李 芳幹(イ・バンガン、至正24年(1364年) - 永楽19年(1421年))は、李氏朝鮮初代国王太祖李成桂の四男。

李芳幹
各種表記
ハングル 이방간
漢字 李芳幹
発音: イ・バンガン
日本語読み: り ほうかん
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李氏朝鮮建国後に懐安君に封ぜられた。第一次王子の乱の際鄭道伝の一味を除去した功で、懐安公になった。定宗が即位すると、豊海道西北面の軍を担当。彼は王権に対する野望が強く、軍を起こし、開城に進軍し第二次王子の乱を起こしたが太宗に敗れて、生け捕りにされた。その後彼は配流地を転々とした。

その後、太宗と世宗の配慮で天命を享受し、57歳でこの世を去った。

参考文献

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  • 朴永圭『朝鮮王朝実録』尹淑姫神田聡 訳、新潮社、1997年9月。ISBN 4-10-536001-9