左議政
左議政(チャイジョン:朝: 좌의정、さぎせい)または議政府左議政(ウイジョンブ チャイジョン:朝: 의정부좌의정、ぎせいふ さぎせい)は、朝鮮王朝の官職名であり、領議政・右議政と並ぶ朝鮮王朝行政府の序列三位一体の公職である。
左議政 | |
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世宗期左議政河演 | |
各種表記 | |
ハングル: | 좌의정 |
漢字: | 左議政 |
発音: | チュヮイジョン |
日本語読み: | さぎせい |
文化観光部2000年式: マッキューン=ライシャワー式: |
Jwauijeong Chwaŭijŏng |
沿革
編集元来、李氏朝鮮の建国後、門下省左侍中(ムナソン チャシジュン:문하성좌시중、もんかしょう さじちゅう)または門下左侍中(ムナ チャシジュン:문하좌시중、もんか さじちゅう)として出発したが、1400年、議政府判事(ウイジョンブ パンサ:의정부판사、ぎせいふ はんじ)に改められ、1418年(太宗18年)に再度、左議政府事(チャイジョン ブサ:좌의정부사、さぎせい ふじ)に改名された。1455年に世祖が議政府左議政に名称を改めた。
1396年までは領議政は名誉職に過ぎず、左議政と右議政が政務を主管したが、1396年からは領議政が内閣の首位職を務めることになった。領議政より序列は下だが、右議政の上級職であり、同じ正一品上級大匡輔国崇禄大夫の職位である。
1894年、右議政・領議政と統合されて、内閣総理大臣に変更され、この官職は廃止された。
左議政を務めた人は、特別な場合を除いて職位は領議政と同じで、宋時烈・金尚憲・金尚容を除いて、死後領議政に贈職されなかった。