巡察使(じゅんさつし)は、中国代に置かれた官名である。後には、按察使・安撫使などと称せられた。

概要

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律令には規定のない使職(令外官)の一つであり、皇帝の命令によって、地方の監察を行い、州の刺史や県の県令などの地方官の勤務評定を上進した。任命されるのは御史が多いが、その職名や人員は定まってはいなかった。

その始まりは、早くも初唐の貞観8年(634年)に、諸道黜陟大使(一名、観風俗使)13名が任命されたのが、それであるとされる。その後、開元年間の初期(713年頃)までは、多くの例を見ることができる。

696年李喬の上奏文によれば、686年の諸道巡察使の科目は44件を数え、その他、格勅令による訪察が30余ヵ所あったという。巡察使は、3月に出発して、11月に帰還し報告をするが、その間に、千人単位の地方官を評定する必要があったので、それだけの数をこなすのはとても難しいと述べられている。

関連項目

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参考文献

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