村瀬 拓男(むらせ たくお、1962年12月30日[1]-)は、日本弁護士第二東京弁護士会所属[2]

来歴編集

東大寺学園高等学校を経て[2]、1985年に東京大学工学部土木工学科を卒業。同年、新潮社に入社[1]。 雑誌編集(週刊新潮)の後、映像(1988年『火垂るの墓[3][4]など)や電子出版などの新規事業(1995年「CD-ROM版新潮文庫の100冊」2002年「新潮ケータイ文庫」など[5])に関わる。『火垂るの墓』については、入社2年目の1986年に徳間書店スタジオジブリ鈴木敏夫)から企画が持ち込まれた際に(それまで宮崎駿の全監督作品を見ていたことから)自ら担当に名乗りを上げ、配給や宣伝を担当するとともに、契約書をすべて作成したと記している[6]。鈴木は「彼(引用者注:村瀬)が本当にがんばってくれた。彼の協力がなければ、この作品はできていないと思います。」と記している[7]

2004年、司法試験に合格する。2005年3月に新潮社を退社[2]。2006年弁護士登録[2]

新潮社の法務を担当するほか、用賀法律事務所主宰として、映像・IT・出版系を中心とした企業法務に携わる。

著書編集

  • 『電子書籍の真実』マイコミ新書、2010年7月
  • 『電子書籍・出版の契約実務と著作権』民事法研究会、2013年2月
  • 『電子書籍・出版の契約実務と著作権 第2版』民事法研究会、2014年12月
  • 『電子出版時代の著作権入門』インプレスR&D、2016年2月

脚注編集

  1. ^ a b 弁護士紹介”. 用賀法律事務所. 2019年9月19日閲覧。
  2. ^ a b c d 村瀬拓男弁護士”. 弁護士ドットコム. 2019年9月19日閲覧。
  3. ^ 火垂るの墓:スタッフ”. 2019年9月19日閲覧。
  4. ^ 鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 『火垂るの墓』制作秘話 - ニコニコ動画
  5. ^ 村瀬拓男「読み物電子化への挑戦――「新潮文庫の100冊」と「新潮ケータイ文庫」」『電子出版クロニクル』日本電子出版協会、2009年、pp.74-75
  6. ^ 村瀬拓男「そんなに大切なら金庫にしまっておけばいい」『火垂るの墓』文藝春秋<文春ジブリ文庫 ジブリの教科書4>、2013年、pp.136-139
  7. ^ 鈴木敏夫「『火垂るの墓』クーデター計画」」『火垂るの墓』文藝春秋<文春ジブリ文庫 ジブリの教科書4>、2013年、p.42

外部リンク編集