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[[ファイル:Hydrogen Bond Quadruple AngewChemIntEd 1998 v37 p75.jpg|thumb|300px|自己組織化二量体複合体における'''分子間'''水素結合の例<ref>{{cite journal|author=Felix H. Beijer, Huub Kooijman, Anthony L. Spek, Rint P. Sijbesma, E. W. Meijer| journal=[[Angew. Chem. Int. Ed.]] |title= Self-Complementarity Achieved through Quadruple Hydrogen Bonding| year= 1998 | volume=37 |pages= 75–78| doi=10.1002/(SICI)1521-3773(19980202)37:1/2<75::AID-ANIE75>3.0.CO;2-R}}</ref>。点線が水素結合を示す。]]
<div style="text-algin: right">
[[ファイル:WatermoleculeAcac.png|thumb|230px300px|[[アセチルアセトン]]において[[エノール]][[互変異性体]]を安定化させる'''分子内'''水素結合極性]]
[[ファイル:Wasserstoffbrückenbindungen-Wasser.svg|thumb|230px|水中における水素結合ネットワークの模式図。赤は[[酸素原子]]、青が[[水素原子]]、赤線が[[共有結合]]、黒線が[[水素結合]]を示す]]
</div>
'''水素結合'''(すいそけつごう、hydrogen bond)は、[[窒素]]、[[酸素]]、[[硫黄]]、[[ハロゲン]]などの[[電気陰性度]]が大きな原子(陰性原子)に[[共有結合]]で結びついた[[水素]]原子が、近傍に位置した他の原子の[[孤立電子対]]とつくる非共有結合性の引力的相互作用である。[[分子間力]]のひとつ。
 
'''水素結合'''(すいそけつごう、{{lang-en-short|hydrogen bond}})は、[[電気陰性度]]が大きな[[原子]](陰性原子)に[[共有結合]]で結びついた[[水素]]原子が、近傍に位置した[[窒素]]、[[酸素]]、[[硫黄]]、[[フッ素]]、π電子系などの[[孤立電子対]]とつくる非共有結合性の引力的相互作用である。水素結合には、異なる分子の間に働くもの([[分子間力]])と単一の分子の異なる部位の間(分子内)に働くものがある<ref>{{GoldBookRef | file = H02899 | title = hydrogen bond}}</ref>。
水素結合はもっぱら、陰性原子上で電気的に弱い陽性 (δ+) を帯びた水素が(右上図:水分子の例)周囲の電気的に陰性な原子との間に引き起こす静電的な力として説明されることが多い。つまり、[[分子間力#双極子相互作用|双極子相互作用]]のうち、特別強いもの、として考えることもできる。
 
水素結合はもっぱら、陰性原子上で[[電気]]的に弱い陽性 (δ+) を帯びた水素が(右上図:[[水]]分子の例)周囲の電気的に陰性な原子との間に引き起こす静電的な力として説明されることが多い。つまり、[[分子間力#双極子相互作用|双極子相互作用]]のうち、特別強いもの、として考えることもできる。ただし水素結合はイオン結合のような無指向性の相互作用ではなく、水素・非共有電子対の相対配置にも依存する相互作用であるため、水素イオン(プロトン)の「キャッチボール」と表現されることもある。
 
典型的な水素結合 (5 〜 30 [[ジュール|kJ]]/[[モル|mole]]) [[ファンデルワールス力]]より10倍程度強いが、[[共有結合]]や[[イオン結合]]よりはるかに弱い。水素結合は水などの[[無機物]]においても、[[デオキシリボ核酸|DNA]]などの[[有機物]]においても働く。水素結合は[[水]]の性質、たとえば[[相変化]]などの熱的性質、あるいは水と他の物質との親和性などにおいて重要な役割を担っている。
 
