山縣 清(やまがた きよし、1901年1月5日 - 1973年2月24日) は、日本機械工学者九州大学名誉教授。元宇部工業高等専門学校校長。元日本伝熱研究会会長。

山縣 清
人物情報
生誕 (1901-01-05) 1901年1月5日
日本の旗 日本山口県厚狭
死没 1973年2月24日(1973-02-24)(72歳没)
出身校 九州帝国大学
学問
研究分野 工学(機械工学)
研究機関 九州帝国大学
学位 工学博士
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経歴

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1901年、山口県厚狭生まれ[1]。1926年九州帝国大学工学部機械工学科を卒業し、卒業後は同大学の助手となる。1927年、九州帝国大学講師に昇進。1929年、九州帝国大学助教授に昇進[2][1]。1939年、九州帝国大学に「真直ナ円管内ニ於ケル流体ノ非等温層流ノ理論ニ対スル寄与」を提出して工学博士号を取得[3]。1940年、九州帝国大学工学部教授に昇進。1947年より九州大学工学部長[1][4]。1964年に九州大学を定年退官し、名誉教授となった[2]

その後は郷里に戻り、1965年より宇部工業高等専門学校校長(第3代目校長)[5]。1968年より日本伝熱研究会会長をつとめた。

受賞・栄典

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研究内容・業績

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脚注

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  1. ^ a b c 伝熱研究 Vol.12 No.45 1973 April - Watt & Edison
  2. ^ a b c 山県 清(読み)ヤマガタ キヨシ20世紀日本人名事典
  3. ^ 真直ナ円管内ニ於ケル流体ノ非等温層流ノ理論ニ対スル寄与 山縣, 清 ヤマガタ, キヨシ
  4. ^ 山県清(読み)やまがた きよしデジタル版 日本人名大辞典+Plus
  5. ^ 宇部工業高等専門学校は国立宇部工業短期大学を前身とし、高等専門学校制度が発足した1962年に国立高専第1期校の12校のひとつとして設置された。当初は山口大学学長が校長を併任して発足しており、山形が第1期生を送り出すなど、後進を育成する基礎を固めた。第一期生送辞では、「時には立ち止まってこの学園のことを思い出し、 そこにいるすべての人々をいたわり、はげましてくれるとありがたいと思う」と送っている。
  6. ^ 歴代会長からのメッセージその3」『伝熱』第41巻第168号、日本伝熱学会、2002年、30 第28期 会長、doi:10.11368/htsj1999.41.168_30 
先代
今井弘
九州大学工学部長
1947年 - 1949年
次代
和田正雄
先代
加藤常太郎
宇部工業高等専門学校校長
1965年 - 1972年
次代
今川博
先代
菅原菅雄
日本伝熱研究会会長
1968年 - 1969年
次代
坪内為雄