汪直(おうちょく、生没年不明)は、明代宦官

大藤峡(現在の広西チワン族自治区桂平市)の瑤族の出身で、初め憲宗成化帝万貴妃に仕えていたが、後に成化帝に重用されて御馬太監に任じられた。成化帝の信任が厚く、成化13年(1477年)に特務機関である西廠が設置されると、その長に任じられ、しばしば大獄を引き起こした。大学士商輅らの諫言によって西廠は一時廃されたものの、やがて再設されると、政治を専断し、また北辺への遠征も行って、軍への浸透も図った。だが、専横な行いの数々に対して非難の声が高まり、成化帝の信任も失い、弾劾されて南京御馬監に降職され、更に奉御官にまで落とされて終わった。