と販売は全国規模のスーパーマーケットや大手食品会社が主力で、生産者の価格交渉力が極めて弱い[3]。
養鶏場 編集
鶏を飼うための施設は養鶏場と称する。かつては放し飼いや平飼いも行われていたが、現在の養鶏は鶏舎内にほとんど隙間無くケージ(鳥かご)を設置して飼うケージ飼いが主流で、日本は、1つの養鶏場で、小規模で数万羽、大規模では数十万羽が飼われている[3]。
養鶏の大規模化に伴い、悪臭など公害対策のほか、トリインフルエンザを始めとした家畜伝染病の対策が重要である。一般人の立ち入りを極端に制限し、野鳥などの侵入を防止するため鶏舎の窓や換気口にネットを張るなど、厳重に防疫することが求められる。
鶏舎の種類 編集
開放鶏舎 編集
収容羽数の少ない飼育に適し、自然換気が可能な鶏舎である。自然の影響を受けやすく、夏や冬は配慮を要する。ほかの鶏舎にも共通する仕組みとして、一階型の低床式と二階型の高床式がある。高床式は一階に糞が落下するが堆積した糞がハエの発生源になる欠点もある[4]。開放鶏舎はウィンドレス鶏舎に比べてサルモネラ菌の発生率が低い[5]。
ウィンドレス鶏舎 編集
無窓鶏舎、壁で閉鎖された鶏舎である。大羽数飼育に適し、大型の換気扇で換気する。防疫の観点から日本では激増しているが、鶏の活動低下や健康阻害などが発生し、動物福祉の観点から「鶏舎には窓をつけ、天気の良い日は外の新鮮な空気、自然光を取り入れることが適切な飼育」とされて世界的に減少傾向にある。鳥インフルエンザはウィンドレス鶏舎でも発生する。
セミウィンドレス鶏舎 編集
壁の一部に設けたカーテンが開閉可能な鶏舎で、自然と換気扇を併用した換気が行われる[7]。
採卵鶏の飼育方法 編集
- 肉用鶏については、ブロイラーを参照。
雌雄鑑別 編集
採卵用に飼育される商業鶏の(コマーシャル鶏)銘柄に、ジュリアライトやボリスブラウンなどがある。これらの商業鶏は採卵に特化した品種改変が行われているため、肉用には適さない。そのため、卵を産まない雄はヒナの雌雄鑑別で殺処分され、卵を産む雌のみが飼育される。
クチバシの切断 編集
孵化後5-7日目に、クチバシの切断(デビーク、ビークトリミングなどという)が行われる[8]。自然環境下での鶏は、活動時間の60%を地面をつつくのに費やす[9]が、この欲求を満たすことができない鶏舎下では、仲間同士でつつき、傷つけ合うことに繋がるためである。しかし、クチバシの先端には侵害受容器が存在するため、非常な苦痛をもたらし、出血や慢性的な痛みのほか、神経症や活動低下、死亡のリスクも伴う[10][11]。切断後は歩行や摂食などの活動量が減少も減少する[12]。そのためドイツのようにクチバシの切断を禁止する国もある[13]。
日本ではクチバシの切断に規制はなく、2014年時点の日本の採卵養鶏場のデビーク率は83.7%である[14]。デビーク方法は、機械的、ホットブレード、電気、赤外線の4つの主要なグループに分類できる[11]。
雌のひなは120日齢頃まで育雛用のケージで群飼され、その後採卵用の成鶏ケージに移動される。150日齢頃から産卵をはじめる。
バタリーケージ飼育 編集
飼養方法は、卵の大量生産のために、採卵効率を優先した、バタリーケージ飼育が一般的である。日本の採卵養鶏場は2014年時点で92%がバタリーケージ飼育である[14]。バタリーケージはワイヤー製ケージを重ねて鶏を収容する飼育方式のことで、日本の一般的な飼育密度は1羽あたり370cm2以上4302未満程度である[14]。
近年、バタリーケージ飼育は、アニマルウェルフェアの観点から問題視されている。
EUは1999年にバタリーケージの使用禁止が決定になり、2012年から施行された[15]。アメリカはカリフォルニア州、マサチューセッツ州、ミシガン州、オハイオ州、オレゴン州、ワシントン州がバタリーケージの廃止を決定している[16]。日本の養鶏業界はこのような動きについて、「欧米のこのような動きは、先進国の一員として少なからず我が国の鶏卵産業にも影響を与えることから、この情報の収集に努め、欧米とは気候風土が大きく異なり、鶏病問題にも大きな影響を与えることから我が国における鶏卵産業に実害を及ぼさないように取組むこととする。」と述べている[17]。
日本畜産技術協会は、2011年に「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理指針」を発表し、飼育方式やスペースについての指針を示し、ヨーロッパで進められている改良型のエンリッチドケージ (Furnished cages) などを紹介している[18]、2022年7月時点で、バタリーケージは規制されていない。
光線管理 編集
照明時間が長ければ性腺刺激ホルモンの分泌が活発になり産卵が促進され、短くなれば産卵は抑制される。そのため生産性をあげる目的で鶏舎では1日のうち16時間程の点灯が一般的である[19]。ほぼ100%の養鶏場で光線管理が行われている[20]。電気代の節約、鶏同士のツツキ防止などの理由から、照度は薄暗く、5-10ルクス程度で管理されることが多い[21]。鶏は、血の色がツツキや共食いの刺激となるため、血の色が分からないように赤色光が使用されることがあるが、鶏の活動が抑制されるため動物福祉が損なわれる。一方、青色や緑色の光線は、生産性や動物福祉を向上させるとされている[22]。
強制換羽 編集