2011年に、[[国際純正・応用化学連合]] (IUPAC) によって作られたタスクグループは、以下のような水素結合の現代的な定義を提案している。
{{Cquote|水素結合とは、結合が形成されていることが証明されている、XがHよりも電気陰性度が高い分子または分子断片X–H中の水素原子と、同じまたは異なる分子中の原子または原子のグループとの間の引力的相互作用である。<br />
The hydrogen bond is an attractive interaction between a hydrogen atom from a molecule or a molecular fragment X–H in which X is more electronegative than H, and an atom or a group of atoms in the same or a different molecule, in which there is evidence of bond formation.|E. Arunan ''et al.''|4=IUPAC Technical Report<ref>{{cite web|author=E. Arunan, G. R. Desiraju, R. A. Klein, J. Sadlej, S. Scheiner, I. Alkorta, D. C. Clary, R. H. Crabtree, J. J. Dannenberg, P. Hobza, H. G. Kjaergaard, A. C. Legon, B. Mennucci and D. J. Nesbitt|url=http://media.iupac.org/reports/provisional/abstract11/arunan_tr.pdf|title=Definition of the Hydrogen Bond|journal=IUPAC Technical Report|accessdate=2011-03-13}}</ref><ref>{{cite web | title = Definition of the hydrogen bond | author = IUPAC Physical and Biophysical Chemistry Division|work=Provisional Recommendations | url = http://media.iupac.org/reports/provisional/abstract11/arunan_310311.html|date=2011-11-10|accessdate=2011-03-13}}</ref>
}}
 
== 効果と役割 ==
[[ファイル:Watermolecule.png|thumb|230px|水分子の極性]]
水が同族の他の16族元素の水素化物([[硫化水素|H<sub>2</sub>S]]など)より比較的高い[[沸点]]を示すのは、水素結合によって分子間の引力が非常に強くなるためである。また、[[水]]が[[氷]]に変化する際に体積が増大するのは、水分子の三角構造が水素結合で蜂の巣状になり、そこに空洞が多く生まれるためである。
[[ファイル:Wasserstoffbrückenbindungen-Wasser.svg|thumb|230px|水中における水素結合ネットワークの模式図。赤は[[酸素原子]]、青が[[水素原子]]、赤線が[[共有結合]]、黒線が[[水素結合]]を示す]]
水が同族の他の[[第16族元素]]の[[水素化物]]([[硫化水素|H<sub>2</sub>S]]〔沸点: −60.7 ℃〕など)より比較的高い[[沸点]](100 ºC)を示すのは、水素結合によって分子間の引力が非常に強くなるためである。また、[[水]]が[[氷]]に変化する際に体積が増大するのは、水分子の三角構造が水素結合で蜂の巣状になり、そこに空洞が多く生まれるためである。
 
生体高分子において水素結合は、[[タンパク質]]が[[二次構造]]以上の[[蛋白質#構造|高次構造]]を形成する際や、[[核酸]]の中で[[核酸#核酸塩基|核酸塩基]]同士が相補的に結びつき[[二重らせん構造]]が形成する際に必要な、重要な駆動力となっている。
 
近年では炭素上の水素が陰性原子と作る相互作用(CH-O, CH-N 相互作用)や、芳香環と水素との相互作用(CH-π 相互作用)も弱い水素結合として認識されるようになってきた<ref>{{cite book|author=Desiraju, G. R.; Steiner, T. (|year=1999). "|title=The Weak Hydrogen Bond: in Structural Chemistry and Biology|publisher= Oxford Univ." Press|location=Oxford|isbn=978-0198502524|series=ICUr Sciencemonographs Publications.on crystallography 9}}</ref>。
 
