植物社会学(しょくぶつしゃかいがく、:Phytosociologia)とは植生の単位である植物群落(羅:phytocoenosis)の構成や分類、或いはその発展や群落相互の連関を研究対象とする植物生態学の一分野を指す。植生学や群落学とも呼ばれる。群落分類学(羅:Syntaxonomia)は、植物群落を分類する植物社会学の分野である。植物社会学はアングロサクソン世界では殆ど受け入れられておらず、米国でもこの概念の大部分は拒絶されている(英語版Phytosociologyを見よ)為、これらに追従する日本語圏の情報に乏しいのが実情であり、より詳しくは仏語版Phytosociologie、独語版Pflanzensoziologieを参照すると良い。

研究分野 編集

植物社会学(蘭:vegetatiekunde)は、いくつかの研究分野に細分されている。

  1. 群落形態学: 植物群落の植生構造に関する研究。
  2. 遷移学: 時間の経過に伴う遷移に関する研究。
  3. 群落分布学: 植物群落の地理的分布に関する研究。
  4. 群落分類学: 植物群落の分類。
  5. 群落年代学: 植生の歴史に関する研究。

手法 編集

植物社会学は、植生単位を特徴づける植物分類群の組み合わせにより、植生のモデルを確立することを目指している。これらの植生単位は"syntaxa" (単数形 "syntaxon")と呼ばれ、"synsystem"と言われる階層型システムに分類することができる。 こうした分類の作業を"syntaxonomy"と称する。国際植物社会学命名規約(An International Code of Phytosociological Nomenclature)は植生単位"syntaxa"’の命名規則を定めたもので、植生学研究者の間での利用が増えている [1]

群落分類学 Syntaxonomia 編集

植物群落を分類する際の基本単位となるのが群集(羅:associatio)であり、生物分類学(羅:Taxonomia)に於ける基本単位であるに相当する。群集はその類似性によりより大きな生態学的単位(群落分類群、植生単位 syntaxon, pl:syntaxaと呼ばれる)である「群団」に纒められる。さらに群団は「群目(羅:odro)」、群目は「群綱(羅:classis)」に統合される。群落は生物分類に於ける個体に相当し、syntaxaは生物分類に於ける種・属・科・目・綱・門・界といった種分類群taxonに相当するものである。各syntaxonの学名優占種標徴種などの学名を基にして命名される。具体的には1つか2つの特徴的な種の属名語幹に以下に示す各syntaxonに対応した語尾を附しラテン語として命名すればよい。この時、種小名を属格で残すこともできる。尚、-etumは古典期より存在するラテン語語尾で群落を表す。

群落分類群(syntaxa)の各階級の名称(各国語)と対応する学名語尾
群落分類群(syntaxa) ラテン語 独語 仏語 学名語尾
群綱 Classis Klasse classe -etea
亜群綱 Subclassis Unterklasse sous-classe -enea
群目 Ordo Ordnung ordre -etalia
亜群目 Subordo Unterordnung sous-ordre -enalia
群団 Alliancia Verband alliance -ion
亜群団 Suballiancia Unterverband sous-alliance -enion
群集 Associatio Assoziation association -etum
亜群集 Subassociatio Subassoziation sous-association -etosum
変群集 Varietas Variante
亜変群集 Subvarietas Subvariante
ファキエース Facies Fazies

(群団Alliancia/Suballianciaは以前はFoederatio/Subfoederatioとも称した[2]。)

実際には植物の学名が現行の国際藻類・菌類・植物命名規約: International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants、ICN)によって命名されるのと同様に、群落の学名は現行の国際植物社会学命名規約(独: Internationalen Code der Pflanzensoziologischen Nomenklatur, ICPN[2][3])に従って命名される。

群落分類群の分類と学名の命名の実例[4] 編集

イネ群綱Oryzetea sativae Miyawaki 1960:優占種であるイネOryza sativa L. 1753(属格:Oryzae sativae)からMiyawakiが1960に命名した。属名語幹Oryz-に群綱の語尾-eteaを附し、種小名sativa(形容詞)を属格sativae(名詞)に替えている事に注意。これは水田である。

相観による植生の分類 編集

植物群の相観(羅:Physiognomia)に基づくアプローチも存在し、特定の集団の優占種の形態類型や生長形態及び生活形が考慮される。ここで考慮される基本単位は、1838年にAugust Grisebachによって提唱された概念である植物群系(羅:Formatio)である。植物群系も階層的体系に纒められ、以下に3つの例を示す。

群系族 Classe Formationsklasse 低木林 草原群系族 抽水湿原
群系亜族 Sous-classe Formationsunterklasse 乾生低木林 草本草原 葦原
群系群 Groupe Formationsgruppe 非常に疎らな乾生低木林(半砂漠) 気が疎らな草原 淡水湖の葦原
群系 Formation Formation シダの藪

歴史と評価 編集

19世紀後半からシャルル・フラオー(Charles Flahault:1852–1935) によるこのような分類の試みの例はあるものの、この学問をヨーロッパで開始したのはスイスの植物学者 Josias Braun-Blanquet (1884–1980) である。

今日、植物社会学者たちはより複雑な植生体系の構築に取り組んでいる。

植物社会学的方法は、植物の分類が系統だてて記述されることと、植物の出現の仕方が予測しやすい性質をもつこと、また、環境保全問題解決に役立てやすいため、多くの専門家により近代の植生学において主流となりうる手法だとみなされている。一方で、方法論的アプローチの限界を疑問視する声もある。

脚注 編集

  1. ^ Weber, H.E., Moravec, J. & Theurillat, J.-P. (2000) 'International Code of Phytosociological Nomenclature'. 3rd edition Journal of Vegetation Science l 1: 739-768, 2000 ? IAVS; Opulus Press Uppsala.
  2. ^ a b Heinrich E. Weber (独語版監訳) H. E. Weber, J. Moravec, J.-P. Theurillat in: Synopsis der Pflanzengesellschaften Deutschlands. Internationalen Code der Pflanzensoziologischen Nomenklatur (ICPN) 3.Auflage. Sonderheft 1, 2001. Göttingen(PDF-Datei, im Zobodat).
  3. ^ J.-P. Theurillat et al. International Code of Phytosociological Nomenclature. 4th edition Applied Vegetation Science([1]).
  4. ^ イネ-イヌビエ群団”. Phytosoc.WEB-J. 2021年9月21日閲覧。
  5. ^ YList 植物和名-学名インデックス:簡易検索結果”. ylist.info. 2021年9月23日閲覧。
  6. ^ 小山 豊・森田弘彦・千葉和夫 (2014). “雑草モノグラフ(8)”. 雑草研究 59巻1号: 15-24. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030872280.pdf. 

外部リンク 編集

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