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江連堯則

江戸時代の武士
一番左が江連堯則。右から大関増裕松平太郎勝海舟稲葉正巳石川重敬、ヴァン・ヴァルケンバーグ(アメリカ公使)。

江連 堯則(えづれ あきのり、たかのり、生没年不詳)は、江戸時代武士幕臣)。官途は加賀守。通称は真三郎。妻は榎本武揚の妹、うた。

江戸に生まれる。志村源一郎と原半左衛門の弟で江連家の養子となる。目付から外国奉行となり、元治元年(1864年)8月英・仏・米・蘭の四国艦隊下関砲撃事件や密貿易事件等で英、仏、米公使と折衝した。慶応4年(1868年)旧暦4月5日開成所頭取となるが1週間で役替となる。徳川家、静岡移封に際して静岡に移住した。

参考文献編集

  • ブリタニカ国際大百科事典
  • 幕末維新期の社会的政治史研究(宮地正人著 岩波書店 1999年)

関連項目編集