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李 永鎬(リ・ヨンホ、리영호)は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の満州派に属する軍人政治家朝鮮戦争開戦時の第3師団長。

李永鎬
各種表記
ハングル 리영호
漢字 李永鎬、李英鎬
発音: リ・ヨンホ
日本語読み: り えいこう
ローマ字 Lee Yong-Ho
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経歴編集

1909年、慶尚道(北道か南道かは不明)に生まれる。

1936年2月、東北人民革命軍第4軍第2師交通員。

1938年、東北抗日連軍第7軍第2師第7団政治委員。

1940年3月、東北抗日連軍第2路軍第2支隊第2大隊政治委員。日本軍の討伐を逃れてソ連に入り、同年12月に党幹部会議が開かれ、北野営党臨時委員会宣伝委員。1942年、第88特別旅団第3大隊第5中隊副中隊長・上尉。

第2次世界大戦終戦後は帰国し朝鮮人民軍第6連隊長を経て1950年に第3師団長に就任。第3師団は当時の人民軍最精鋭師団であり国境開戦大田の戦い釜山橋頭堡の戦いに参加した。しかし国連軍の抵抗で消耗して1950年9月の反抗作戦で第3師団は壊滅し、李英鎬は帰還した。帰還後は第7軍団長等を歴任した。

1953年、民族保衛省副相。

1954年、海軍司令官に就任。

1954年3月、朝鮮人民代表団副団長として中華人民共和国を訪問。

1956年4月、労働党中央委員会委員(第3回党大会)。

1957年5月、駐中国大使。

1959年12月、朝鮮人民軍中将

1961年9月、労働党中央委員会委員(第4回党大会)。

1962年4月、中国大使を辞任。5月、労働党中央委員会行政部長。10月、最高人民会議第3期代議員当選、最高人民会議常任委員会委員。

1965年、朝鮮人民軍大将

1967年、最高人民会議常任委員会副委員長。

軍部強硬派であったため1970年頃に粛清。

参考文献編集

  • 和田春樹 (1992), 金日成と満州抗日戦争, 平凡社, ISBN 4-58-245603-0 
  • 佐々木春隆 (1985), 朝鮮戦争前史としての韓国独立運動の研究, 国書刊行会 
  • 韓国・北朝鮮人名辞典, 世界政経調査会, (1966) 
  • [이영호(李永鎬, 생몰년 미상)]”. 노동자의 책. 2015年1月19日閲覧。