「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の版間の差分
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[[ファイル:Villa_Savoye_11.jpg|thumb|構成資産の中でICOMOSから高く評価された[[サヴォア邸|サヴォワ邸]]]]
'''ル・コルビュジエの建築と都市計画''' (L'œuvre architecturale et urbaine de Le Corbusier) は、[[フランス]]の[[世界遺産#暫定リスト|世界遺産暫定リスト]]記載物件である<ref name = whc>[http://whc.unesco.org/en/tentativelists/1666/ 暫定リストに掲載されている概要]（2011年12月15日閲覧）</ref>。フランスを中心とする6か国に残る[[ル・コルビュジエ]]設計の建築群を対象としている。2009年の第33回[[世界遺産委員会]]で「[[世界遺産#世界遺産委員会の決議|情報照会]]」と決議された後、構成資産見直しの過程で「'''ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―'''」(L'oeuvre architecturale de Le Corbusier - Une contribution exceptionnelle au Mouvement Moderne - ) と改名されているが<ref>[http://www.city.taito.lg.jp/sekaiisan/seibi_3taiou.html 「情報照会」決議への対応 国立西洋美術館]</ref>、世界遺産センターのサイトでは旧称のまま掲載されている<ref name = whc />。
== ル・コルビュジエの建築 ==
:''「[[ル・コルビュジエ]]」も参照のこと。なお、以下の太字は後述の推薦資産に含まれていることを示す。''
[[ファイル:Le_Corbusier_1933.JPG|thumb|ル・コルビュジエ（1933年）]]
[[ル・コルビュジエ]]（[[1887年]] - [[1965年]]）は[[スイス]]の[[ラ・ショー＝ド＝フォン]]出身の建築家である。ラ・ショー＝ド＝フォンは時計製造業で有名な町であり<ref group = "注釈">ラ・ショー＝ド＝フォンは、奇しくもル・コルビュジエの建築物群が世界遺産委員会で最初に審議された2009年に、「[[ラ・ショー＝ド＝フォンとル・ロックル|ラ・ショー＝ド＝フォンとル・ロックル、時計製造業の都市計画]]」として世界遺産に登録された（cf. 佐滝 (2009) pp.68-69<!--この出典は、2009年の審議を「不思議な縁」として紹介しているもの-->）。</ref>、ル・コルビュジエも当初は時計製造業の道を志したが、弱視のため果たせなかったという<ref name = Kato_pxxxvi>加藤 (2008) p.xxxvi</ref>。生まれ故郷にはごく初期の建築であり、地元の建築様式からの脱却を目指した'''[[ジャンヌレ＝ペレ邸|ジャンヌレ邸]]'''が残る。
建築の道に進んだル・コルビュジエは[[第一次世界大戦]]に際し、再建のための安価な住宅を大量生産するアイデアとして「ドミノ」 (Dom-Ino) を考案した<ref name = Echigojima_p22>越後島 (2007) pp.22-24</ref>。これは遊戯の[[ドミノ]]との語呂合わせでもあるが<ref name = Kato_pxxxvi />、[[ラテン語]]のドムス (Domus, 家) と[[フランス語]]の[[イノベーション|イノヴァシオン]] (Inovation, 革新) に由来するル・コルビュジエの造語で、柱、[[床スラブ]]、階段のみを単位とする工法である<ref name = Kuresawa_p42>暮沢 (2009) pp.42-43</ref>。この工法は、[[鉄筋コンクリート]]のような新たな建築資材の出現によって可能になったもので、伝統的な西洋建築においては、屋根などを支える重要な役割として重厚な壁が必要だったことに対し、それを取り払った点に特色がある<ref name = Kuresawa_p42 /><ref name = Echigojima_p22 />。本来は、戦争で出た瓦礫などで壁を安く組み上げるために構想された様式だったが、壁を自由に決められることは、新しい建築の可能性につながるものだった<ref name = Echigojima_p22 />。現代に多く見られるガラス張りの高層建築も、この発想の延長線上に位置付けられる<ref name = Echigojima_p22 />。
1920年には安価な大量生産住宅として白い箱型住宅「シトロアン」(Citrohan) を提案した。名前は安価な自動車を大量生産した[[シトロエン]] (Citroën) にちなんでいる。このアイデアは1922年にドミノシステムと結びついて、凸型を横倒しにしたような、空中に突き出た部分を持つ改訂版シトロアン住宅につながった<ref>越後島 (2007) pp.27-30</ref>。さらに1926年には、白い箱型住宅を作るための[[ピロティ]]、水平連続窓などを含む5つの要点、いわゆる[[近代建築の五原則]]を定式化した<ref>越後島(2007) p.39, 加藤 (2008) p.xxxviii</ref>。その理念を体現した最高傑作とされるのが'''[[サヴォア邸|サヴォワ邸]]'''である<ref>暮沢 (2009) p.48</ref>。
1939年には「無限に成長する美術館」を構想する。これは真上から見たときに正方形になる美術館で、画廊が角ばった螺旋状に配置されている。収蔵品の増加は美術館に付き物だが、周囲にあらかじめ広大な敷地を確保しておき、画廊を外側に拡延してゆくことで、そうした問題に対処し続けられるようになっている。実際にはこの構想を完全に実現した美術館が建設されることはなかったが、[[チャンディーガル]]<ref group = "注釈">関連文献ではしばしば「チャンディガール」と表記されるが、ここでは『コンサイス外国地名事典』第3版（[[三省堂]]、1998年）などの表記に従う。</ref>の美術ギャラリー、[[アーメダバード]]のサンスカル・ケンドラ美術館、東京の'''[[国立西洋美術館]]'''（本館）は、いずれもその構想を土台に置いて建設されたものである<ref>山名 (2009) p.100</ref>。
[[第二次世界大戦]]後には、フランス復興省の依頼で、復興期の住宅問題に対する解決として'''[[マルセイユ]]の[[ユニテ・ダビタシオン]]'''を建設し、その後、[[ナント]]、[[ベルリン]]など複数の都市にもユニテ・ダビタシオンを建設した。
彼は無信仰を表明していたが<ref>越後島 (2007) p.200</ref>、晩年には依頼を受けて宗教建築も複数手がけた。その中でも、初期の幾何学的な造形とは大きく異なる趣きの'''[[ロンシャンの礼拝堂]]'''は、後期の最高傑作として高く評価されている<ref>越後島 (2007) pp.ii, 135-137</ref>。
== 経緯 ==
=== 暫定リストへの登録 ===
[[世界遺産]]には登録地域や資産に偏りがあると、かねてから指摘されていた。そこで[[世界遺産委員会]]は1994年にグローバル・ストラテジーを採択し、それ以降、偏りを是正するための手段の一つとして、[[文化的景観]]、[[産業遺産]]、[[モダニズム建築|20世紀の建築]]の登録を増やす傾向にある<ref>佐滝 (2009) pp.121-122</ref>。
その結果、「[[建築家ヴィクトル・オルタの主な都市邸宅群 (ブリュッセル)]]」（[[ヴィクトール・オルタ|ヴィクトル・オルタ]]、2000年登録）、「[[トゥーゲントハット邸|ブルノのトゥーゲントハット邸]]」（[[ミース・ファン・デル・ローエ]]、2001年登録）、「[[オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル]]」（[[オーギュスト・ペレ]]、2005年登録）など、近現代の巨匠の作品が世界遺産に登録されるようになり、専門家の間では、ル・コルビュジエの作品についても当然登録されるべきとの認識が形成された<ref name = yamana />。
21世紀に入るとル・コルビュジエの建築物が多く残るフランスで、これを世界遺産に登録しようとする機運が高まり、2004年には[[ル・コルビュジエ財団]]を中心とする世界遺産登録に向けた委員会も発足した<ref>暮沢 (2009) p.199</ref>。
フランスはル・コルビュジエの建築が残る該当国の政府に参加を打診した結果、 [[スイス]]、[[ベルギー]]、[[ドイツ]]、[[アルゼンチン]]、[[インド]]、[[日本]]の6か国が参加の意思を示した。そこで、各国に残る建築物を「アトリエ」(La résidence atelier)、「個人邸宅」(La maison individuelle)、「規格住宅」(L'habitat standardisé)、「集合住宅」(L'habitat collectif)、「宗教建築」(L'Architecture sacrée)、「標準大型建築」(Les grands programmes standards types)、「都市計画」(L'urbanisme)、「公共建築」という8つに分類し、それぞれに該当する建築物の中から、23件が選ばれた<ref>カテゴリーの原語は Fondation Le Corbusier (2009) pp.9-15、訳語は暮沢 (2009) pp.200-202 に従った。</ref>。