== 参考文献 結合==
相対的に電気陰性度が高い原子と共有結合を形成している水素原子は、水素結合ドナー (donor) である<ref>{{cite book | last = Campbell | first = Neil A. | authorlink = | coauthors = Brad Williamson; Robin J. Heyden | title = Biology: Exploring Life | publisher = Pearson Prentice Hall | year = 2006 | location = Boston, Massachusetts | pages = | url = http://www.phschool.com/el_marketing.html | doi = | id = | isbn = 0-13-250882-6 }}</ref>。この場合の陰性原子はフッ素、酸素、窒素などである。フッ素、酸素、窒素などの陰性原子は、水素原子と共有結合しているかいないかにかかわらず、水素結合アクセプター (acceptor) となる。水素結合ドナーの一つの例は、酸素原子と共有結合した水素原子を有する[[エタノール]]である。共有結合した水素原子を持たない水素結合アクセプターの一つの例は、[[ジエチルエーテル]]の酸素原子である。
<div class="references-small"><references /></div>
[[ファイル:WikipediaHDonorAcceptor.png|thumb|300px|水素結合ドナー (hydrogen bond donor) とアクセプター (acceptor) の例。下部の化合物は抗うつ薬の[[フルオキセチン]] (prozac)。]]
[[ファイル:Carboxylic acid dimers.png|thumb|200px|[[カルボン酸]]は気相においてしばしば二量体を形成する。点線は水素結合を示す。]]
炭素原子に結合した水素原子も、[[クロロホルム]] (CHCl<sub>3</sub>) のように、炭素原子が陰性原子と結合している場合は、水素結合に関与することができる。陰性原子によって、水素原子核の周りの[[電子雲]]が分散・引き付けられ、水素原子は部分正電荷を帯びる。水素原子は他の原子や分子と比較して小さいため、生じた電荷や、部分電荷だけでも大きな電荷密度を示す。この強い正電荷密度が、水素結合アクセプターとなるヘテロ原子中の非共有電子対と引き付け、水素結合が形成される。
 
水素結合はしばしば、静電的な双極子-双極子相互作用として説明される。しかしながら、水素結合は指向性を持ち強力であり、ファ・デル・ワールス半径より短い原子間距離を示し、原子価の一種と解釈される限られた数の相互作用しか大抵形成しないなど、共有結合的な性質も持っている。このれらの共有結合様の性質はアクセプターがより電気陰性なドナー中の水素原子と結合する時により顕著である。
 
水素結合の部分的な共有結合性は以下のような疑問を定期する: どちらの分子あるいは原子に水素原子核は属しているのだろうか? どちらがドナーでどちらがアクセプターなのだろうか? 通常は、これらは、単純に X&mdash;H<sup>...</sup>Y 系の原子間距離に基づいて決定される。X&mdash;Hの距離は、通常 〜110&nbsp;pmであるが、H<sup>...</sup>Yの距離は 〜160から200&nbsp;pmである。水素結合を示す液体は会合液体 (associated liquids) と呼ばれる。
 
水素結合の強さは、とても弱いもの (1-2 kJ mol<sup>&minus;1</sup>) から、[[ビフルオリド|HF<sup>2−</sup>]]<ref>{{cite journal | author = Emsley, J. | title = Very Strong Hydrogen Bonds | journal =Chem. Soc. Rev. | year = 1980 | volume = 9 | pages = 91–124 | doi = 10.1039/cs9800900091}}</ref>のように非常に強いもの (>155 kJ mol<sup>&minus;1</sup>) まで、様々である。
気相における典型的な[[エンタルピー]]は、
* F&mdash;H<sup>...</sup>:F (155 kJ/mol あるいは 40 kcal/mol)
* O&mdash;H<sup>...</sup>:N (29 kJ/mol あるいは 6.9 kcal/mol)
* O&mdash;H<sup>...</sup>:O (21 kJ/mol あるいは 5.0 kcal/mol)
* N&mdash;H<sup>...</sup>:N (13 kJ/mol あるいは 3.1 kcal/mol)
* N&mdash;H<sup>...</sup>:O (8 kJ/mol あるいは 1.9 kcal/mol)
* HO&mdash;H<sup>...</sup>:OH<sup>3+</sup> (18 kJ/mol<ref>{{cite journal | title = Structure and energetics of the hydronium hydration shells | author = Omer Markovitch and Noam Agmon | journal = J. Phys. Chem. A | year = 2007 | volume = 111 | issue = 12 | pages = 2253–2256 | doi = 10.1021/jp068960g | pmid = 17388314}}</ref> あるいは 4.3 kcal/mol)
である。
 