産卵を開始して約1年が経過すると、卵質や産卵率が低下し、自然に換羽して休産期に入る鶏が出てくるが、自然換羽は鶏群からの採卵が不均一となり、経営に難点を生ずる[23]。この時点で、生産性を考慮して換羽前に屠殺する場合もあるが、長期間飼養する場合は、強制換羽が行われる。強制換羽とは、鶏を絶食などの給餌制限により栄養不足にさせることで、新しい羽を抜け変わらせることである。強制換羽を行うことで卵の生産状態をそろえ卵質を向上させることができるが、鶏の死亡率が高まることや[24]、飢餓状態に置き、ニワトリへの多大なストレスがかかることから、動物福祉上の問題となっている[25]。アメリカ、オーストラリア、カナダなどでは強制換羽を禁止している[26]。一方日本には規制がなく、日本の採卵養鶏は2014年で、66%が強制換羽している[14]。
強制換羽後、約8か月間産卵させ、屠殺する。
屠殺 編集
産卵率や卵質が悪くなってくると採卵鶏は廃鶏となり出荷される。屠殺された採卵鶏は加工食品、チキンスープのだし、ペットフード、肥料などに利用される。
廃鶏の経済的価値は極めて低く、そのため出荷カゴへ入れ替える捕鳥作業にも迅速性が求められることから、鶏への苦痛が生じている。これは日本養鶏協会も「問題がないとはいえない行為」と考えており、関係者へのアニマルウェルフェア(動物福祉)の周知が図られている[27]。
厚生労働省の2021年度報告によると、採卵鶏の大規模食鳥処理場は全国に30施設あるが、地域の遍在、農場の大規模化などから、廃鶏の搬入から処理終了までの保管期間が長時間化している。採卵鶏が、飲食・飲水ができず、頭を伸ばして立つことの出来ない出荷カゴの中で、長期保管されていることが、2018年2月23日に国会で取り上げられた[28][29]。これを受けて2018年に厚生労働省が行った調査では、24時間を超えて保管している割合がロットで約16%、中には3日を超えることもあることが分かった(いずれも輸送時間は含めず)[30]。
採卵鶏の食鳥処理場では、カゴの中に入れた鶏を積み重ねて保管しているため、上段の鶏の糞尿や割れた卵は下段の鶏へ落下し、地面に蛆が発生する事例や、一つのケージ内で複数羽が骨折、圧迫死、野生動物に襲われる事例も確認されている。また飲食・飲水はできない[31]。
成鶏更新・空舎延長事業 編集
過剰生産で卵の価格が下落した際に発動されるもので2010年に始まった事業。鶏卵の標準取引価格(日毎)が安定基準価格(163円/㎏)を下回る日の30日前から、安定基準価格(163円/㎏)を上回る日の前日までに、更新のために成鶏を屠殺し、その後60日以上の空舎期間を設ける場合に奨励金(210円/羽以内。ただし、小規模生産者(10万羽未満)は270円/羽以内)を交付するという内容。出荷先の食鳥処理場にも1羽23円以内の奨励金が交付される。これは鶏卵価格差補填事業と共に「鶏卵生産者経営安定対策事業」のうちの一つであり[32]、2018年度の「鶏卵生産者経営安定対策事業」予算額は48億6200万円[33]にのぼる。
ワクモの寄生 編集
鶏に寄生して吸血を行うダニの一種で日本全国の養鶏場で寄生している[34]。月に一回程度の薬剤散布が行われるが無吸血でも9か月生存し、産まれて9日で産卵開始するため清浄化は難しい。使用される薬剤はスピノサド、ネグホン、ボルホ、ETB、バリゾン、ゴッシュなどがあり、単剤では100%の致死効果が得られなかったり、同一薬剤の長期連続使用は薬剤耐性につながるため複数の薬剤が使用される[35]。散布時の薬剤は鶏にも降る。吸血された鶏は、かゆみ、吸血部分の脱羽、皮膚炎、貧血などを呈し、死亡例もみられる。
平成31年2月に日本から台湾へ輸出した卵から、スピノサドが台湾の残留農薬基準値 0.05ppmを上回る0.14ppmが検出されて輸入が差し止められた。日本の基準値は0.5ppmで、台湾や香港の0.01ppm[36]に比して緩い。
鶏の種類 編集
その他 編集
- アメリカ合衆国は、インフルエンザワクチンの製造に利用する鶏卵を生産する養鶏場は、国家安全保障に係わるものとして場所が秘匿[37]されている。
脚注 編集
- ^ 日本での愛玩鶏(日本鶏)は、そのほとんどが天然記念物に指定されている。
- ^ “海外の状況”. save-niwatori ページ!. 2020年9月24日閲覧。
- ^ a b 林雄介『省庁のしくみ』ナツメ社、2010年12月23日初版発行、ISBN 9784816349614、144頁-145頁
- ^ “鶏舎の種類”. zookan.lin.gr.jp. 2020年10月10日閲覧。
- ^ “鶏卵のサルモネラ属菌汚染低減に向けた取組”. 2020年10月10日閲覧。
- ^ 「たまごがピンチ!」-知ってください、生産者の現状 ホクレンのたまご、2008年9月26日。
- ^ “鶏舎 | 島根県養鶏協会”. shimane.eggood.info. 2020年10月10日閲覧。
- ^ “つつき対策とデビーク”. zookan.lin.gr.jp. 2020年9月24日閲覧。
- ^ “A review of environmental enrichment for laying hens during rearing in relation to their behavioral and physiological development”. 20220704閲覧。
- ^ “Laying Hen Welfare Fact Sheet”. 20220704閲覧。
- ^ a b “Welfare Implications of Beak Trimming”. 20220704閲覧。
- ^ 『動物福祉学』昭和堂、20220415、38頁。
- ^ ヘンドリックス・ジェネティックス (2022). “デカルブがまた記録更新”. 養鶏の友: 36.
