暉姫(てるひめ、文政9年5月14日1826年6月19日) - 天保11年5月8日1840年6月7日))は、江戸幕府第12代将軍・徳川家慶の六女で、田安徳川家当主・徳川慶頼婚約者。生母は側室お波奈の方。院号は「貞明院」。

生涯編集

徳川家慶の六女として、文政9年(1826年)に江戸城西ノ丸大奥にて誕生。

天保10年(1839年)に田安徳川家当主の徳川慶頼と婚約するも、翌年の天保11年(1840年)に疱瘡にかかり死去。享年15。葬地は上野寛永寺山内春性院。院号は貞明院。

関連項目編集