水素結合の長さは、結合の強さ、温度、圧力に依存している。結合の強さ自身は、温度、圧力、結合角度、局所的な誘電率などの環境に依存している。典型的な水における水素結合の長さは197&nbsp;pmである。理想的な結合角度は水素結合ドナーの性質に依存している。以下のフッ化水素酸ドナーと様々なアクセプターとの水素結合角度は実験的に決定されたものである<ref>{{cite journal|author=A. C. Legon;D. J. Millen.|journal=Chem. Soc. Rev.|year=1987|volume=16|pages=467-498|doi=10.1039/CS9871600467}}</ref>。
{|class="wikitable" style="text-align:left"
|-
|アクセプター···ドナー||[[原子価殻電子対反発則]] (VSEPR)||角度 (°)
|-
|HCN···HF||[[直線形]]||style="text-align:right"|180
|-
|H<sub>2</sub>CO ··· HF||[[平面三角形]]||style="text-align:right"|110
|-
|H<sub>2</sub>O ··· HF||[[四角錐形]]||style="text-align:right"|46
|-
|H<sub>2</sub>S ··· HF||四角錐形||style="text-align:right"|89
|-
|SO<sub>2</sub> ··· HF||三角錐形 ||style="text-align:right"|145
|-
|}
 
== 歴史 ==
[[ライナス・ポーリング]]は著作 ''The Nature of the Chemical Bond'' の中で、1912年に水素結合について初めて述べた人物としてT. S. MooreとT. F. Winmillを挙げている<ref>{{cite journal|title=CLXXVII.—The state of amines in aqueous solution|author=Tom Sidney Moore and Thomas Field Winmill|journal=J. Chem. Soc., Trans.|year= 1912|volume= 101|pages= 1635|doi= 10.1039/CT9120101635}}</ref>。MooreとWinmillは水素結合を、[[水酸化トリメチルアンモニウム]]が[[水酸化テトラメチルアンモニウム]]よりも弱い[[塩基]]であることを説明するために使用した。よりよく知られた状態である水における水素結合に関しては、少し遅れて1920年にウェンデル・ラティマーとウォース・ローデブッシュによって言及されている<ref name="latimer">{{cite journal|title=Polarity and ionization from the standpoint of the lewis theory of valence|author=Wendell M. Latimer, Worth H. Rodebush|journal=[[J. Am. Chem. Soc.]]|year= 1920|volume= 42 |issue=7|pages= 1419–1433| doi= 10.1021/ja01452a015}}</ref>。この論文において、ラティマーとローデブッシュは、彼らの研究室の研究員である[[モーリス・ハギンズ]]の未発表の成果を引用して、「未発表のいくつかの研究において本研究室のハギンズ氏は、ある有機化合物に関する理論として、2つの原子間の水素[[カーネル]]のアイデアを用いている。 "Mr. Huggins of this laboratory in some work as yet unpublished, has used the idea of a hydrogen kernel held between two atoms as a theory in regard to certain organic compounds."」と述べている<ref name="latimer"/>。
 
==水における水素結合==
[[ファイル:Hex ice.GIF|thumb|left|六方晶系氷の結晶構造。灰色の点線が水素結合を示す。]]
[[ファイル:3D model hydrogen bonds in water.jpg|right|thumb|250px| 水分子間の水素結合のモデル。]]
最も普遍的に、そしておそらく最も単純な水素結合の例は、水分子と水分子の間に見られる。個々の水分子には、2個の水素原子と1個の酸素原子が存在する。2つの分子しか存在しない最も単純な場合において、水2分子は1個の水素結合を形成できる。このような場合は、水二量体 ([[:en:water dimer|water dimer]]) と呼ばれ、しばしばモデルシステムとして用いられる。液体の水の場合のように、より多くの分子が存在する時は、水1分子の酸素原子は2つの非共有電子対を持ち、それぞれの非共有電子対が別の水分子の水素原子と1つの水素結合を形成できるため、より多くの水素結合を形成することが可能である。これが繰り返されることによって、図に示されているように、一つの水分子は4つまでの他分子と水素結合を形成できる。水素結合は氷の結晶構造に多大な影響を与えており、[[六方格子]]の構築に寄与している。氷の密度は同じ温度において水よりも小さく、故に、他のほとんどの物質とは異なり、水の固相状態は液体に浮く。
 