最初に世界遺産の暫定リストに登録されたのは2006年のことだが、その後、日本の[[国立西洋美術館]]の暫定リスト入り（2007年9月）など、資産の拡充と整理が行なわれた。ただし、推薦書正式提出直前にインドが辞退を表明したため<ref>{{pdf|[http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/sekaibunkaisan/10/pdf/shiryo_7.pdf 「ル・コルビュジエの建築と都市計画」の世界遺産推薦に係る推薦書（正式版）の提出及び共同推薦国の確定について（文化庁）]}}（2011年12月5日閲覧）</ref>、上記「公共建築」カテゴリーに唯一属していた[[チャンディーガル]]は除外され、「公共建築」カテゴリー自体が消えた<ref name = Kuresawa_p202>暮沢 (2009) p.202</ref>。インドの辞退理由については、国内の文化財保護法制に照らして、かなり新しい街並みであるチャンディーガルを保護対象とできなかったのではないかとも指摘されている<ref name = Kuresawa_p202 />。
=== 最初の推薦と審議結果 ===
2008年にフランス政府から[[国際連合教育科学文化機関|UNESCO]][[世界遺産センター]]へ推薦書が提出された。同年秋には[[国際記念物遺跡会議|ICOMOS]]の委員が各国の資産を視察したが、それを踏まえた検討の結果、「顕著な普遍的価値」の証明が不十分と判断され、翌年5月に「[[世界遺産#世界遺産委員会の決議|登録延期]]」が勧告された<ref>暮沢 (2009) p.203</ref>。ル・コルビュジエ財団の関係者は、この勧告の直後にも自信を見せ、個別に見た場合に世界遺産にふさわしくないものがあろうとも、連続性をもって推薦したことによって全体としてはその価値が認められるはずという見通しを示していた<ref>マガジンハウス (2009) p.24</ref>。
その年の第33回[[世界遺産委員会]]（[[セビリア|セビーリャ]]）では、ル・コルビュジエの作品を世界遺産に登録すること自体には異論が出なかったものの、シリアル・ノミネーション<ref group = "注釈">シリアル・ノミネーションは連続性があると見なされる資産をまとめて1件の世界遺産として推薦することである。[[姫路城]]や[[アミアン大聖堂]]のようにシリアルでない世界遺産の方が、現在ではむしろ少なくなっている（稲葉 (2010) p.37）。</ref>として国境どころか大陸をも越える事例は珍しく<ref group = "注釈">同じ年にはスペイン、スロベニア、メキシコがカミーノ・レアルに関して大陸をまたぐ推薦を行なったが、「情報照会」になった ({{pdf|[http://whc.unesco.org/archive/2009/whc09-33com-20e.pdf WHC-09/33.COM/20]}}, p.205)。翌年、メキシコの部分が[[エル・カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ]]として単独登録された。</ref>、その「連続性」をどう捉え、構成資産の総体にどのような「顕著な普遍的価値」を認めるかという点で議論になった<ref name= inaba>稲葉 (2010) p.37</ref><ref name = yamana>山名 (2010) pp.38-39</ref>。2009年の推薦は、実質的にル・コルビュジエの建築家としての人生を軸に「連続性」を構成していたが、世界遺産がそのような特定の芸術家の人生を顕彰する場としてふさわしいかどうかが問題となったのである<ref name = inaba />。
そして委員国の投票に持ち込まれた結果、見送りが決まり、最終的にICOMOSの勧告よりも一段階上の「[[世界遺産#世界遺産委員会の決議|情報照会]]」と決議された<ref>[http://www.city.taito.lg.jp/sekaiisan/seibi_2_33th.html 2009年第33回世界遺産委員会]（国立西洋美術館を世界遺産に - 台東区、2011年8月20日閲覧）</ref>。決議文では「顕著な普遍的価値」の証明をさらに充実させることや、関係国の共同管理体制を拡充させることが望ましい旨が盛り込まれた<ref name = sekaiisan_kankoku /><ref>{{pdf|[http://whc.unesco.org/archive/2009/whc09-33com-20e.pdf WHC-09/33.COM/20]}}, p. 202</ref>。
=== 再推薦と審議結果 ===
「情報照会」決議を踏まえて構成資産と推薦理由の見直しが行われ、構成資産が22件から19件に整理された。また、推薦資産で唯一「都市計画」に分類されていた[[フィルミニのル・コルビュジエ遺産|フィルミニの建築物群]]が個別の建築作品として再定義された。この結果、推薦名から「都市計画」が除かれて、「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」と改称されるとともに、カテゴリー別の分類も廃止された<ref name = sekaiisan_kankoku />。また、共同管理体制の拡充のために「ル・コルビュジエ建築資産自治体協議会」 (Association des sites LE CORBUSIER) が創設された（日本では[[東京都]]が正会員として、[[台東区]]が準会員として加盟）<ref name = sekaiisan_kankoku /><ref>[http://www.city.taito.lg.jp/sekaiisan/seibi_6kyougikai.html ル・コルビュジエ建築遺産自治体協議会 - 国立西洋美術館を世界遺産に（台東区）]</ref>。
通常、情報照会決議を受けた物件は、要求された追加情報を提出すれば再審議されるのだが、この物件の場合、[[モダニズム建築|近代建築運動]]を軸に推薦理由の練り直しなども行なったため、実質的な全面改稿となった<ref>西和彦 (2011) 「[http://www.bunka.go.jp/publish/bunkachou_geppou/2011_09/special/special_06.html 第35回世界遺産委員会の概要]」『文化庁月報』平成23年9月号</ref>。
この修正された推薦書は2011年2月1日に再提出されたが、同年5月のICOMOSによる勧告は前よりも厳しい「不登録」となった。推薦書では登録名自体を変更して「[[モダニズム建築|近代建築運動]]」との関わりを強調したが、ICOMOSの勧告では、むしろ「近代建築運動」がル・コルビュジエ一人に帰することが出来ない多様性を持っていたことなどから、19件が総体として顕著な普遍的価値を持つとは認められなかったのである<ref name = Kankoku_Betsuzoe />。なお、19件のうちフランスが保有する3件（[[サヴォア邸|サヴォワ邸]]、マルセイユの[[ユニテ・ダビタシオン]]、[[ロンシャンの礼拝堂]]）のみについては、顕著な普遍的価値を認めうるとされ、改めて個別に再推薦されるべきと勧告された<ref>{{pdf|[http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2011/pdf/sekaiisan_kankoku_110530_1.pdf 我が国の推薦資産に係る世界遺産委員会諮問機関による評価結果及び勧告について（第二報）]}}（文化庁プレスリリース、2011年5月28日発表）（2011年8月20日閲覧）</ref><ref name = Kankoku_Betsuzoe />。
同年6月の第35回[[世界遺産委員会]]（[[パリ]]）では、フランスは3資産に絞り込まず、従来の枠組みを維持する姿勢で臨んだ。世界遺産委員会では大陸の枠を超えるシリアル・ノミネーションについては肯定的な意見が出され、シリアル・ノミネーションのあり方そのものに議論を提起する推薦物件と見なされたことで、「不登録」が回避され、継続審議となった<ref name = EnkiKetsugi>{{pdf|[http://www.bunka.go.jp/ima/press_release/pdf/sekaiisan_shingi_110629_02.pdf 「ル・コルビュジエの建築作品－近代建築運動への顕著な貢献－」の第35回世界遺産委員会における審議結果について（第二報）]}}（文化庁プレスリリース、2011年6月29日）</ref>。これは「不登録」勧告よりも一段階上の決議だが、2年前の「情報照会」決議よりは一段階下がった<ref group = "注釈">世界遺産委員会の決定が、前回審議よりも後退することは珍しい。2008年の世界遺産委員会で、[[マジュリ島]]（インド）が再審議の結果、情報照会から登録延期になったときには、異例の事態として注目された（日本ユネスコ協会連盟 (2009) 『世界遺産年報2009』 [[日経ナショナルジオグラフィック社]]、 pp.38-39）。</ref>。
== 登録基準 ==
2009年の最初の推薦時には、推薦国はこの推薦資産が[[世界遺産#登録基準|世界遺産登録基準]]のうち、(1)、(2)、(6) に該当すると主張していた。
{{世界遺産基準|1||||||||||11}}
*:この基準は、ル・コルビュジエの創意がきわめて多方面にわたって発揮され、推薦物件が単なる形態や色彩などの独創性にとどまらず、20世紀における住宅問題や都市問題の解決策につながる先取性をも体現していることから、適用できるとされた<ref name = criteria2009>Fondation Le Corbusier (2009) p.6, 暮沢 (2009) pp.208-209</ref>。
{{世界遺産基準||2|||||||||11}}
*:この基準は、20世紀の建築と都市計画を刷新した「近代建築運動」(Mouvement moderne) に関連し、ル・コルビュジエの作品群がその誕生と発展の経緯を示していることから、適用できるとされた<ref name = criteria2009 />。
{{世界遺産基準||||||6|||||11}}
*:この基準は、20世紀の建築と都市計画に特徴的な近代建築運動、[[インターナショナル・スタイル]]といった運動や様式の進展に、ル・コルビュジエが大きく関わったことから適用できるとされた<ref name = criteria2009 />。
