李 係(り けい、? - 宝応元年4月18日(762年5月16日))は、唐の皇族。第10代皇帝・粛宗の子で第11代皇帝・代宗の弟。
至徳2載(757年)に趙王、後に南陽王に封じられた。当時は安史の乱が起こっており、乾元2年(759年)に関東出兵を命じられて天兵馬元帥・越王に封じられた。
宝応元年(762年)、父の粛宗が重病になると、張皇后は宦官の李輔国を殺害しようと計画し、李係もこれに応じて200人の私兵を集めた。しかし李輔国に事前に発覚し、皇后と共に殺害された。