朴 堤上(パク・チェサン、박제상、生没年不詳)は、新羅の武将。忠臣として知られる。『三国史記』に伝がある。『三国遺事』には金堤上として登場する。『日本書紀』の「毛麻利叱智」と同一人物とされる。百結(朴文良)の父。

朴堤上
各種表記
ハングル 박제상
漢字 朴堤上
発音: パク・チェサン
日本語読み: ぼく ていじょう
ローマ字 Park Je-sang
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生涯

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5世紀のはじめ、新羅の第18代実聖王倭国(日本)と高句麗と講和を結び、前王の奈勿王の子の未斯欣と卜好を人質として両国に送ったが、奈勿王の子で第19代訥祇王は堤上に命じ、人質となった兄弟の帰国を図った。堤上はまず、高句麗に向かい、弁説巧みに卜好を獲得し、次に日本に渡り、智略を巡らせて未斯欣を帰国させたが、自らは葛城襲津彦によって処刑された。

『三国遺事』では、未斯欣・卜好はそれぞれ宝海・美海という名で登場する。

参考文献

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