死心悟新(ししん ごしん)は、で活動した臨済宗黄龍派の禅匠である。黄龍下3世。

死心悟新
慶暦3年2月29日 - 政和4年12月14日
1043年4月11日 - 1115年1月11日
生地 韶州曲江県
宗派 臨済宗黄龍派
寺院 黄龍山崇恩寺、雲巌寺、翠巌寺
晦堂祖心
弟子 揚州斎謐、鍾山道隆、妙普庵主
上封祖秀、寂惺慧泉、超宗慧方
空室智通、崇覚 空
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生涯

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慶暦3年(1043年)、韶州曲江県で誕生する。俗姓は黄氏。仏陀院徳修の許で出家後、諸師に歴参して熙寧8年(1075年)に黄龍山で晦堂祖心より印可を得てその法を継いだ。暫くは黄龍山に留まった後、元祐7年(1092年)に雲巌寺、紹聖4年(1097年)には翠巌寺の席を薫した。政和初めに黄龍山へ戻り、政和4年12月14日1115年1月11日)示寂。法嗣には揚州斎謐ほか8名いた。

参考文献

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  • 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p.347 1985年
先代
晦堂祖心
臨済宗黄龍派
1100 - 1115
次代
揚州斎謐
鍾山道隆ほか