液体の水の高い沸点は、低い分子量に比べて、それぞれの分子が多くの水素結合を形成できることが原因である。この水素結合ネットワークを壊すことが困難なため、水は他の水素結合を形成しない同様の液体と比較して、非常に高い沸点や[[融点]]、[[粘度]]を示す。水は、その酸素原子が2つの非共有電子対と2つの水素原子を持っているため、1つの水分子で4つまでの水素結合を形成できる点で特徴的である。例えば、フッ化水素は、フッ素原子が3つの非共有電子対と1つの水素原子を持っているが、水素結合を2つしか形成できない([[アンモニア]]では、3つの水素原子を持っているが1つの非共有電子対しかないという逆の問題がある)。
{{Indent|H-F<sup>...</sup>H-F<sup>...</sup>H-F}}
液体状態の水1分子が形成できる水素結合の厳密な数は、時間によって変動し、温度に依存する。TIP4Pモデルを用いた25 ºCにおけるシミュレーションでは、それぞれの水分子は平均して3.59個の水素結合に関与していると予測されている<ref name="jorgensen">{{cite journal|author= W. L. Jorgensen and J. D. Madura| title=Temperature and size dependence for Monte Carlo simulations of TIP4P water| journal=[[Mol. Phys.]]|year=1985| volume=56 |issue=6 |pages=1381 |doi=10.1080/00268978500103111}}</ref>。100 ºCでは、この数は分子運動の増大と密度の低下によって3.24個に減少するが、0 ºCでは水素結合の平均数は3.69個に増加する<ref name="jorgensen"/>。より最近の研究では、25 ºCにおける水素結合の数は2.357個とかなり少なく見積もられている<ref>{{cite journal|author=Jan Zielkiewicz|title= Structural properties of water: Comparison of the SPC, SPCE, TIP4P, and TIP5P models of water| journal=J. Chem. Phys.|volume= 123|pages=104501|year=2005| doi=10.1063/1.2018637|pmid=16178604|issue=10}}</ref>。この違いは、水素結合の定義と計測に異なる手法を用いているためではないかと考えられる。
 
水素結合の強さがより同等の時は、2つの相互作用してる水分子の原子は、2つの異なる電荷を持つ[[多原子イオン]] ([[:en:polyatomic ion|polyatomic ion]]) ([[水酸化物]]イオン OH<sup>&minus;</sup>と[[ヒドロニウム]]イオン H<sub>3</sub>O<sup>+</sup> [[:en:Hydronium|Hydronium]])に別れる。
{{Indent|H-O<sup>−</sup> H<sub>3</sub>O<sup>+</sup>}}
実際に、[[標準状態]]における純粋な水では、このようなイオンの形成はほとんど起こらず、この状態における水の[[解離定数]] ([[:en:Dissociation constant|Dissociation constant]]) に従うと、5.5 × 10<sup>8</sup>分子中で1分子のみである。これが水の特異性の最も重要な部分である。
 
==水における二股状および過剰配位水素結合==
単一の水素原子は1つではなく2つの水素結合に関与することができる。このようなタイプの水素結合は、二股状 (bifurcated) あるいは三中心型と呼ばれる。例えば、これらは天然あるいは合成有機分子の複合体中に存在している<ref>{{cite journal|journal=Can. J. Chem.|volume= 62|issue=3|pages=526–530|year= 1984|doi=10.1139/v84-087|title=Hétérocycles à fonction quinone. V. Réaction anormale de la butanedione avec la diamino-1,2 anthraquinone; structure cristalline de la naphto [2,3-f] quinoxalinedione-7,12 obtenue|author=Michel Baron, Sylviane Giorgi-Renault, Jean Renault, Patrick Mailliet, Daniel Carré et Jean Etienne}}</ref>。二股状水素結合は、水の再配向に必須の段階であることが示唆されている<ref>{{cite journal | title = A Molecular Jump Mechanism for Water Reorientation | author = Damien Laage and James T. Hynes | journal = [[Science (journal)|Science]] | year = 2006 | volume = 311 | pages = 832 | doi = 10.1126/science.1122154 | pmid = 16439623 | issue = 5762}}</ref>。アクセプター型の水素結合(酸素原子の非共有電子対で終了する)は、ドナー型(同じ酸素原子と結合した水素原子で始まる)よりも二股状水素結合を形成しやすい(過剰配位酸素、over coordinated oxygen, OCO)<ref>{{cite journal | title = The Distribution of Acceptor and Donor Hydrogen-Bonds in Bulk Liquid Water | author = Omer Markovitch & Noam Agmon | journal = Molecular Physics | year = 2008 | volume = 106 | pages = 485 | isbn = 8970701877921 | doi = 10.1080/00268970701877921}}</ref>。
 
