日本の特許法における手続の補正

日本の特許法のもとでは、日本国特許庁に対する手続をした者は、事件が特許庁に係属しているとき、一定の条件のもとに、その手続の補正(てつづきのほせい、amendment of proceedings)、すなわち、手続の不備を補い正しくすること、をすることができる。

趣旨編集

手続の円滑迅速な進行のためには、はじめから完全な手続が望ましい。しかし、そのような手続が望めない場合もあるので、手続の補正をして手続を完全にすることが認められている。

日本の特許法は先願主義を採用しているので、出願人は特許を取得するために急いで出願をする場合がある。したがって、はじめから完全な明細書特許請求の範囲および図面を用意することを出願人に期待できないこともある。また、審査の過程で一部の発明について新規性進歩性を否定する証拠が発見された場合でも、特許請求の範囲を補正できれば特許を受けることができることもある。そこで、明細書、特許請求の範囲および図面の補正が認められている。

ただし、出願時の明細書、特許請求の範囲および図面に含まれない内容を後から追加する補正は、先願主義に反することとなるので、認められない。補正をすることによって出願の時が補正をした時に繰り下げられるわけではないので、補正によって内容を追加できるとすれば、出願人は出願後に知った発明を出願時に出願したことにできることとなり、不合理である。

一般編集

明細書、特許請求の範囲、図面または要約書の補正以外の補正は、事件が特許庁に係属している期間に限ってすることができる(特許法第17条第1項)。ただし、日本を指定国に含む特許協力条約に基づく国際出願(国際特許出願)については、国内段階に移行するまで補正をすることができない。より詳しくは、日本語による国際出願(日本語特許出願)については、国内書面を提出して国内手数料を支払った後でなければ、補正をすることができない。外国語による国際出願(外国語特許出願)については、翻訳文および国内書面を提出して国内手数料を支払った後であって翻訳文提出期間が過ぎるか出願審査の請求をした後でなければ、補正をすることができない(第184条の12第1項)。

手数料を納付する補正をするときを除いて、手続補正書を提出して補正する(第17条第4項)。

補正と変更とは区別される。例えば、願書の出願人の記載に誤記を発見したときには、手続補正書で願書を補正する。一方、特許出願後に特許を受ける権利を譲渡して出願人が変わったときには、出願人名義変更届を提出する。もし出願人名義変更届に誤記があれば、手続補正書で出願人名義変更届を補正する。

特許庁長官による補正命令および手続の却下編集

特許庁長官は、以下のときには、指定期間内に手続を補正するように命じることができる(第17条第3項)。

  • 未婚未成年者または成年被後見人法定代理人によらずに手続をしたとき
  • 被保佐人保佐人の同意を得ずに手続をしたとき
  • 法定代理人が後見監督人の同意を得ずに手続をしたとき
  • 不利益行為を代理するための特別の授権を得ない代理人が手続をしたとき
  • 手続が特許法に基づく方式(形式、様式)に違反しているとき
  • 手続に必要な規定の手数料が納付されないとき

指定期間内に手続が補正されないとき、特許庁長官はその手続を却下することができる(第18条第1項、第2項)。

また、補正によって治癒できない不適法な手続は、特許庁長官によって却下される(第18条の2第1項)。

要約書編集

願書に添付して提出した要約書の補正は、その出願の出願日(優先日、原出願の出願日)から1年3月以内に限ってすることができる(第17条の3、第184条の12第3項)。ただし、出願人が出願公開を請求したときは、それ以後要約書の補正はできない。

明細書、特許請求の範囲および図面編集

明細書、特許請求の範囲および図面の補正には、補正の内容の制限(内容的制限)および補正をする時期の制限(時期的制限)が課せられる。ただし、補正をする時期により内容的制限は異なる。

内容的制限編集

補正をする時期によらず補正に課せられる制限として、新規事項の追加の禁止が挙げられる。

明細書、特許請求の範囲および図面(明細書等)の補正は、特許出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲および図面(当初明細書等)に記載した事項の範囲内においてしなければならない(第17条の2第3項)。実務上、明細書等の補正のうち、当初明細書等の範囲内にない事項のことを新規事項new matter)といい、上記の制限を新規事項追加の禁止という。

補正が新規事項を導入するものであるか否かは、審査官または審判官によって判断され、補正が新規事項を導入すると判断されたときは、特許を拒絶される(第49条)。もし、補正が新規事項を導入したにもかかわらず、これが見過ごされて特許を受けたとき、その新規事項を含む特許は無効理由を有する(第123条第1項)。

