文政(ぶんせい)は日本元号の一つ。文化の後、天保の前。1818年から1831年[1]までの期間を指す。この時代の天皇仁孝天皇

改元編集

朝廷は7つの案を出した上で「文政」と「文長」を推し、幕府はこれを受けて「文政」を新元号とした[2]

出典編集

尚書』舜典の「舜察天文、斉七政」から。

文政年間の出来事編集

誕生編集

死去編集

西暦との対照表編集

※は小の月を示す。

脚注編集

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  1. ^ 文政から天保への改元が行なわれたのはグレゴリオ暦1831年1月23日であり、和暦が新年を迎えないうちに西暦だけが新年を迎えている期間であった。天保元年は西暦1831年1月23日から同2月12日までの短い期間であるため、和暦と西暦を一対一で対応させようとする場合、文政13年=天保元年=西暦1830年、天保2年=西暦1831年となって実際とはずれが生じる。
  2. ^ 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P272-273

関連項目編集