敦賀二十五銀行(つるがにじゅうごぎんこう)は、昭和期に福井県嶺南地方の有力行が合併して設立された銀行

金融恐慌を受け、1927年(昭和2年)3月に銀行法が制定され、より資本力の強い銀行を目指して、1県1行政策が始まった。 福井県内においても、嶺北地方の森田銀行第五十七銀行と嶺南地方の敦賀銀行、二十五銀行の4行合併が模索されたものの、嶺北地方の福井市に本店を置くことに、二十五銀行と敦賀銀行が反発し、1928年(昭和3年)12月に2行だけで合併し、新たに設立[1]


その後、1936年(昭和11年)3月10日に嶺南地方最大の銀行であった大和田銀行(後に三和銀行に合併)に合併された[2]

沿革編集

  • 1928年(昭和3年)12月1日:敦賀銀行、二十五銀行が合併し設立[2]
  • 1929年(昭和4年)7月1日:本郷銀行を合併[2]
  • 1936年(昭和11年)3月10日:大和田銀行に合併[2]

脚注・出典編集

  1. ^ 『福井県史 通史編5 近現代一』 福井県、1994年。
  2. ^ a b c d 『福井銀行八十年史』 福井銀行、1981年3月。
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関連項目編集