- ^ a b c d 畜産技術協会・資料の「飼養実態アンケート調査報告書」中の「採卵鶏」(PDF)、2014年。平成26年度国産畜産物安心確保等支援事業。
- ^ European Union Council Directive 1999/74/EC
- ^ 井川真一 (2017). “畜産の情報-海外情報 消費者の求める需要に対して揺れる米国の畜産業界”. 畜産の情報 2017年11月号 2019年8月10日閲覧。.
- ^ 「9 アニマルウェルフェア問題」平成25年度事業計画、日本養鶏協会、43頁。
- ^ 飼養方式、構造、飼養スペース (pp.7-10)、欧州で進められている飼養方式の紹介 (p.12)、「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理指針」、畜産技術協会、2011年3月。畜産技術協会・資料により新しいものがある。
- ^ “養鶏における照明について -鶏卵生産者のための LED 照明とその他の光源の手引き-”. 20220729閲覧。
- ^ “採卵鶏の飼養実態アンケート調査報告書”. 公益社団法人 畜産技術協会. 20220729閲覧。
- ^ “あたらしい農業技術 No.591 LEDを利用した鶏舎内照明技術”. 20220729閲覧。
- ^ “Light colour affects poultry feed uptake and performance”. 20220729閲覧。
- ^ “強制換羽(かんう)-養鶏場へ行こう”. 畜産ZOO館. 2019年8月10日閲覧。
- ^ アニマルウェルフェアに対応した家畜の飼養管理に関する検討会 平成19年度 資料の「飼養実態アンケート調査報告書」中の「換羽誘導実施の有無と死亡率」(PDF)、畜産技術協会、2014年。
- ^ 『畜産学入門』文永堂出版、20120630、264頁。
- ^ 『動物福祉学』昭和堂、20220415、166頁。
- ^ “出荷時における鶏への暴力-関係機関の対応” (2019年5月6日). 2020年9月24日閲覧。
- ^ “第196回国会 予算委員会第六分科会 第1号(平成30年2月23日(金曜日))”. 20220704閲覧。
- ^ “2018年2月23日 (金)予算委員会第六分科会”. 20220704閲覧。
- ^ ““厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課長 食鳥処理場における鶏の保管状況に関する調査の結果について”. 20220704閲覧。
- ^ “採卵鶏のあまりにも酷い最期の一日 加工肉用に殺される採卵鶏たちは身動きが取れない中、卵と糞尿まみれで長時間放置されていた” (2018年4月4日). 2020年9月24日閲覧。
- ^ “鶏卵生産者経営安定対策事業”. 2020年10月3日閲覧。
- ^ keimei. “鶏卵生産者経営安定対策事業は49億円 平成31年度農水省予算案”. 鶏鳴新聞 鶏卵・鶏肉・養鶏・畜産総合情報. 2020年10月3日閲覧。
- ^ “ワクモ(Dermanyssus gallinae)の問題と対策の試み”. 2020年10月3日閲覧。
- ^ “[http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06808/b1.pdf 国内の養鶏場におけるワクモ Dermanyssus gallinae の 市販殺虫剤に対する抵抗性出現]”. 2020年10月3日閲覧。
- ^ “[https://www.jpa.or.jp/news/general/nikkei/2019/20190402_01.pdf 日鶏協ニュース平成31年4月号 平成 30 年度成鶏更新・空舎延長事業(第2回) における成鶏の出荷期間終了について]”. 2020年10月3日閲覧。
- ^ “インフルワクチン製造に使うニワトリ、米秘密農場で飼育”. CNN (2020年4月18日). 2020年4月18日閲覧。
関連項目 編集
外部リンク 編集
- 社団法人日本養鶏協会
- 畜産ZOO鑑・鶏(中央畜産会)