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海軍総裁(かいぐんそうさい)は幕府海軍の最高職である。

概要編集

文久の改革で軍制改革が行われ、それに伴って文久2年12月18日(1863年2月6日)に蜂須賀斉裕が海軍総裁・陸軍総裁を兼務して就任した。しかし、斉裕はすぐに辞任し、後任は設置されなかった。

徳川慶喜が実施した慶応の改革で正規の職として復活し、慶応2年12月28日(1867年2月2日)に稲葉正巳が就任した。慶応4年1月24日(1868年2月17日)、戊辰戦争を契機に正巳は辞任した。矢田堀景蔵がその跡を継いだ。

矢田堀は新政府軍への艦隊引き渡し責任者を命じられたが、海軍副総裁となった榎本武揚は徹底抗戦を主張し、矢田堀が新政府軍との交渉で上陸していた隙に、榎本は艦隊を乗っ取って脱走した。

参考編集

外部リンク編集