江川 英敏(えがわ ひでとし)は、江戸時代末期の旗本で、伊豆韮山代官である。第37代江川家当主。

 
江川 英敏
Egawa Hidetoshi by Nakahama Manjiro.jpg
ジョン万次郎撮影の江川英敏
時代 江戸時代末期(幕末
生誕 天保10年(1839年
死没 文久2年12月16日1863年2月4日
別名 通称:太郎左衛門
幕府 江戸幕府韮山代官
氏族 江川氏
父母 父:江川英龍
兄弟 英敏、英武、貞子(石川成章室)、英子(木戸孝允養女・河瀬真孝室)、他
英武
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経歴編集

天保10年(1839年)、第36代当主・江川英龍の三男として生まれる。安政2年(1855年)に父が死去した(2人の兄は既に早世していた)ため、家督を継いで第37代当主となり、太郎左衛門を称した。

生前に父が進めていた農兵育成・反射炉の完成・爆裂砲弾の作成などを次々と推し進めたが、家督を継いでから7年後の文久2年(1862年)に夭折した。享年24。

継嗣がなく、末弟の江川英武養子として跡を継いだ。

関連項目編集