この推薦基準については、2度目の推薦でも変更はなかったが、「都市計画」が外れた分、説明文には若干の修正が見られる<ref name = sekaiisan_kankoku>{{pdf|[http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2011/pdf/sekaiisan_kankoku_110530_3.pdf 「ル・コルビュジエの建築作品－近代建築運動への顕著な貢献－」の世界遺産推薦について（文化庁）]}} </ref>。
=== 諮問機関による評価 ===
前述のように、ICOMOSは19資産が総体として世界遺産にふさわしいとは認めなかった。基準 (1) に該当するとされたのはサヴォワ邸とロンシャンの礼拝堂のみ、基準 (2) と (6) に該当するとされたのはサヴォワ邸とユニテ・ダビタシオンのみにとどまった<ref name = Kankoku_Betsuzoe>[http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2011/pdf/sekaiisan_kankoku_110530_2_ver02.pdf 別添・イコモスからの主な指摘の概略（文化庁）]（2011年12月5日閲覧）</ref>。
== 構成資産 ==
ル・コルビュジエ財団では、国名順に並べ、同一国内は建築年順に並べるという形式を採用しているので<ref>Fondation Le Corbusier (2011) pp.12-21</ref>、ここでもそれに準じる<ref group = "注釈">フランス語の国名の並びと日本語の五十音での並べ方は一致しないが、文化庁の資料ではフランス語による並べ方が踏襲されているので、ここでもそれに従う。</ref>。なお、フランス語綴りおよび併記された年代は、いずれもル・コルビュジエ財団に従ったものであり、日本語名は原則として[[文化庁]]が示したもの<ref name = sekaiisan_kankoku />に従っている。
=== ドイツ ===
ドイツ (Allemagne) から推薦されているのは1件のみである。
==== ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅 ====
[[ファイル:Weissenhof_Corbusier_Jeanneret_2.jpg|thumb|190px|ヴァイセンホフの1世帯用住宅]]
[[ファイル:Weissenhof_photo_house_Le_Corbusier_south_side_Stuttgart_Germany_2005-10-08.jpg|thumb|190px|ヴァイセンホフの2世帯住宅。画面右から見ると箱が浮いているような印象を受けるが、左側から見ると平板な壁面しか見えない。]]
[[ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅]] (Maisons de la Weissenhof-Siedlung, Stuttgart, 1927) は、ドイツの[[シュトゥットガルト]]で1927年に開催された[[ジードルンク|ジードルング]]の住宅展に出展された住居である。主催者の[[ドイツ工作連盟]]の責任者[[ミース・ファン・デル・ローエ]]の希望でル・コルビュジエが招聘され、それに応えて彼は1世帯用と2世帯用の2軒の住宅を建てた<ref name = Kato_p137>加藤 (2008) pp.137-141</ref>。
彼は前年に「近代建築の五原則」を打ち出しており、ヴァイセンホフの住宅群にはその要素を見出すことが出来る<ref name = Kato_p137 />。彼は空中に浮かんでいるかのような直方体をこの建物で本格的に実現させた。ただし、すぐ後に続くサヴォワ邸（1928年）と異なり、背面に回るとありふれた壁面しか見えなくなる。この点で、同じ「空中の直方体」でも、ほぼどの方向からもそれが強調されるサヴォワ邸とは趣きが異なっている<ref>越後島 (2007) pp.46-48</ref>。
建設当初、その空中の直方体などに対し、非現実的あるいはロマン的すぎるデザインであるとか、不自然な形態の強要であるといった批判が寄せられた<ref name = Kato_p137 /><ref name = Kuresawa_p223>暮沢 (2009) pp.223-224</ref>。また、出展された17人の作品のうち、単位面積あたりの建築費が最高額となった点も、想定する顧客の社会層の点で批判された<ref name = Kato_p137 />。
2009年の推薦時には「規格住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200>暮沢 (2009) pp.200-202</ref>。
=== アルゼンチン ===
アルゼンチン (Argentine) から推薦されているのは1件のみである。
==== クルチェット邸 ====
[[ファイル:Curutchet.jpg|thumb|180px|クルチェット邸外観]]
[[クルチェット邸]] (Maison du Docteur Curutchet, La Plata, 1949) は、[[アルゼンチン]]の[[ブエノスアイレス州|ブエノスアイレス]]州都[[ラ・プラタ]]に建てられた邸宅である。依頼者のペドロ・ドミンゴ・クルチェット (Pedro Domingo Curutchet) は外科医であり、邸宅は住居と診療所を兼ねている<ref name = Kato_p162>加藤 (2008) p.162</ref><ref name = Kuresawa_p219>暮沢 (2009) pp.219-220</ref>。
ル・コルビュジエの建築は世界各地に現存するが、[[南アメリカ大陸]]で実際に建てられた住宅は、このクルチェット邸が唯一である<ref name = Kuresawa_p219 />。アルゼンチンの建築家アマンシオ・ウィリアムス (Amancio Williams) がその建設に大きく寄与し、ウィリアムスの離脱後はサイモン・ウンガース (Simon Ungars) が協力した<ref name = Kato_p162 />。
住宅密集地の広いとはいえない敷地でアルゼンチンの暑い気候に対応させるため、ブリーズ・ソレイユ（日除け格子）<ref group = "注釈">ブリーズ・ソレイユとは、窓に格子状の出っ張りを付けて日陰をつくることで、室内に過度に日が差し込まないようにする工夫である。言い換えると、窓は格子枠の奥に引っ込んでいるように見える。</ref>に工夫を凝らし、陰が出来る中庭の周囲に建物をU字型に配置する地元特有のスタイル（ル・コルビュジエはこれを「ソーセージ」と呼んだ）を取り入れた4階建てにするなどの配慮が行なわれている<ref name = Kato_p162 /><ref name = Kuresawa_p219 />。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
=== ベルギー ===
ベルギー (Belgique) から推薦されているのはギエット邸の1件のみである。ベルギーでは[[ブリュッセル万国博覧会]]（1958年）に際してフィリップス館の設計を手がけたりもしたが、そちらは現存しない<ref>暮沢 (2009) p.16</ref>。
==== ギエット邸 ====
[[ギエット邸]] (Maison Guiette, Anvers, Région flamande, 1926) は、[[ベルギー]]の[[アントウェルペン]]で1926年から1927年にかけて、画家ルネ・ギエットの依頼で建てられた邸宅である。
せまい敷地の中で建造された3階建ての箱型住宅は、ヴァイセンホフの住宅とともに、シトロアン住宅の構想に比較的忠実に建てられた数少ない例と認識されている<ref name = Kato_p134>加藤 (2008) pp.134-136</ref>。[[近代建築の五原則]]の「自由な[[ファサード]]」の典型とも言われるファサードを持つが<ref name = Kuresawa_p211 />、その左右非対称の窓をはじめとするファサードの構成や色彩に関する特徴として、当時のオランダの芸術運動であり、幾何学的抽象芸術を志向する[[デ・ステイル]]の影響が指摘されている<ref name = Kato_p134 /><ref name = Kuresawa_p211>暮沢 (2009) pp.211-212</ref><ref>暮沢 (2009) pp.47-48</ref>。ことに色彩については、ル・コルビュジエは唯一の現地訪問の際に詳細に色番号の指定を行うという形で、強いこだわりを見せた<ref name = Kato_p134 />。
2009年の推薦時には「アトリエ」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
=== フランス ===
フランス (France) には各地にル・コルビュジエが関わった建造物群が残されているが、そのうち12件が推薦されている。2009年の推薦時には14件だったが、2011年の推薦を前に[[クック邸]]と[[救世軍難民院]]が除外された。
==== ラ･ロッシュ＝ジャンヌレ邸 ====
[[ラ･ロッシュ＝ジャンヌレ邸]] (Maisons La Roche et Jeanneret, Paris, 1923) は1923年から1925年に建てられたパリの2世帯住宅で、現在はル・コルビュジエ財団の本部が入っている。晩年のル・コルビュジエは、自分にとって重要だった邸宅として、この建物を挙げていた<ref name = Echigojima_p36 />。
依頼主は『[[レスプリ・ヌーヴォー]]』誌の支援者でもあった銀行家のラウル・ラ・ロッシュ (Raoul La Roche) と、ル・コルビュジエの実兄にあたる音楽家アルベール・ジャンヌレ (Albert Jeanneret) である<ref name = Kato_p22>加藤 (2008) pp.22-25</ref>。
