漣川後任兵暴行致死事件

漣川後任兵暴行致死事件(ヨンチョンこうにんへいぼうこうちしじけん)とは、2014年4月7日大韓民国京畿道漣川郡にて、陸軍第28師団砲兵連隊所属の兵役による入隊直後のA一等兵(20歳)が、第28師団内の第6軍団の先輩兵士6名による陰湿ないじめ・激しい暴行により死亡した事件。加害者には殺人罪の他に余罪が加わり、長期の懲役刑が宣告された。「1970年代ですら存在しなかった前例未聞の事件」として世間からの激しい批判を浴びた事件であり[1]、この事件直後の約2ヶ月後に江原道高城郡兵長銃乱射事件が発生したこともあって、兵役や軍隊の在り方が再考されていくことになった。被害者の死亡直前に家族が国家人権委員会に暴行の疑いを訴えていたのにも関わらず、国家人権委員会は却下処分し、事件を発表しなかったことでも問題になった。本事件の調査と並行して4月に行われた陸軍による実態調査では、それまで未報告だった約4000件のいじめが発覚し、軍内のいじめ横行の実態が浮き彫りになった[2]

経緯編集

A一等兵は大学の看護学科生で、優秀な成績を収めており、敬虔なクリスチャンでもあった[3]

2014年2月、兵役による入隊直後のA一等兵は陸軍第28師団に医務兵として配置された[4]。3/8に第28師団内の第6軍団 医務部隊に配属後、4月6日に先輩兵士から1ヶ月間激しい暴行や悪質ないじめを受け続け、4月6日に胸を主犯のB兵長の足で蹴られ、意識不明となる[2][5]。激しい暴行を受けたことにより気道が詰まって脳震盪を起こし、呼吸停止となり、翌7日に死亡が確認された[2][5]。A一等兵の遺体は壮絶なアザだらけで、1ヶ月間暴行された跡があった[2][5]

事件当日の前夜から殴打が続いており、4月5日午後9時45分頃、B兵長ら6名はA一等兵に4時間以上暴行を加え続けた。事件当日午前、A一等兵が殴られて倒れると、B兵長らは脈拍や酸素飽和度を確認し、異常がなければ「仮病だ」といって暴行を続けた[4]。同日午前10時頃、B兵長らはベッド下に唾痰を2回吐き、A一等兵に舐めさせた[4]。同日午後3時30分頃、B兵長らは冷凍食品を一緒に食べながら、食べる音がうるさいという理由でA一等兵の胸・顎・頬を殴った[4]。殴ったことでA一等兵の口から食べ物が飛び出すと、床に落ちた食べ物を舐めて食べさせた後、A一等兵の頭部と腹部を殴り、A一等兵がうつむいた状態で暴行を続けた[4]。尿を垂らして倒れたA一等兵は意識不明となり、翌日死亡が確認された[4]。A一等兵は事件当日には意識が朦朧とし、水を飲んでもヨダレを垂らし、まともに食べられないほど衰弱していた[6][7]。4/9にA一等兵以外のB兵長を含む5人は拘束起訴され、G一等兵のみが不拘束起訴となった[1][8]

A一等兵が受けた虐待[2][6][9][5]

  • 「1ヶ月間、殴る・蹴るなどの暴行を日常茶飯事に1日90発以上受け続ける」
  • 「棒が折れるほど殴られ続ける」
  • 「「ワンワン」と犬のように吠えさせられて這い回らせられながら、加害者が床に吐いた唾痰を舐めさせられる」
  • 「午前3時まで眠らせられない」
  • 「性器にアンチプラミン(消炎鎮痛剤)を塗らせられる」
  • 「下着を破っては着替えさせられることを繰り返される」
  • 「歯磨き粉を食べさせられる」
  • 「横になって水1.5ℓを飲まされる」
  • 「自分・母親・姉・仲間に対する暴言を吐かれ続ける」

犯人は主犯のB兵長(25)C下士官(23)D兵長(22)E上等兵(21)F上等兵(21)G一等兵(22)。

この内、現場にて殺害に直接関与したのはB兵長、D兵長、E上等兵、F上等兵の4名で、4月11日の現場検証にて再演を行なった。

主犯のB兵長は、殴って暴行を繰り返してはA一等兵に点滴を打たせ、容態が少し回復すると再度暴行を行い、それを繰り返していたという[6]。「自分の父親はギャングだ」などと嘘を言ってA一等兵を脅していた。B兵長は新兵にもA一等兵への暴行を命令していた[6]。B兵長はA一等兵の配属前から同僚兵士に絶えず暴行を加えており、A一等兵への暴行に加担したE上等兵は「死ぬ程殴られた」と述べている[1]。G一等兵に対しても2013年12月に水拷問を行なったり、歯磨き粉を食べさせたことが確認されている[4]。下士官は部隊を指揮する幹部である階級であり、C下士官は兵長であるB兵長よりも位が高かったが、B兵長の方が年上であるという理由で従っていた[1](これは儒教的年功序列による朝鮮文化の伝統が大きく関わっている)。C下士官は兵士を管理し、暴力を止めさせる責任がある義務支援官だったのにも関わらず、A一等兵への暴行を幇助し、止めなかった[6]。2014年4月4日の大隊練兵場での応急処置教育で、C下士官は拡声器を持った手でA一等兵の頭を殴り、他の兵士たちはそれを目撃したが、誰も申告せず、A一等兵が頼れる人は誰もいなかったという[6]