なお、『特許・実用新案審査基準』によれば、日本国特許庁は、当初明細書等に記載した事項の範囲内を、当初明細書等に明示的に記載された事項およびその事項から自明な事項の範囲内と解するとしている。

明細書、特許請求の範囲および図面の補正は、手続補正書を提出してする。ただし、外国語書面出願について、誤訳の訂正を目的とする補正をするときは、誤訳訂正書を提出してする(第17条の2第2項)。

時期的制限編集

明細書等の補正は、以下の期間に限ってすることができる(第17条の2第1項)。

  • 最初の拒絶理由通知を受ける前の期間
  • 最初の拒絶理由通知の指定期間
  • 最初の拒絶理由通知を受けた後、第48条の7の通知の指定期間
  • 最後の拒絶理由通知の指定期間
  • 拒絶査定不服審判請求と同時に行う場合
  • 拒絶査定不服審判における拒絶理由通知の指定期間

なお、国際特許出願については、国内段階に移行するまで補正をすることができない(第184条の12第1項)。

以下には、補正をする時期に応じた内容的制限などについて説明する。

最初の拒絶理由通知を受ける前の期間編集

特許出願をしてから、審査官による最初の拒絶理由通知を受ける前までの間、明細書等の補正をすることができる。補正が新規事項を追加するものではないこと(補正の根拠)を示したい場合は、補正の根拠を特許庁長官あての上申書に記載し、手続補正書とともに提出する。

最初の拒絶理由通知の指定期間編集

審査官による拒絶理由通知には、出願人が意見書を提出することができる期間が指定される(第50条)。この指定期間は、現在の運用では、日本在住の出願人については60日、外国在住の出願人については3月となっている。指定期間には、明細書等の補正をすることができる。

通常、出願人が明細書等の補正をする手続補正書を提出するときは、拒絶理由通知に対する意見書とともに提出する。すなわち、拒絶理由を解消するために特許請求の範囲を減縮したり明細書の誤記を訂正したりする補正をして、意見書において補正が新規事項を追加するものではないことや補正によって拒絶理由が解消したことを主張する。

補正は新規事項を追加するものであると審査官が判断したとき、審査官はそのことを新たな拒絶理由通知で出願人に通知する。出願人は、その拒絶理由を解消するため、新規事項を削除する補正をすることができる。

最初の拒絶理由通知を受けた後、第48条の7の通知の指定期間編集

出願人は、特許を受けようとする発明に関係する発明であって文献に記載されたものを知っているときは、明細書のその文献の所在情報を記載しなければならない(第36条第4項2号)。審査官は、出願人がこれを怠っていると認めたとき、出願人にその旨の通知をする(第48条の7)。この通知には意見書を提出することができる期間が指定される。この指定期間には、明細書等の補正をすることができる。

このとき、出願人には、関係する発明を記載した文献の所在情報を明細書に追加する補正をすることが期待される。日本国特許庁の解釈によれば、特許文献の番号や論文の書誌情報を明細書に追加する補正は、新規事項を追加する補正とはされない。

最後の拒絶理由通知の指定期間編集

審査官は、「最後」と表示した拒絶理由通知を出すことがある。この拒絶理由通知にも、出願人が意見書を提出することができる期間が指定される(第50条)。この指定期間にも、明細書等の補正をすることができる。

ただし、このときの特許請求の範囲の補正には、新規事項追加の禁止に加えて、さらに制限が加えられる。すなわち、このときの特許請求の範囲の補正は、以下の事項を目的とするものに限られる(第17条の2第4項)。

  • 特許請求の範囲の請求項の削除
  • 特許請求の範囲の限定的減縮(減縮が限定的減縮といえるためには、発明を特定するための事項を限定し、かつ、発明の産業上の利用分野および解決しようとする課題を変更しないことが必要である。)
  • 誤記の訂正
  • 拒絶理由通知で指摘された不明瞭な記載の釈明

さらに、特許請求の範囲の限定的減縮をする補正は、補正後の特許請求の範囲に記載された発明が新規性や進歩性などの要件を満たすものでなくてはならない(独立特許要件)(第17条の2第5項)。

明細書、特許請求の範囲または図面に新規事項を追加する補正、上記以外の目的を有する特許請求の範囲の補正、または特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするが独立特許要件を満たさない補正は、審査官によって却下される(第53条)。