ラ・ロッシュは終始ル・コルビュジエと良好な関係を保った顧客であり<ref name = Kato_p22 />、この建物もル・コルビュジエは自由に建設することが出来た<ref name = Echigojima_p36>越後島 (2007) p.36</ref>。ル・コルビュジエが近代建築の五原則を発表するのは1926年のことだが、この建物ではそれに先立って水平連続窓が実現している。この点は、ラ・ロッシュ＝ジャンヌレ邸の重要性として、しばしば指摘されている<ref name = Echigojima_p36 /><ref name = Kuresawa_p216>暮沢 (2009) pp.216-217</ref>。
内部では、シトロアン住宅を基調として、吹き抜けのあるホール、緩やかに湾曲した壁面やそれに付随するスロープなど、多彩な空間が展開している<ref name = Echigojima_p36/><ref name = Kuresawa_p216/>。ル・コルビュジエ自身は、こうした空間の多様性を「建築的プロムナード」と呼んでおり<ref name = Kuresawa_p216/><ref name = Kato_p22 />、建物の中を歩いて新しい表現の数々を鑑賞することに特色があるとしていた<ref name = Echigojima_p36/>。
その一方で、様々な要素を盛り込んだことで、かえって全体としての印象が、部分ごとの印象に比べて不鮮明になっているという指摘もある<ref>越後島 (2007) p.41</ref>。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== ペサックの集合住宅 ====
[[ペサックの集合住宅]] (Cité Frugès, Pessac, 1924) は、[[ボルドー]]近郊の[[ペサック]]に実現した集合住宅である。シテ・フリュジェ (Cité Frugès) やフリュジェ近代街区 (Quartiers Modernes Frugès) などとも呼ばれる<ref>暮沢 (2009) p.222, 加藤 (2008) p.93</ref>。
1924年に、製糖工場の経営者であり、ル・コルビュジエの『[[建築をめざして]]』に共感していたアンリ・フリュジェの要請で建設された。フリュジェは工場労働者向けの住宅を多く建てることを望み、ル・コルビュジエはその建設に当たってシトロアン住宅の理念などにも通底していた[[テイラー主義]]的様式を適用した<ref name = Kuresawa_p222>暮沢 (2009) pp.222-223</ref><ref name = Kato_p93>加藤 (2008) pp.93-96</ref>。
箱型住宅は、側面上部に突き出た階段がアクセントとなっている。それは幾何学的デザインに人の動きを暗示する要素を加えて外観の変化を生み出そうとする試みであり、ル・コルビュジエの初期の構想にしばしば見られるものである<ref>越後島 (2007) pp.78-79</ref>。ル・コルビュジエはスケッチなどに箱型住宅が並ぶ都市景観を描くことがあったが、ペサックの集合住宅はそれを実現させた稀有な例である<ref>越後島 (2007) pp.113-114</ref>。
もっとも、ペサックには当初135戸が建設される予定だったが、実際には46戸にとどまった<ref name = Kuresawa_p222 />。景観に対する保守的な考えを持つ人々の干渉があったことや<ref>マガジンハウス (2009) p.101</ref>、現地の業者を起用しないことによる摩擦などによって<ref name = Kuresawa_p222 />、水道がなかなか整備されないなどのトラブルがあったのである。また、ル・コルビュジエのこだわりによって建設費も大きく跳ね上がり、労働者住宅としては不適切な入居費になるなどして、実際に労働者が住む住宅街になるのには、賃料について配慮した[[ルシュール法]]（1929年）の成立を待つ必要があった<ref name = Kato_p93 />。
人が実際に住むようになると、住民たちによってボルドー一帯に特有の屋根などを付け加えようとする動きも多年にわたって続いたが、現在は当初の姿に復元されている<ref name = Kato_p93 />。
2009年の推薦時には「規格住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== サヴォワ邸 ====
[[ファイル:Villa-Savoye-piliers.JPG|thumb|サヴォワ邸のピロティ]]
[[サヴォア邸|サヴォワ邸]]<ref group = "注釈">文化庁の表記では「サヴォア邸」だが、越後島 (2007)、加藤 (2008)、暮沢 (2009) などの表記に従う。</ref> (Villa Savoye et loge du jardinier, Poissy, 1928) は、1928年から1931年にパリ郊外の[[ポワシー]]に建てられた邸宅で、行政官のサヴォワ夫妻が週末を過ごす別邸として依頼した<ref name = Kuresawa_p218 />。この邸宅はル・コルビュジエの近代建築の五原則が集約された傑作として、高く評価されている<ref name = Kuresawa_p48>暮沢 (2009) pp.48-51</ref><ref name = Kuresawa_p218>暮沢 (2009) pp. 218-219</ref>。
画像にもあるように、サヴォワ邸を支える柱は細く、あたかも白い直方体が空中に浮いているかのような印象を与える<ref name = Kuresawa_p48 />。その直方体の下にある相対的に小さな1階部分は、車庫や使用人室などに当てられている<ref name = Kuresawa_p48 />。
2階が主要な住居部分となっているが、そこは近代建築の五原則の一つである水平連続窓によって大きく開け放たれている。全面ガラス張りでなく、あくまでも窓とすることで、周囲の広大な草地との連続性を意識しつつ、そこから切り離された空中の直方体に囲まれているという感覚が得られるようになっている<ref name = Echigojima_p48>越後島 (2007) pp.48-53</ref>。3階部分は、これも近代建築の五原則の一つである屋上庭園が実現されている<ref name = Kuresawa_p48 />。この3階はスロープでつながれており、各階層ごとに全く異なる表情を楽しめるようになっている<ref name = Echigojima_p48 />。ル・コルビュジエ自身が示していた見学プランは、最も外観が優れた北側から眺め、1階から入った後、スロープを使って2階、3階（屋上庭園）と順に見て回り、屋上庭園から1階まで続いている螺旋階段で降りるというものだった<ref>マガジンハウス (2009) pp.30-31</ref>。
ただし、屋根や庇を持たない直方体というデザインは、雨に弱いという欠点を持ち、サヴォワ夫妻が使い始めて間もなく、雨漏りに悩まされるようになったという<ref>越後島 (2007) p.60</ref>。サヴォワ夫妻とル・コルビュジエの良好な関係は建築費が2倍に膨らんだ時点でも維持されていたが、雨漏りをはじめとする様々な不具合の顕在化によって、訴訟沙汰になりかけた<ref name = Kato_p48>加藤 (2008) pp.48-52</ref>。
第二次世界大戦中には[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス]]の干し草置き場に使われた。戦後に取り壊しが議論された時には、当時閣僚を務めていた[[アンドレ・マルロー]]が保存を強く主張したことで取り壊しが回避され、段階的な修復を経て現在に至っている<ref name = Kato_p48 /><ref name = Kuresawa_p218 />。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。前述のように2011年の推薦時には、19件の推薦資産の中で、提示されていた世界遺産登録基準 (1), (2), (6) 全てに当てはまりうる唯一の資産として、ICOMOSに認められた。
==== スイス学生会館 ====
[[スイス学生会館]] (Pavillon suisse à la Cité internationale, Paris, 1930) は、1930年から1933年にかけてパリの[[国際大学都市]]に建てられたスイス人学生向けの学生寮である。スイスの大学当局がこの学生寮をル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレに依頼した背景には、1927年の[[国際連盟]]本部建設に関するコンペで、不透明な過程を経てル・コルビュジエが落選となったことを埋め合わせる意図があったともいわれる<ref name = Kato_p15>加藤 (2008) pp.15-18</ref><ref name = Kuresawa_p228>暮沢 (2009) pp.228-229</ref>。
学生会館には南側に学生の個室がならぶ住居棟がある。それはピロティによって持ち上げられた透明な直方体という点ではサヴォワ邸と似ているが、その柱が太く重々しいものになっている点で異なっている<ref name = Echigojima_p84>越後島 (2007) pp.84-85</ref>。当初はサヴォワ邸のような細い柱が並ぶ予定だったが、設計が変更されて現在のようになった<ref name = Echigojima_p84 />。こうした柱の存在は、後年の[[ユニテ・ダビタシオン]]につながる萌芽的なものという指摘もある<ref name = Kuresawa_p228 />。
住居棟は大きなガラス窓が並び、「透明な箱」であることを示すが、サヴォワ邸との違いは個室の奥行きである。広大な敷地に1軒だけ建てたサヴォワ邸と違い、学生会館の個室は相対的に狭く、奥行きも浅い。結果として、広く開けた窓が眩しさに対する苦情につながり、窓ガラスやブラインドの改修が行われた<ref name = Kato_p15 /><ref>越後島 (2007) p.90</ref>。