==DNAおよびタンパク質における水素結合==
[[ファイル:GC DNA base pair.svg|thumb|DNAにおける2つの[[塩基対]]の内の1つである[[グアニン]]と[[シトシン]]間の水素結合。]]
水素結合は、タンパク質や核酸がとる三次元構造を決定にも重要な役割を果たしている。[[高分子]]は、同一の高分子中の異なる部分間の水素結合によって、高分子の生理学的あるいは生化学的役割を決定しているある特異的な形状へと折り畳まれる。例えば、DNAの二重螺旋構造は、一方の相補鎖ともう一方の鎖との間の塩基対の水素結合に大部分よっており、[[DNA複製|DNAの複製]]を可能にしている。
 
タンパク質の[[二次構造]]では、[[主鎖]]の酸素原子と[[アミド結合]]の水素原子との間で水素結合が形成される。水素結合に関与しているアミノ酸残基の間隔が''i'' と ''i''&nbsp;+&nbsp;4の時は、[[αヘリックス]]が形成される。間隔が''i'' と ''i''&nbsp;+&nbsp;3のようにより短い時は、[[310ヘリックス|3<sub>10</sub>ヘリックス]]が形成される。2つのペプチド鎖が水素結合によって会合する時は、[[βシート]]が形成される。水素結合は、Rグループの相互作用を通じて、タンパク質の四次構造の形成にも部分的に寄与している([[フォールディング]]を参照)。
 
==ポリマーにおける水素結合==
[[ファイル:Kevlar chemical structure.png|thumb|400px|パラ-アラミド構造]]
[[ファイル:Cellulose strand.jpg|thumb|right|260px| セルロース鎖(I<sub>&alpha;</sub>コンホメーション)。セルロース分子間の点線は水素結合を示す。]]
多くの[[ポリマー]]は、主鎖における水素結合によって強化されている。合成ポリマーの中では、最もよく知られた例は[[ナイロン]]である。ナイロンでは、反復単位 ([[:en:repeat unit|repeat unit]]) の中で水素結合が存在し、物質の結晶化において主要な役割を果たしている。アミド反復単位中のカルボニル基とアミの基の間で水素結合が形成される。これらは効果的に隣接した鎖を結び付け結晶を作り、物質の強化を助ける。この効果は、水素結合が直鎖を横方向に安定化している[[アラミド]][[繊維]]で最大である。鎖軸は、繊維軸に沿って整列し、繊維を極めて硬くかつ強くしている。水素結合はセルロースや、天然において様々な形で存在している木材や綿、[[アマ (植物)|亜麻]]などの天然繊維等のセルロース派生物の構造においても重要である。
 
水素結合ネットワークは、天然および合成ポリマーを共に大気中の[[湿度]]のレベルに敏感にしている。これは、水分子が表面から拡散し、水素結合ネットワークを壊すためである。ナイロンはアラミドよりも感受性が高く、ナイロン6 ([[:en:nylon 6|nylon 6]]) はナイロン11よりも感受性が高い。
 
==対称性を持つ水素結合==
{{main|:en:Symmetric hydrogen bond}}
対称性を持つ水素結合は、プロトンが2つの同一の原子間のちょうど半分に位置している特別な水素結合のタイプである。それぞれの原子間の水素結合の強さは等しい。これは[[三中心四電子結合]]の一つの例である。このタイプの水素結合は「普通」の水素結合よりも強い。有効[[結合次数]]は0.5であり、共有結合に匹敵する強さがある。このタイプの水素結合は高圧下での氷 (Ice X) や、その他にも高圧下におけるフッ化水素酸や[[蟻酸]]などの無水の酸の固相状態において見られる。また、ビフルオリドイオン [F-H-F]<sup>−</sup>でも見られる。対称性を持つ水素結合は、最近、高圧下 (> G[[パスカル (単位)|Pa]]) のギ酸において分光学的に観測されている。それぞれの水素原子は、1つではなく2つの原子と部分共有結合を形成している。
 
