新関勝芳

日本の裁判官、弁護士

新関 勝芳(しんぜき[1] / にいぜき かつよし、1906年明治39年)3月20日 - 1994年平成6年)4月27日[1])は、日本の裁判官弁護士大阪高等裁判所長官、ロッキード事件の弁護団長を務めた。

経歴 編集

1907年広島市に生まれる。小学校卒業前に父を亡くし、旧制修道中学校(現:修道中学校・高等学校)の夜間部で学び同校卒業[2]東京帝国大学を卒業し、裁判官となる。1971年大阪高等裁判所長官に就任。裁判長として造船疑獄事件を担当した。のちに弁護士に転身し、ロッキード事件では田中角栄元首相の弁護団長を務めた[3]。1976年勲一等瑞宝章受章[4]

脚注 編集

  1. ^ a b 『「現代物故者事典」総索引:昭和元年~平成23年 1(政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、641頁。
  2. ^ 修道学園中高同窓会会員名簿『第35号』2010年、63頁。
  3. ^ 渡辺則文・北川建次「広島県風土記」1986年初版496頁
  4. ^ 旧・勲一等瑞宝章受章者一覧

関連項目 編集