もうひとつの特色が、会議室や食堂を含む共用部分1階にある石壁の存在である。その重厚さは大地にどっしりと根を下ろしたかのような印象を与え、住居棟が持つ空中に浮かぶ透明な箱という印象とは対照的である<ref name = Echigojima_p84 />。こうした異質な要素の併置の中に、サヴォワ邸で到達した要素と後年の[[ロンシャンの礼拝堂]]で具現化する要素の萌芽とが並存しているという見解もある<ref name = Echigojima_p84 />。
2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート ====
ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート<ref group = "注釈">文化庁の資料では「ナンジュセール・エ・コリ」となっているが、ここでは暮沢 (2009) の表記に従う。</ref> (Immeuble locatif à la Porte Molitor, Boulogne-Billancourt, 1931) は、1931年から1934年にかけてパリ近郊の[[ブローニュ＝ビヤンクール]]に建てられた集合住宅である。一番上の2階分にはル・コルビュジエのアトリエと住居があり、生涯を通じた住居となった<ref name = Kuresawa_p229 />。
外観はスイス学生会館などに類似するが<ref name = Kuresawa_p229>暮沢 (2009) pp.229-230</ref>、[[ブローニュの森]]に近いという立地から建物には地元の規制が多く加えられ、設計時点での構想に比べると、ファサードに示された創意は限定的になった<ref name = Kato_p27>加藤 (2008) pp.27-29</ref><ref name = Kuresawa_p229 />。また、屋上部分の[[メゾネット]]構想が、入居者不足などによる資金難から中止されるなど、法規制以外の要因による変更箇所も存在している<ref name = Kato_p27/><ref name = Kuresawa_p229 />。
内部については、入居者個人の住環境の向上のためにバス、キッチンなどに加え、[[セントラルヒーティング]]や地下ガレージを整備し、使用人の住環境にも配慮した<ref name = Kato_p27>加藤 (2008) pp.27-29</ref><ref name = Kuresawa_p229 />。
2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== ユニテ・ダビタシオン ====
[[マルセイユ]]の[[ユニテ・ダビタシオン]] (Unité d'habitation, Marseille, 1945) は、第二次世界大戦後の復興期に建てられた集合住宅である。
ユニテ・ダビタシオンの住居部分の基本構造は、3階分を1つの単位としてL字型と逆L字型を組み合わせ、その間に廊下を挟むものである。断面図を模式的に示すと以下のようになる<ref>模式図の作成に当たって、越後島 (2007) p.104 の断面図を参照した。</ref>。
{| class="wikitable" style="width:50%"
|- style="background-color:#ddf"
| style="width:10%" | a1
| style="width:30%" | A
| style="width:20%" | A
| style="width:30%" | A
| style="width:10%" rowspan="2" | a2
|-
| style="background-color:#fdd" rowspan="2"| b1
| style=" background-color:#fdd" | B
| C
| style="background-color:#ddf" | A
|- style="background-color:#fdd"
| B
| B
| B
| b2
|}
A, Bの部屋は東西いずれかに窓が開いており、1日のうち、一定時間は日照を確保できる<ref>越後島 (2007) pp.102-103</ref>。また、吹き抜けのある居間を持つ2階建ての部屋という点ではいずれも変わらないが、部屋Aは2階が広い構造なのに対し、部屋Bは1階が広くなっている。a1, b1 などはブリーズ・ソレイユ（日除け格子）で、吹き抜けのある階とそうでない階で高さが変わるようになっており、それ自体が格子の内側の鮮やかな原色とともに、外観にアクセントをもたらしている<ref>越後島 (2007) pp.107-108</ref>。
それらの部屋に挟まれているCが廊下で、3階分の構造につき1本の廊下が貫く形になっている。結果として15階建てのユニテには5本の廊下しか通っていない<ref>越後島 (2007) p.103</ref>。この廊下は採光を意識した明るい部屋とは対照的に、構造上、日が差し込むことは無い。そのため、建設当初は衛生関係者から精神病の原因になるなどの批判が寄せられた<ref>越後島 (2007) p.104</ref>。
内部では、『[[輝く都市]]』で構想されたような「垂直の都市」となることが志向され<ref>マガジンハウス (2009) p.40</ref>、約1600人が暮らす住居だけでなく、生活に必要な各種施設が整えられたことも特徴である<ref>越後島 (2007) p.106</ref><ref name = Kuresawa_p231 />。2009年時点でも、ホテルやスーパーマーケット、幼稚園、屋上プールなどが存在しており、ほかにスポーツジムもある<ref>マガジンハウス (2009) p.37</ref>。内部に関しては、ル・コルビュジエが提唱していた寸法「[[モデュロール]]」がもっとも厳格に適用された例という点も特徴的である<ref name = Echigojima_p111 />。
それらはピロティによって空中に持ち上げられているが、スイス学生会館の[[飯盒]]のような柱とは違い、逆三角形の重厚な柱が支えている。これは視覚的な効果から選ばれた形で、構造上はもっと細くても支えられるため、空洞の内部には各種の配管が通っている<ref>越後島 (2007) pp.109-110</ref>。
マルセイユのユニテは本来4棟建てられる予定だったが、実際には1棟しか建てられることはなかった。結果として、広大な緑地に4棟のユニテが点在してそびえるという彼のイメージは実現しなかったが、それでもその評価は高く、他の都市にもユニテ・ダビタシオンは建てられた。しかし、後続のユニテはいずれも簡略化された要素を含み<ref name = Echigojima_p111 />、マルセイユのユニテが最高傑作とされる<ref name = Kuresawa_p231>暮沢 (2009) pp.231-232</ref>。のみならず、ル・コルビュジエ作品全体の中でも、これを最高傑作と位置づける者たちが多くいる<ref name = Echigojima_p111>越後島 (2007) pp.111-112</ref>。
2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。2011年の推薦時には、前述の通り、ICOMOSから世界遺産基準 (2) と (6) について「顕著な普遍的価値」を認めうると指摘された。
==== サン・ディエ工場 ====
サン・ディエ工場 (Manufacture à Saint-Dié, Saint-Dié, 1946) は、1946年から1951年にかけて[[アルザス＝ロレーヌ]]地方の都市[[サン＝ディエ＝デ＝ヴォージュ|サン・ディエ]]に再建された[[メリヤス]]などの織物工場である。ユジーヌ・デュヴァル (Usine Duval, デュヴァル工場)、クロード & デュヴァル工場とも呼ばれる<ref name = Kato_p56 />。
ル・コルビュジエは戦後復興のための[[都市計画]]に参画することを期待し、複数の再建案を作成していたが、ひとつも実現されることはなかった。サン・ディエの再建計画もそのひとつで、ユニテ・ダビタシオンや無限成長美術館などを配置した包括的な都市計画を構想していた<ref>越後島 (2007) pp.101-102</ref>。
サン＝ディエのジャン・ジャック・デュヴァルは、実現しなかったル・コルビュジエの都市計画を支持していた人物であり、自身が持っていた工場が第二次世界大戦で破壊されたことから、その再建をル・コルビュジエに依頼した<ref name = Kato_p56>加藤 (2008) pp.56-58</ref>。
ル・コルビュジエはピロティのある1階部分を原料の保管庫および製品の荷造り場所とし、3階を原料の裁断場所、2階を主たる作業場とした。これによって、1階から3階に運び上げられた原料が裁断されて2階に下ろされ、そこで縫製、仕上げ、アイロン掛けなどが行われた後に、1階に下ろされて包装されるという手順で作業が進められるようになっている<ref name = Kato_p56 />。また、彼はその建設に当たって、船舶のイメージを取り入れ、そこからの隠喩を造形に投影させた<ref name = Kato_p56 />。
2009年の推薦時には「標準大型建築」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== ロンシャンの礼拝堂 ====
[[ファイル:Ronchamp 005.jpg|thumb|礼拝堂の外観]]
[[ファイル:Ronchamp 012.jpg|thumb|礼拝堂の内部]]
[[ロンシャンの礼拝堂]] (Chapelle Notre-Dame-du-Haut, Ronchamp, 1950) は、1950年から1955年に[[オート＝ソーヌ県]][[ロンシャン]]に建てられた[[礼拝堂]]で、「ノートルダム＝デュ＝オー礼拝堂」が正式名である。
ロンシャンの小高い丘は古来神聖な場所されていて、以前は教会が建てられていた。その教会が第二次世界大戦で破壊されたことから、聖職者アラン・クチュリエの依頼で、ル・コルビュジエが新しい礼拝堂を建てることになった<ref>越後島 (2007) pp.127, 131</ref>。