軍と国家人権委員会の対応への疑惑編集

A一等兵の死亡直前、遺族が国家人権委員会に「殴打の疑いがある」と訴えたが、死亡直後の2日間に現場調査が行われたのにも関わらず、国家人権委員会は6月に却下処分していた事実が明らかになった[2][10][7][11]。連絡を受けて病院に駆けつけた遺族は、全身アザだらけのA一等兵を確認したが、A一等兵が暴行を受けた事実を把握し、単なる「窒息死」「気道閉塞による脳損傷」であるという説明に納得できなかったという[2][5][11]。その後、軍人権センターが関連捜査記録を確保し、2014年7月31日の軍人権センターによる記者会見にて、イム・テフン所長[1][12]によって真相が暴露される一週間前まで、遺族は軍から真相を伝えられていなかったため、真相を把握しておらず、軍は事件の残酷な内容を記者会見での真相暴露まで公開していなかった[2][10][7][11]。軍人権センターによる真相暴露後、国家人権委員会は8/4に急に事件を公表し、陸軍トップの権五晟(クォン・オソン)陸軍参謀総長が辞任した[2][10][7][11]。また、事件裁判の法廷に出席した軍側の証人は2人だけで、真相を正確に把握していたH一等兵は証人としなかった[7]。裁判の関係者によると、軍検察は遺族に真相を隠すために重要な証人を申請しなかったと見ることができるという[7]。ハンギョレによると人権団体関係者らは、2009年にヒョン・ビョンチョルが就任して以来、軍・検察・警察などの国家機関の人権侵害に対する職権調査がまともに行われていないと指摘しているという[10]

国防部は第28師団砲兵部隊連隊長、大隊長、本部砲隊長、当直者など16名の懲戒処分を発表した[7]。その内8名は最も軽い譴責処分となり、6名は1-3ヶ月の停職・減給処分、2名は各5・10日の謹慎処分となった[7]

裁判判決編集

2016年6月3日、国防部高等軍事裁判所は最終審判で殺人罪が成立し、B兵長に懲役40年、D兵長、E上等兵、F上等兵に懲役7年、C下士官に懲役5年を宣告。第2審ではB兵長は懲役35年を宣告されていたが、最高裁判所が認めず、第2審へ差し戻しとなった[13]。B兵長は国軍刑務所で服役中に監房仲間を殴打したり、体に小便をするなどの行為をしていたため、それを考慮されて懲役40年が確定した[13]。第28師団軍事法廷で開かれた4回目の公判では、B兵長に強制わいせつ容疑が追加された[3]。裁判では一部の一般市民が加害兵士らに向かって声を荒げることもあった[3]

その後の経緯編集

2016年1月16日、2011年に論山訓練所にて髄膜炎で死亡したI訓練兵の母主導の下、ソウル特別市西大門区峴底洞に「軍被害治癒センター」が設立された[14]。開所式にはA一等兵の母、I訓練兵の母、洪川韓国兵士脳腫瘍死亡事件の被害者 Jの母と姉、2015年4月の軍内性的暴行事件の被害者で当時治療中のK兵士とその父が参加した[14]

関連項目編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e 한겨레. ““韓国陸軍28師団 A一等兵死亡事件、70年代にもなかった野蛮行為””. japan.hani.co.kr. 2021年5月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 韓国兵が集団いじめで死亡、同僚に殺人罪” (日本語). CNN.co.jp. 2021年5月9日閲覧。
  3. ^ a b c <韓国兵暴行事件>「死亡兵士の家族、許そうとしたが真相知って衝撃」” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月10日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 「先任兵、一等兵に点滴注射しながら殴打…殺人罪で処罰を」=韓国” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月10日閲覧。
  5. ^ a b c d e 軍人権センター、A一等兵事件の全面再捜査を要求”. 東亜日報. 20210510閲覧。
  6. ^ a b c d e f <韓国兵暴行事件>地獄のような暴行続ける加害者…責任者は殴打勧める発言も” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月9日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h <韓国兵暴行事件>「一日90発殴打」…証人も隠す” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月9日閲覧。
  8. ^ 한겨레. “韓国軍検察、“A一等兵暴行致死事件”加害兵長に死刑を求刑”. japan.hani.co.kr. 2021年5月10日閲覧。
  9. ^ 「先任兵、一等兵に点滴注射しながら殴打…殺人罪で処罰を」=韓国” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月10日閲覧。
  10. ^ a b c d 한겨레. “国家人権委員会「A一等兵の殴打死亡」知りながら隠ぺい”. japan.hani.co.kr. 2021年5月9日閲覧。
  11. ^ a b c d <韓国兵暴行事件>「死亡兵士の家族、許そうとしたが真相知って衝撃」” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月10日閲覧。
  12. ^ 「先任兵、一等兵に点滴注射しながら殴打…殺人罪で処罰を」=韓国” (日本語). 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2021年5月10日閲覧。
  13. ^ a b 장영훈 (2018年5月18日). “‘A 일병 사망 사건’ 주범 B 병장 ‘징역 40년’ 확정” (朝鮮語). 인사이트. 2021年5月10日閲覧。
  14. ^ a b "국방부 말 듣지 말라고 장례식 쫓아다닐 것"” (朝鮮語). www.pressian.com (2016年1月16日). 2021年5月10日閲覧。