桂 春之助(かつら はるのすけ)は、上方落語名跡。本来は桂文枝系統の名前だが、4代目は桂春團治系統が名乗っていた。3代目のみ文の家春之助と名乗った。


3代目 ふみ 春之助はるのすけ
本名 田中 巳之助
生年月日 1877年
没年月日 1904年12月27日
出身地 日本の旗 日本
師匠 上方初代三笑亭芝楽
2代目桂文之助
名跡 1. 桂光三郎(1901年 - ?)
2. 桂桂馬(不詳)
3. 文の家春之助(? - 1904年)
活動期間 1901年 - 1904年
活動内容 上方落語
所属 桂派

文の家 春之助1877年 - 1904年12月27日)は、本名:田中巳之助。

大阪骨董商の息子。放蕩の末、1901年桂文光の門で光三郎。次いで2代目桂文之助の門で桂馬から春之助となった。即席噺を得意とした。

ある日兵庫龍野を巡業中、地元の悪党が春之助に瓜二つだったため、春之助を殺して自分を事故死したように見せかけ、保険金を詐欺しようと企んだ。本人はつゆ知らず、京都寄席に出ている時に巧みに呼び出され、殺されるという不運な最期だった。享年27。悪党は死体に自分の衣装を着せた上、転落したように見せかけて谷底に突き落とした。しかし、成功に浮かれた悪党が友人に姿を見せたために足が付き警察に捕まり、謀殺罪で死刑になった。2代目文之助は弟子を悼んで追善興行を行い、事件の顛末を織り込んだ新作みぞろの露」を口演した。

出典編集

  • 『古今東西落語家事典』(平凡社、1989年)
  • 『古今東西噺家紳士録』