ル・コルビュジエが実現した礼拝堂は、カニの甲羅をモチーフにしたと自身が述べた<ref>マガジンハウス (2009) p.46</ref>屋根に見られるように、以前の「透明な箱」がらは隔たった造形をしている。しかし、それらには[[ミサ]]を行う場としての音響効果を考慮した凹んだ壁面や、高地で水の確保が重要であることから雨水を溜められるように中央が落ち込んでいる天井など、機能性を織り込んだ結果も含まれている<ref>越後島 (2007) pp.133-134</ref>。また、内部の採光には、闇を効果的に使ったジャウル邸の空間に通底する要素が指摘され、壁面に以前の教会の瓦礫を活用していることは、ドミノシステムの理念にもつながると指摘されている<ref>越後島 (2007) pp.127, 131-132</ref>。
後期の最高傑作と目される建物である一方、建設当初はその特異なデザインについて否定的評価も受けた。しかし、どちらの立場からも何故そう言えるのかについて、具体的な根拠が十分に示されてきたとは言いがたく、むしろそのような得体の知れない問いかけを見る者に投げかけること自体に、傑作としての価値を認める見解もある<ref>越後島 (2007) pp.136-138</ref>。建築家の[[槇文彦]]が解釈を示した時にも、謎のままであり続けることへの期待感が併せて示されていた<ref>越後島 (2007) p.194</ref>。
2009年の推薦時には「宗教建築」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。2011年の推薦時には、前述の通り、ICOMOSから世界遺産基準 (1) について「顕著な普遍的価値」を認めうると指摘された。
==== ジャウル邸 ====
[[ファイル:Maisons Jaoul détail.jpg|thumb|180px|ジャウル邸]]
[[ジャウル邸]] (Maisons Jaoul, Neuilly-sur-Seine, 1951) は、1951年から1955年にかけて[[ヌイイ＝シュル＝セーヌ]]に建設された邸宅である。
依頼者であるジャウル一家とその父のための2世帯住宅だが、その特徴はレンガ積みの重厚な壁を持っている点で、開放的な印象を与える「空中の箱」を実現したサヴォワ邸とは対極に位置している<ref name = Echigojima_p128>越後島 (2007) pp.128-131</ref>。この表現について建築家の中には、モダニズム建築以前への退行ではないかとするなど、批判を投げかける者たちもいた<ref>加藤 (2008) pp.37-39</ref><ref>暮沢 (2009) pp.221-222</ref>。
窓も水平連続窓とは異なり、不規則に開けられている。その窓にはそれぞれ板扉が付いており、それら全てを閉ざすことで光を遮断し、外部と隔絶した闇を作り出すことが出来る。この内部の闇に窓を通じて適宜光を導入すれば、居住空間を切り開いていける一方で、閉ざせば何時でも闇に戻れるという形で、空間的な想像力を駆使している点が特徴的である<ref name = Echigojima_p128 />。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== カップ・マルタンの小屋 ====
[[カップ・マルタンの小屋]] (Cabanon de Le Corbusier, Roquebrune-Cap-Martin, 1951) は、[[地中海]]に臨む[[ロクブリュヌ＝カップ＝マルタン]]に建てられた休暇小屋（カバノン）で、妻イヴォンヌに贈られた。イヴォンヌはカップ＝マルタンから5 km 程の場所に位置する[[マントン]]の出身で<ref>加藤 (2008) p.89</ref>1957年に歿したが、ル・コルビュジエはその後もこの休暇小屋にしばしば立ち寄り、1965年8月に付近での海水浴中に心臓発作で亡くなった<ref>暮沢 (2009) p.35</ref>。近くにはイヴォンヌの死に接してル・コルビュジエが設計した彼女と自身の墓碑が残る<ref>加藤 (2008) p.92</ref>。
ル・コルビュジエは、地元のレストラン・オーナーのトマ・ルビュタートのためにいくつかの建物を建てたことと引き換えに、レストランと隣接する土地を提供された。休暇小屋はその土地を利用して建てられた<ref>加藤 (2008) pp.89-91</ref>。底辺は3.66 [[メートル|m]]四方、内部の天井までの高さは2.66 m というコンパクトな丸太小屋であり、その中に様々な家具調度類が配置されている。これは、彼が規定した[[モデュロール]]の厳密な適用であると同時に、彼が構想していた「最小限住宅」の実践でもある<ref name = Kuresawa_p225>暮沢 (2009) p.225</ref>。
2009年の推薦時には「規格住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== ラ・トゥーレットの修道院 ====
[[ファイル:La_Tourette_72C.jpg|thumb|ラ・トゥーレットの修道院]]
[[ラ・トゥーレット修道院|ラ・トゥーレットの修道院]] (Couvent Sainte-Marie-de-la-Tourette, Eveux, 1953) は、[[ローヌ県]]の[[エヴー]] ([[:fr:Éveux|Eveux]]) に建設された[[修道院]]で、正式には「サント＝マリー＝ド＝ラ＝トゥーレット修道院」という。
[[ドミニコ会]]の神学生のために建てられたもので、ロンシャンの礼拝堂と同じく、アラン・クチュリエの推薦によって実現した<ref name = Echigojima_p195>越後島 (2007) pp.195-201</ref>。
大型建築としては唯一、ル・コルビュジエの構想が何の修正や反対も受けずに実現した修道院である<ref name = Echigojima_p195 /><ref name = Kuresawa_p233>暮沢 (2009) pp.233-234</ref>。予算的な制約から仕上げなどは省略されたが、意図的に斜面に建設し、最上階の修道士向けの個室に開放性を、半地下の礼拝堂に閉鎖性を持たせるなど、空間設計に工夫が凝らされている。ことに礼拝堂は、天井の彩色された三本の円筒から差し込む光が、闇の中で原色の壁を効果的に照らし、見る者の本能に訴えかける光景を実現している<ref name = Echigojima_p195 />。
2009年の推薦時には「宗教建築」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。2011年のICOMOSの勧告で「顕著な普遍的価値」を有する可能性を指摘された3件に含まれなかったが、そこで名前の挙がった3件に引けを取らない傑作としばしば評価されている<ref name = Echigojima_p195 />。
==== フィルミニのレクリエーション・センター ====
[[フィルミニのル・コルビュジエ遺産|フィルミニのレクリエーション・センター]] (Centre de recréation du corps et de l'esprit de Firminy-Vert, Firminy, 1953-1965) は、[[ロワール県]]の[[フィルミニ]]に建てられた文化・居住施設群である。
フランスの復興大臣だったこともあるフィルミニ市長ウジェーヌ・クロディウス・プティは、労働者の生活環境が悪化していた都市の改善のために、市街から離れた広大な敷地に「フィルミニ＝ヴェール」(Firminy-Vert) という新しい街区をつくることを構想した<ref name = Kato_p72>加藤 (2008) pp.72-76</ref>。
ル・コルビュジエが依頼されたのは、その街区に建設するスタジアムと「文化と青少年の家」、[[ユニテ・ダビタシオン]]、サン・ピエール教会などであった<ref name = Mook_p54>マガジンハウス (2009) pp.54-59</ref><ref name = Kato_p72 />。彼はそれらを一体のものとして構想し、より広い[[景観]]の中で位置づけた<ref name = Kato_p72 /><ref name = Kuresawa_p237>暮沢 (2009) pp.237-238</ref>。
彼の構想は生前に完成することはなく、ことにサン・ピエール教会は市長の交代による財政支出見直しの影響なども受け、長い間未完成のままになっていた。2004年にようやく工事が再開され、2006年に竣工した<ref name = Mook_p54 />。30年以上を経てサン・ピエール教会が完成したことは、ル・コルビュジエ作品の世界遺産推薦の機運を高めたとも指摘されている<ref>暮沢 (2009) p.199</ref>。
2009年の推薦時には「フィルミニの建築物群」(Site de Firminy-Vert)<ref>仏語名は Fondation Le Corbusier (2009) p.15, 日本語訳名は文化庁による旧称 (cf. 山名 (2010) p.39)。</ref> という名称で「都市計画」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。しかし、2011年の推薦時には、「フィルミニのレクリエーション・センター」と改称され、都市計画ではなく個別の建築作品として位置付け直された<ref name = sekaiisan_kankoku />。
=== 日本 ===
日本 (Japon) から推薦されているのは1件のみである。
==== 国立西洋美術館 ====
[[ファイル:National_museum_of_western_art01_1920.jpg|thumb|国立西洋美術館本館]]
[[国立西洋美術館]] (Musée National des Beaux-Arts de l'Occident, Taito-Ku, Tokyo, 1955) は、[[東京都]][[台東区]]に残る美術館で、ル・コルビュジエが基本設計を担当した。日本に残る唯一のル・コルビュジエの建築というだけでなく、東アジアでも唯一である<ref name = bunkakai />。
