植村 鷹千代(うえむら たかちよ、1911年11月2日 - 1998年2月26日)は、日本美術評論家

略歴編集

奈良県高市郡高取町生まれ。1932年大阪外国語学校仏語部卒[1]日本外事協会、南洋経済研究所を経て、1939年日本大学芸術科講師、1943-1945年同盟通信社に勤務。1939年から美術評論活動を開始。戦後、日本アバンギャルド美術家クラブ結成に参加、前衛美術論を展開した。現代美術研究所主宰。1971年高齢者を対象に設立されたサロン・デ・ボザール会長に就任。1977年紫綬褒章受勲[2]

著書編集

  • 『現代美の構想』生活社 1943
  • 『現代絵画の感覚』新人社 1948

編著・監修編集

翻訳編集

  • 『抗日論 如何にして抗日戦は準備されたか 蒋介石・其の他十八編』訳編 橘書店 1937
  • ドラクロア『芸術論』創元社 1939
  • ハーバート・リード『芸術と環境』梁塵社 1942
  • テ・セレブレニコフ『ソヴェートの婦人』伊藤書店 1946
  • ペ・ユーヂン『ソヴェートの文化』伊藤書店 1946
  • アルフレッド・H.バー・ジュニアー『ピカソ 芸術の五十年』創元社 1952
  • ハーバート・リード『芸術による教育』水沢孝策共訳 美術出版社 1953
  • ハーバート・リード『今日の絵画』新潮社 1953
  • ガートルード・スタイン『若きピカソのたたかい』新潮社 一時間文庫 1955

論文編集

脚注編集