平 時高(たいら の ときたか)は、鎌倉時代公卿

経歴編集

承元3年(1209年)6月、蔵人に補され、9月に叙爵する[2]。ついで建保3年(1215年)刑部権大輔、貞応3年(1224年)中宮権大進、天福元年(1233年備中守を経て、嘉禎3年(1237年)皇太宮大進となった[2]。同4年、右少弁に任じ、仁治3年(1242年)には正四位下蔵人頭に補された[2]寛元3年(1245年従三位に昇り公卿に列し、建長5年(1253年正三位[2]建長6年(1254年)1月、従二位に昇叙された[2]建長6年3月26日1254年4月15日薨去した[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d 上田ほか 2001, 1085頁.
  2. ^ a b c d e f g h 安田 1985, 356頁.
  3. ^ 藤原 1904, 第十六巻8頁.
  4. ^ a b c 藤原 1904, 第十六巻9頁.

参考文献編集

  • 藤原公定 撰 『新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集 11』 吉川弘文館〈故実叢書 第3輯〉、1904年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991593 
  • 安田元久 編 『鎌倉・室町人名事典』 新人物往来社、1985年。ISBN 4404013027 
  • 上田正昭ほか 監修 『講談社日本人名大辞典』 講談社、2001年。ISBN 4062108496