メインメニューを開く

本田 義英(ほんだ ぎえい、1888年8月10日 - 1953年7月29日)は、日蓮宗、仏教学者。

京都出身。旧姓は桐山。幼名は伝次郎。1914年京都帝国大学文科大学印度哲学科卒。1929年京都帝大文学部講師、34年「印度学方法論より観たる法華経」で文学博士、同年助教授、35年教授。48年定年退官[1]名誉教授立正大学教授、稲沢女子短期大学(愛知文教女子短期大学)教授、印度文化研究所所長。京都の慈雲院宝塔寺住職をつとめた。[2]

著訳著編集

  • 『仏典の内相と外相』弘文堂書店 1934
  • 『法華経に関する諸問題』日蓮宗宗務院 1936
  • 『法華経論 印度学方法論より観たる一試論』弘文堂 1944
  • 『法華経新訳要集』訳著 平楽寺書店 1951

論文編集

脚注編集

  1. ^ 『京大文学部の百年』
  2. ^ 日本人名大辞典