橋本左五郎
畜産学者、教育者
橋本 左五郎(はしもと さごろう、慶応2年9月20日(1866年10月28日) - 昭和27年(1952年)9月25日)は、畜産学者、教育者、学校経営者。北海道における畜産・練乳研究の第一人者。愛称は左五。
来歴
編集研究分野
編集橋本は、牛乳処理技術開発に当たり、乳糖結晶の均一化に成功。練乳(コンデンスミルク)製造用真空釜を開発し、練乳製造の企業化の端緒を開く。後に北海道煉乳株式会社設立にも参画した[1]。
エピソード
編集- 文豪・夏目漱石と親交があり、夏目は「東京大学予備門(現東京大学教養学部)入学試験で、代数が難しく途方に暮れていたら、隣席の左五がそっと教えてくれて、お陰でやっと入学した」と懐述している。しかし、当の橋本は予備門入試に落第し「東大なぞくだらない」と言い、札幌農学校へ入学したと言う。
- 予備門時代の橋本は、「成立学舎」の出身者らを中心に、夏目漱石、中村是公、太田達人、佐藤友熊、中川小十郎らとともに「十人会」を組織している。
- 1924年に浅羽靖の子息・浅羽一郎と、北海中学校及び札幌商業学校の校長・戸津高知が対立。あわや北中と札商が分離しかけたところを、橋本の尽力もあり、橋本が理事長就任で収まったと言う[1]。
栄典
編集家族
編集著書等
編集参考文献
編集関連項目
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