国立西洋美術館は、フランスから[[松方コレクション]]が返還されるにあたり、その受け入れ先となる美術館の建設が必要となったことから実現した。ル・コルビュジエが指名された詳細な経緯は不明だが、1953年12月に日本で発足した「仮称フランス美術館設置準備協議会」では、フランス側の心証を良くするためにフランスの著名な建築家を起用することや、この機会に世界的建築家の作品を日本で実現したいといった意見が出ていたという<ref>マガジンハウス (2009) pp.11-12</ref>。
ル・コルビュジエが契約していたのは美術館の基本設計のみで、具体的な寸法なども含めた実施設計は日本の[[坂倉準三]]、[[前川國男]]、[[吉阪隆正]]の3人が担当した。ル・コルビュジエは生涯でただ一度となる日本訪問（1955年11月）を踏まえて、基本設計を行なった。その際には、坂倉の要請に応じて、契約外であった美術館周辺の総合的なプランも設計し、演劇ホールと展示館も含む広大な文化広場を構想した<ref>寺島 (2009) p.62</ref>。しかし、当時の日本には美術館以外を建設する余力はなく、それらが建設されることはなかった<ref group = "注釈">設計案の劇場に対応するものとして、前川國男が上野に建てた[[東京文化会館]]を位置付ける見解もある（山名 (2009) p.107）。また、展示館の基本設計を受け継いだものとしては、[[チューリヒ]]に実現した[[ル・コルビュジエ・センター]]がある（越後島 (2007) p.126）。</ref>。
建設に当たっては、[[モデュロール]]を積極的に取り入れる形で寸法が決められ、1958年3月21日に起工式、それからほぼ1年後に竣工となった<ref>寺島 (2009) pp.63-64</ref>。国立西洋美術館はル・コルビュジエの無限成長美術館構想に沿って建てられたものであり、その構想で重視されていたにもかかわらず、インドの2つの美術館が実現していなかった中3階を利用する照明の配置を、唯一実現した美術館でもある<ref name = Yamana_p106>山名 (2009) pp.106-107</ref>。その一方、敷地の制約などから、インドの2つの美術館よりも若干規模が小さくなった<ref name = Yamana_p106 />。また、増築の必要に迫られた時も、本来の構想ならば本館を拡延していく形で対応すべきであったが、実際には新館の建設などによって対応された<ref>暮沢 (2009) p.138</ref>。
日本の[[文化財保護法]]では築50年を経過していないと[[重要文化財]]にはなれない。フランス政府から暫定リスト入りの正式な打診を受けた時点（2007年9月）では、それに1年余り及ばなかったが、同じ年の12月に特例として重要文化財指定を受け、国内法による保護を受けていなければならないという世界遺産の推薦要件を満たした<ref>暮沢 (2009) pp.202-203</ref>。
2009年の推薦時にはサン・ディエの工場とともに「標準大型建築」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。これに先立ち、文化庁はチャンディーガルやアーメダバードの美術館との比較を行い、前述の実現されなかった要素があるインドの美術館と比べて、国立西洋美術館はより完成度が高いとしていた<ref name = bunkakai>[http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/sekaibunkaisan/08/shiryou_5.html 文化審議会 文化財分科会世界文化遺産特別委員会 （第8回）議事次第 資料5（2007年9月14日提出）]（2011年12月5日閲覧）</ref>。また、2009年の情報照会決議を受けて、推薦書では無限成長美術館構想に従った代表例であることを強調するとともに、前川國男らを挙げてル・コルビュジエが日本に与えた影響についても追記するなどの対応を行なった<ref>[http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/sekaibunkaisan/21/pdf/shiryo_2_2.pdf 「ル・コルビュジエの建築作品－近代建築運動への顕著な貢献－」にかかる情報照会への対応について（文化庁、2011年1月発表）]</ref>。
しかし、2011年のICOMOSの勧告では、国立西洋美術館に基準 (2) と (6) を適用しうる潜在的な可能性はあるものの、チャンディーガルやアーメダバードの美術館との比較がなおも不足しており、価値の証明が不十分であると指摘された<ref name = Kankoku_Betsuzoe />。
=== スイス ===
スイス (Suisse) からは、生まれ故郷の[[ラ・ショー＝ド＝フォン]]の邸宅を含む3件が推薦されている。2009年には4件が推薦されていたが、2011年の推薦に際してシュウォブ邸が除外された。
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[[ファイル:Maison_blanche_03.jpg|thumb|ジャンヌレ邸（白い家）]]
ジャンヌレ邸ないし[[ジャンヌレ＝ペレ邸]] (Villa Jeanneret-Perret, La Chaux-de-Fonds, 1912) は、ラ・ショー＝ド＝フォンで両親のために建てられたル・コルビュジエ初期の住宅である。「白い家」(Maison blanche) とも呼ばれる。
ル・コルビュジエはこの家を建てる前年に、半年かけて東ヨーロッパの諸都市や[[ギリシア]]、[[イスタンブル]]などを巡っていた。旅行以前のル・コルビュジエのスタイルは地元の建築様式であるシャレー・スタイルを踏襲したものだったが、このジャンヌレ邸はそこからの脱却を最初に示した作品となった<ref name = Kato_p112>加藤 (2008) pp.112-114</ref><ref name = Kuresawa_p214>暮沢 (2009) pp.214-215</ref>。1階は彼とその兄弟向け、3階は両親向けで、2階が音楽サロンや居間になっており、音楽サロンの様式には、[[パッラーディオ]]などに見られる柱が意識されている<ref name = Kato_p112 />。外観の屋根や連続窓は[[新古典主義建築]]の影響が指摘されている<ref name = Kato_p112 />。
1919年に経済的理由でジャンヌレ家はこの家を手放し、ジュケール (Jeker) という人物の手に渡ったが<ref name = Kato_p112 />、現在では「白い家」協会が管理をしている<ref name = Kuresawa_p214 />。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== レマン湖畔の小さな家 ====
[[ファイル:Fenetre_11m.jpg|thumb|小さな家の窓]]
[[レマン湖畔の小さな家]] (Petite villa au bord du lac Léman, Corseaux, 1923) は、ル・コルビュジエが1923年から1924年にかけて両親のために建てた名前どおりの「小さな家」で、長さは20 m、幅は3 m である<ref name = Kuresawa_p217>暮沢 (2009) pp.217-218</ref>。コンパクトな室内で快適に過ごせるように、室内の家具の配置などにも配慮され、来客時にベッドを隠せる[[間仕切り]]なども存在している<ref name = Kuresawa_p217 />。
南側には11 m の開口部があり、横長の窓になっている。これによって、大胆な採光と、そこから見える[[レマン湖]]や[[アルプス山脈]]の借景が可能になったが、この窓の存在については[[オーギュスト・ペレ]]との「窓論争」（1923年）のテーマとなり、合理性や必然性を主張したル・コルビュジエと、水平窓が室内空間にもたらす要素を否定的に捉えたペレが対立した<ref name = Kato_p123>加藤 (2008) pp.123-126</ref>。
竣工の数年後に[[漆喰]]にひびが入ったが、ル・コルビュジエはむしろ老朽化にどう対応するかの好機と捉え、金属製の波板で覆うなどの補修を行った<ref name = Kato_p123 /><ref name = Kuresawa_p217 />。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
==== イムーブル・クラルテ ====
[[ファイル:Geneve_immeuble_Clarte_2011-08-02_13_54_44_PICT3662.JPG|thumb|200px|イムーブル・クラルテ]]
イムーブル・クラルテ (Immeuble Clarté, Genève, 1930) は、1930年から1932年に[[ジュネーヴ]]に建設された集合住宅で、ル・コルビュジエが最初に手がけたアパートである<ref name = Kuresawa_p227>暮沢 (2009) pp.227-228</ref><ref name = Kato_p127>加藤 (2008) pp.127-129</ref>。
エドモン・ヴァネールの要請で建てられた集合住宅で、各階には8つの部屋がある。それらは『[[輝く都市]]』で計画された特色、つまり可動する仕切り壁や[[ビルトイン]]の家具などを備えている<ref name = Kato_p127 />。
また、金属製造業者であった依頼者ヴァネールが協力をしたことから、この建物は初めてスチール・フレームが採用された<ref name = Kato_p127 />。また、ガラス張りの南側には、陽射しをさえぎるための赤いブラインドが付けられていたが、ル・コルビュジエ自身は後に、この恒常的なブラインドをブリーズ・ソレイユの淵源のひとつとして挙げた<ref>越後島 (2007) pp.90-92</ref>。
2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
== 2009年の推薦前に辞退した物件 ==
