斎藤 全門(さいとう ぜんもん、元禄13年(1700年) - 宝暦11年8月14日1761年9月12日))は、江戸時代中期の京都商人心学者[1]石田梅岩の高弟。通称は近江屋仁兵衛。著作に『斎藤先生語録』がある。

長男の全孝は家を継いで近江屋仁兵衛を襲名し、次男の全交は京都の呉服染悉染業「平野屋」の遠藤家(近江出身で慶安5年(1692年)に京都で開業)の養嗣子となり、6代目遠藤弥三郎(のち理助と改める。寛政7年に64歳で没)となった[2]

脚注編集

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