このように、最後の拒絶理由通知を受けた後には、特許請求の範囲の拡張などの大幅な補正は許されない。この場合に大幅な補正をする必要があるときは、出願人は、出願の分割を検討する。

拒絶査定不服審判請求と同時に行う場合編集

拒絶査定不服審判の請求と同時に行う場合には、明細書等の補正をすることができる(第17条の2第1項4号)。ただし、この補正には最後の拒絶理由通知の指定期間における補正の制限と同様の制限が課せられる。不適法な補正は審査官または審判官によって却下される(第159条第1項および第163条第1項で準用する第53条)。

拒絶査定不服審判における拒絶理由通知の指定期間編集

拒絶査定不服審判において審判官または審査官から拒絶理由通知を受けることがある。これに対する意見書提出のための指定期間には、明細書等の補正をすることができる。拒絶理由通知が最初であるか最後であるかによって、この補正には最初または最後の拒絶理由通知の指定期間における補正の制限と同様の制限が課せられる。不適法な補正は審査官または審判官によって却下される(第159条第1項および第163条第1項で準用する第53条)。

19条補正および34条補正の扱い編集

国際特許出願について特許協力条約第19条に基づいてした請求の範囲の補正(19条補正)は、日本の特許法において次のように扱われる。すなわち、日本語特許出願については、19条補正は手続補正書を提出して特許請求の範囲を補正をしたものとみなされる(第184条の7)。外国語特許出願については、19条補正の翻訳文が特許庁長官に提出されたときには、翻訳文の内容で特許出願がされたものとみなされる(第184条の6第3項)。

国際特許出願について特許協力条約第34条に基づいてした請求の範囲の補正(34条補正)は、日本の特許法において次のように扱われる。すなわち、日本語特許出願については、34条補正は手続補正書を提出して明細書、特許請求の範囲または図面を補正をしたものとみなされる(第184条の8第2項)。外国語特許出願については、34条補正の翻訳文が特許庁長官に提出されたときには、誤訳訂正書を提出して明細書、特許請求の範囲または図面を補正したものとみなされる(第184条の8第2項、第4項)。

外国語特許出願について、19条補正または34条補正の翻訳文が特許庁長官に提出されなかったときには、補正をしなかったものとみなされる。

外国語書面および外国語要約書編集

外国語書面および外国語要約書の補正をすることはできない(第17条第2項)。

訂正に係る明細書、特許請求の範囲および図面編集

特許無効審判の被請求人である特許権者が特許無効審判の中で訂正請求をした場合、答弁書提出のための指定期間、無効理由通知に対する意見を申し立てるための指定期間に限り、訂正した明細書、特許請求の範囲および図面について補正をすることができる(第17条の4第1項)。

訂正審判の請求人である特許権者は、審理の開始または再開から審理の終結の通知がされる前までの期間に限り、訂正した明細書、特許請求の範囲および図面について補正をすることができる(第17条の4第2項)。

審判請求書および審判の手続編集

審判請求書の補正は、事件が特許庁に係属しているときに限ってすることができる(第17条第1項)。

審判請求書の補正は、請求書の要旨を変更してはならない(第131条の2第1項)。ただし、特許無効審判以外の審判請求書の請求の理由の補正は、要旨を変更してもよい。また、特許無効審判の請求書の請求の理由の要旨を変更する補正は、審判長に許可されたときに限って認められる。上記に反して請求書の要旨変更をする補正は、審判長によって却下される(第133条第3項)。

審判長による補正命令および手続の却下編集

審判長は、審判請求書が第131条の規定に違反しているとき、請求人に対して、指定期間内に手続を補正するよう命じなければならない(第133条第1項)。また、以下のときには、指定期間内に手続を補正するように命じることができる(第133条第2項)。

  • 未婚未成年者または成年被後見人法定代理人によらずに手続をしたとき
  • 被保佐人保佐人の同意を得ずに手続をしたとき
  • 法定代理人が後見監督人の同意を得ずに手続をしたとき
  • 不利益行為を代理するための特別の授権を得ない代理人が手続をしたとき
  • 手続が特許法に基づく方式に違反しているとき
  • 手続に必要な規定の手数料が納付されないとき

指定期間内に手続が補正されないとき、審判長はその手続を却下することができる(第133条第3項)。

また、補正によって治癒できない不適法な審判請求は審決によって却下され(第135条)、それ以外の補正によって治癒できない不適法な手続は、審判長の決定によって却下される(第133条の2第1項)。