=== チャンディーガル ===
[[ファイル:Chandigarh_High_Court.jpg|thumb|高等裁判所]]
[[ファイル:Chandigarh_Secretariat_.jpg|thumb|議事堂]]
[[チャンディーガル]]は、インドの[[パンジャブ州]]の都市で、[[パキスタン]]の分離独立に伴って、以前の州都[[ラホール]]にかわって州都となった。しかし、当初はほとんど何もない状態で、ル・コルビュジエはインド高官の依頼で都市全体の計画を策定した<ref name = Kuresawa_p238>暮沢 (2009) pp.238-239</ref>。
ル・コルビュジエは、格子状の規則正しい区画に商業地区、行政地区などを配置し、前者ではドミノ様式の建物を並べ、後者では傑作として評価される建物、特にアーチ状の空隙を持つ屋根とブリーズ・ソレイユが特徴的な高等裁判所、独特の形状の庇を持つ議事堂などを建設した<ref name = Echigojima_p115>越後島 (2007) pp.115-125</ref>。
特に行政築の建造物群が高く評価される一方、あまりにも合理性を重視しすぎる都市計画には批判も寄せられ、「失敗作」という酷評すら存在する<ref name = Echigojima_p115 />。逆に、ル・コルビュジエ自身にとっても、制約や反対によって実現できなかった要素が多く、自身の手がけた都市としての不満も表明していた<ref name = Kuresawa_p238 />。
とはいえ、チャンディーガルは彼が数多く構想した都市計画の中で唯一実現したものであり、2009年の推薦案の段階では「公共建築」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。しかし、前述の通り、正式推薦を前に辞退となった。
== 2011年の推薦前に除外された物件 ==
=== シュウォブ邸 ===
[[ファイル:Le_Corbusier_villa_turque.JPG|thumb|シュウォブ邸。左側に見えるのが北面のパネル。]]
[[シュウォブ邸]] (Maison Schwob, La Chaux-de-Fonds, Suisse, 1916)<ref group = "注釈">以下、2011年の推薦時に外された3件の原語、所在地、建設開始年は Fondation Le Corbusier (2009) pp.9-15 に従った。</ref>は、スイスのラ・ショー＝ド＝フォンに建てられた初期の建築の一つである。依頼者のシュウォブは、地元の富裕な時計製造業者であった。
北側のファサードを飾る大きな四角形のパネルが印象的な住宅であり<ref>越後島 (2007) 口絵写真 f.1 v.</ref>、どことなく[[ビザンティン建築]]などを思わせることから、地元ではヴィラ・トゥルク（トルコ人の家）の愛称でも呼ばれる<ref name = Kuresawa_p215>暮沢 (2009) pp.215-216</ref>。
建設費が見積もりの2倍に達したことで訴訟になり、故郷を離れた一因になったとも言われるが<ref name = Kuresawa_p215 />、後年ル・コルビュジエはシュウォブ邸について、ヨーロッパにおけるコンクリート作りの別荘建築として、初期の部類に属する誇らしい建築として扱っている<ref>加藤 (2008) p.119</ref>。
2009年の推薦時には「個人邸宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
=== クック邸 ===
[[クック邸]] (Maison Cook, Boulogne-Billancourt, France, 1926) は、アメリカ人ジャーナリスト、ウィリアム・クック夫妻の依頼で[[ブローニュ＝ビヤンクール]]に建てられた邸宅である。
ル・コルビュジエが「[[近代建築の五原則]]」を発表したのと同じ1926年に建てられた邸宅で、それらの原則が最初に実現された建物となった<ref name = Kuresawa_p212>暮沢 (2009) pp.212-213</ref><ref name = Echigojima_p38>越後島 (2007) pp.38-41</ref>。狭い敷地で両側を建物に挟まれている直方体の建物のため、通りから見える面は限定的だが、そこに五原則が集約的に示されている<ref name = Echigojima_p38 />。また、客をもてなすことが想定されていた屋上庭園は、[[ブローニュの森]]に面していることから美しい眺望が実現した<ref name = Kuresawa_p212 />。
2009年の推薦時には「アトリエ」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
=== 救世軍難民院 ===
[[ファイル:Paris Rue du Chevaleret Armée du salut 003.jpg|thumb|150px|救世軍難民院のファサード]]
[[救世軍難民院]] (Cité de Refuge de l'Armée du Salut, Paris, France, 1929) はパリの[[救世軍]]の依頼で建てられた3棟の建物のひとつで、本部にあたる。この建物には、生活困難者の社会復帰のための宿泊施設が含まれている。
巨大な箱型の建物だが、入り口部分で様々な形状を組み合わせてアクセントにしている<ref>越後島 (2007) pp.82-84</ref>。また、建設当初の壁面は平板なガラス張りの表情を持っていた。それらは南向きの大きな窓であり、暑さ対策として二重窓にして、その隙間の空調に配慮することになっていた。しかし、建設費の高騰などの結果、当初設置予定だった中央冷却装置は設置されず、夏場は非常に暑くなった<ref name = Kato_p7>加藤 (2008) pp.7-11</ref>。そのため、1935年に開閉可能な窓に変えられ、第二次世界大戦後にはブリーズ・ソレイユも付けられた<ref name = Kato_p7 /><ref>越後島 (2007) pp.91-92</ref>。ブリーズ・ソレイユに付いた原色のパネルが、竣工当初とは全く異なるカラフルな表情を生み出した。
2009年の推薦時には「集合住宅」に分類されていた<ref name = Kuresawa_p200 />。
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
[[ファイル:Corbusierhaus Berlin 2.jpg|thumb|ベルリンのユニテ（参考画像）。格子状に突き出たブリーズ・ソレイユがよく分かる。]]
[[ファイル:Z%C3%BCrich_-_Seefeld_-_Centre_Le_Courbusier_IMG_1112_ShiftN.jpg|thumb|ル・コルビュジエ・センター（チューリヒ）]]
{{reflist|group = "注釈"}}
=== 出典 ===
{{reflist}}
== 参考文献 ==
* Fondation Le Corbusier (2009), {{pdf|[http://www.fondationlecorbusier.fr/CorbuCache/2049_3253.pdf L'oeuvre architecturale et urbaine de Le Corbusier]}}
* Fondation Le Corbusier (2011), {{pdf|[http://www.fondationlecorbusier.fr/CorbuCache/2049_3821.pdf L'oeuvre architecturale de Le Corbusier - Une contribution exceptionnelle au Mouvement Moderne]}}
* [[越後島研一]] (2007) 『ル・コルビュジエを見る - 20世紀最高の建築家、創造の軌跡』 [[中央公論新社]]〈[[中公新書]]〉
* [[加藤道夫]] 監訳 (2008) 『ル・コルビュジエ全作品ガイドブック』デボラ・ガンズ 原著、[[丸善]]<!--奥付にはガンズの名がなく、監訳者の名前しかないため、原著者名は後においた。-->
* [[暮沢剛巳]] (2009) 『ル・コルビュジエ - 近代建築を広報した男』 [[朝日新聞出版]]〈[[朝日選書]]〉
* [[寺島洋子]] 編集 (2009) 『ル・コルビュジエと国立西洋美術館』[[国立西洋美術館]]
** 寺島洋子 (2009) 「《国立西洋美術館》建設を振り返る」 (pp.58-65)
** [[山名善之]] (2009) 「ル・コルビュジエの《無限成長美術館》」 (pp.100-108)
* [[佐滝剛弘]] (2009) 『「世界遺産」の真実』 [[祥伝社]]〈[[祥伝社新書]]〉
* [[日本ユネスコ協会連盟]] (2010) 『世界遺産年報2010』 [[東京書籍]]
** [[稲葉信子]] (2010) 「シリアルノミネーションとは何か」 (p.37)
** [[山名善之]] (2010) 「『ル・コルビュジエの建築と都市計画』世界遺産登録の難しさ」 (pp.38-39)
* [[マガジンハウス]] 編著 (2009) 『カーサブルータス特別編集 建築家ル・コルビュジエの教科書。』 マガジンハウス
== 関連項目 ==
* [[ル・コルビュジエ]]
* [[モダニズム建築]]
* [[フランスの世界遺産]]
* [[日本の世界遺産]]
== 外部リンク ==
* [http://whc.unesco.org/en/tentativelists/1666/ ユネスコ世界遺産センターの本物件のページ]
* [http://www.city.taito.lg.jp/sekaiisan/index.html 国立西洋美術館を世界遺産に 台東区世界遺産登録推進室]
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[[Category:ル・コルビュジエ
[[Category:モダニズム建築]]
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