檀渓心涼(だんけいしんりょう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代臨済宗

檀渓心涼
乾元元年[1] - 応安7年/文中3年8月8日
1302年 - 1374年9月14日
生地 因幡国
宗旨 臨済宗
寺院 伊勢正法寺
虎関師錬
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経歴・人物編集

虎関師錬の室に入り、その法を継ぐ[2]伊勢正法寺開基となり、のち京都東福寺37世住持となる[2]。晩年は龍眠庵に隠退する[2]

脚注編集

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  1. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『檀渓心涼』 - コトバンク
  2. ^ a b c 安田元久編『鎌倉・室町人名事典』新人物往来社、p.386(1985)