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山本 清悟(やまもと しんご)は、日本の高校教師。スクール☆ウォーズの大木大助のモデルになった人物の一人である。

人物編集

弥栄中学校、3年生時で178センチ、90キロの体格で、京都一のワルで知られ、弥栄の清悟とも呼ばれていた[1]。バイクを乗り回し、タバコと酒等をしていた。日中も、たまり場で賭博やマージャン、花札に熱中した。毎日のようにパチンコ店に入り浸り、勝った分の資金で夜はその足をスナックに向けた。15歳にして、両隣に大人の女性を座らせた逸話がある。中学時代の部活は野球部に所属し、一塁を守っていた。野球推薦で受験した京都の私学高校は不合格だった。当時の京都は学区制であったが、担任に公立の進学校である堀川高を受ける意思を伝えると、翌日に学年主任、生徒指導部長ら4人が自宅に来て、「性格検査したら、君は工業に向いている」と諭された。

1976年2月、届いた1通の出願書類に、伏見工の職員室は騒然とした。ツッパリ生徒の集まりだった京都市立伏見工業高等学校へ入学すると話を聞いただけで恐れられていた。入学後、ラグビー部監督だった山口良治は山本に「ラグビーはルールのあるケンカや。ボール持ったら何をしてもええ。蹴る、殴る以外は何したってええんや。お前やったら一番になれるんちゃうんか!」と言いラグビーをやらせた。最初は、タバコやアルコールに浸った体で、ボールを回しながら約100メートル走る「ランパス」では、隣に20~30メートルも離された。練習を無断で抜け出し喫茶店で遊ぶなどとあったが、山口の熱心な指導に山本は心に火がついた。

その後、山口と共に一緒懸命ラグビーに没頭した。そして、その年の春の京都府大会決勝での花園高校戦。必死に戦う小畑道弘らの姿をスタンドから見ていた山本は心を打たれ、チームも見事初優勝。その後、2年生になった山本は伏見工業が日本代表チームに選ばれるほどに成長したチームを引っ張り、伏見工業の名を全国に轟かせた。卒業後は、昔、自分の様なツッパリだった生徒をどうにかしたいという思いで日本体育大学に進学。現在は奈良県立奈良朱雀高等学校の保健体育教諭・ラグビー部顧問を務めている。

脚注編集

関連項目編集