太丁(たいてい)は、殷朝の第28代王。帝乙比干箕子の父でもある。ただし発掘された甲骨文占卜の諡号文武丁である。

太丁
第28代王
王朝
武乙
帝乙比干箕子
※諡号は文丁(ぶんてい)とも。卜辞では文武丁(ぶんぶてい)と作る。名はとも作る。

史書の太丁編集

史記などの史書での名は「太丁」となっている。しかしこれは取り違いによるとも考えられる[1]

西の国である季歴を重用したが、後に監禁して餓死させた。

脚注編集

  1. ^ 成湯の息子にも「太丁」がおり、それと名前が混同されたことが考えられる。