低障壁水素結合 ([[:en:Low-barrier hydrogen bond|Low-barrier hydrogen bond]], LBHB) は2つのヘテロ原子間の距離が非常に小さい時に形成される。
 
==二水素結合==
水素結合は、よく似た[[二水素結合]]と比較される。二水素結合もまた、水素原子が関与した分子間相互作用である。これらの構造は、X線結晶学によって明らかにされている<ref name="crabtree">{{cite journal|title=A New Intermolecular Interaction: UnconventionalHydrogen Bonds with Element−Hydride Bonds as ProtonAcceptor|author=R. H. Crabtree, Per E. M. Siegbahn, Odile Eisenstein, Arnold L. Rheingold, Thomas F. Koetzle|journal=Acc. Chem. Res.|year= 1996|volume= 29 |issue=7| pages=348–354|doi= 10.1021/ar950150s}}</ref>。しかしながら、二水素結合と通常の水素結合、イオン結合、共有結合との関係の理解については不明なままである。一般的に、水素結合は、非金属元素(窒素原子や[[カルコゲン]]類元素など)中の非共有電子対によるプロトンアクセプターによって特徴付けられる。ある場合においては、π結合や金属錯体がこれらのプロトンアクセプターになりうる。二水素結合では、しかしながら、金属ヒドリドがプロトンアクセプターとして働くことによって、水素-水素相互作用が形成される。これらの複合体での分子構造は、結合長が金属錯体/水素ドナー系に非常に適応性があるという点において、水素結合と似ていることが、[[中性子回折法]]によって明らかにされている<ref name="crabtree"/>。
 
==水素結合に関する先進的な理論==
1999年に、Issacらは、通常の氷の[[コンプトン効果|コンプトンプロファイル]]における[[等方的と異方的|異方性]] ([[:en:anisotropy|anisotropy]]) の解釈から、水素結合は部分的に共有結合性があると証明した<ref>{{cite journal|title=Covalency of the Hydrogen Bond in Ice: A Direct X-Ray Measurement|author=E. D. Isaacs, A. Shukla, P. M. Platzman, D. R. Hamann, B. Barbiellini, and C. A. Tulk|journal=Phys. Rev. Lett.|volume=82|pages= 600-603|year=1999|doi=10.1103/PhysRevLett.82.600}}</ref>。タンパク質における水素結合のいくつかの[[核磁気共鳴|NMR]]データも共有結合性を示している。
 
最も一般的には、水素結合は2つあるいはそれ以上の分子間結合の[[距離函数|距離]]依存的静電[[スカラー場]]として記述される。これは、共有結合やイオン結合における分子間[[束縛状態]]とは若干異なっている。しかしながら、相互作用エネルギーが合計すると負の値を取るため、水素結合は通常束縛状態の現象である。ライナス・ポーリングによって提唱された初期の水素結合理論はでは、水素結合が部分的に共有結合性を持っていることが示唆されている。これは、1990年代後半にF. CordierによってNMR法が適用され、水素結合した原子核の間で情報が転送されることが示されるまで論争の的であった。この情報の移動は水素結合が共有結合性を含んでいる時にしか起きない。水における水素結合について多くの実験データが分子間距離のスケールや分子[[熱力学]]についてよい解答を与えたが、動的システムにおける水素結合の[[気体分子運動論|分子運動]]や[[動力学]]の性質については未だ未解決のままである。
 
==水素結合による事象==
* [[アンモニア|NH<sub>3</sub>]]、[[水|H<sub>2</sub>O]]、[[弗化水素|HF]]の、それぞれ対応する重アナログ[[ホスフィン|PH<sub>3</sub>]]、[[硫化水素|H<sub>2</sub>S]]、[[塩化水素|HCl]]に比べて劇的に高い沸点。
* 無水[[リン酸]]および[[グリセロール]]の粘度
* カルボン酸の二量体形成と、フッ化水素の六量体形成。気相においても起こり、[[理想気体の状態方程式]]からのズレが生じる。
* 非極性溶媒中における水やアルコールの五量体形成
* アンモニアなど多くの化合物の水への高い溶解性
* フッ化水素と水の混合物の負の[[共沸]]
* [[水酸化ナトリウム|NaOH]]の[[吸湿性|潮解]]は、OH<sup>−</sup>と湿気との反応による水素結合性H<sub>3</sub>O<sup>2−</sup>の形成に部分的に起因している。同様のプロセスは、NaNH<sub>2</sub>とNH<sub>3</sub>間、[[フッ化ナトリウム|NaF]]とHFでも起こる。
* 水素結合によって安定化された結晶構造による氷の水より小さい密度
* 水素結合の存在は、ある特定の化合物の混合物において、[[物質の状態]]の通常の遷移に異常性を引き起こす。これらの化合物は、ある温度までは液体で存在し、次に温度が上昇しても固体となり、最後に温度が異常な中間段階を越えると再び液体となる<ref>{{cite web|url=http://physicsworld.com/cws/article/news/20325 |title=Law-breaking liquid defies the rules|work= physicsworld.com|author=|date=2004-09-24|accessdate=2011-03-13}}</ref>。
* スマートラバー ([[:en:smart rubber|smart rubber]]) は、水素結合をまさに結合させるために利用している。スマートラバーは、同一のポリマーの2つの表面の間でその場で水素結合が形成され、破れても「回復」する。
* ナイロンとセルロース繊維の強度
* ウールでは、タンパク質繊維が水素結合によって集合しており、延ばした時に戻る原因となる。しかしながら、高温で洗浄すると、この水素結合が永久に失われ、衣服の形が元に戻らなくなる。
 
== 脚注 ==
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==参考文献==
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* George A. Jeffrey. ''An Introduction to Hydrogen Bonding (Topics in Physical Chemistry)''. Oxford University Press, USA (March 13, 1997). ISBN 0-19-509549-9
* {{cite journal | title = A New Intermolecular Interaction: Unconventional Hydrogen Bonds with Element-Hydride Bonds as Proton Acceptor | author = [[Robert H. Crabtree]], Per E. M. Siegbahn, Odile Eisenstein, Arnold L. Rheingold, and Thomas F. Koetzle | journal = [[Acc. Chem. Res.]] | year = 1996 | volume = 29 | issue = 7 | pages = 348–354 | doi = 10.1021/ar950150s | pmid = 19904922}}
* {{cite journal | title = Polymerization of Formic Acid under High Pressure | author = Alexander F. Goncharov, M. Riad Manaa, Joseph M. Zaug, Richard H. Gee, Laurence E. Fried, and Wren B. Montgomery | journal = [[Phys. Rev. Lett.]] | year = 2005 | volume = 94 | issue = 6 | pages = 065505 | doi = 10.1103/PhysRevLett.94.065505 | pmid=15783746}}
* {{cite journal | author = F. Cordier, M. Rogowski, S. Grzesiek and A. Bax | title = Observation of through-hydrogen-bond (2h)J(HC') in a perdeuterated protein | journal = [[J Magn Reson.]] | year = 1999 | volume = 140 | pages = 510–2 | doi = 10.1006/jmre.1999.1899 | pmid = 10497060 | issue = 2}}
* {{cite journal | author = R. Parthasarathi, V. Subramanian, N. Sathyamurthy | title = Hydrogen Bonding Without Borders: An Atoms-In-Molecules Perspective | journal = [[J. Phys. Chem. A]] | year = 2006 | volume = 110 | pages = 3349–3351 | doi = 10.1021/jp060571z | pmid = 16526611 | issue = 10}}
* {{cite journal | author = Z. Liu, G. Wang, Z. Li, R. Wang | title = Geometrical Preferences of the Hydrogen Bonds on Protein−Ligand Binding Interface Derived from Statistical Surveys and Quantum Mechanics Calculations | journal = [[Journal of Chemical Theory and Computation|J. Chem. Theory Comput. (A)]] | year = 2008 | volume = 4 | issue = 11 | pages = 1959–1973 | doi = 10.1021/ct800267x}}
* {{cite journal | author = M. Goswami, E. Arunan | title = The Hydrogen bond: A Molecular Beam Microwave Spectroscopist's View with a Universal Appeal | journal = [[Phys. Chem. Chem. Phys.]] | year = 2009 | volume = 11 | pages = 8974–8982 | doi = 10.1039/b907708a}}
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== 関連項目 ==