「ロジスティック方程式」の版間の差分

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式の解(個体数と時間の関係)はS字型の曲線を描き、個体数は最終的には環境収容力の値に収束する。この曲線や解の関数は'''ロジスティック曲線'''や'''ロジスティック関数'''として知られる。方程式の名称は、ロジスティック式やロジスティックモデル、ロジスティック微分方程式と表記される場合もある<ref name="巌佐2008">{{cite book |和書 |author=巌佐庸 |title=生命の数理 |publisher=共立出版 |date=2008-02-25 |edition=初版 |isbn=978-4-320-05662-6 |pages=2-3 }}</ref><ref name="西村欣也"/><ref name="アリグッド_92">{{cite book |和書 |author=K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク |translator =星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏 |others=津田一郎(監訳) |editor=シュプリンガー・ジャパン |title=カオス 第2巻 力学系入門 |publisher=丸善出版 |year=2012 |isbn=978-4-621-06279-1 |page=92}}</ref>。発案者の名からVerhulst方程式、発案者と普及者の名からVerhulst-Pearl方程式とも呼ばれる{{Sfn|ティーメ|2006|p=38}}。
 
ロジスティック方程式は、[[個体群生態学]]あるいは[[個体群動態論]]における数理モデルとしては入門的なものとして位置づけられ、より複雑な現象に対応する基礎を与える<ref name="西村欣也"/>。数学分野としては、[[微分方程式|微分方程式論]]や[[力学系|力学系理論]]の初等的な話題としても取り上げられる<ref>{{cite book |和書 |author=稲岡毅 |title=基礎からの微分方程式―実例でよくわかる |publisher=森北出版 |year=2012 |isbn=978-4-627-07671-6 |pages=22-23}}</ref>{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=4&ndash;7}}。
 
== 生物の個体数のモデル ==
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と置ける{{Sfn|巌佐|1990|p=4}}。すなわち、''m'' の値は個体数がゼロに限りなく近いときに最大値で、その後は ''N'' の値の増加に比例して ''m'' の値は減少するというモデルである<ref name="渡辺守">{{cite book |和書 |author=渡辺守 |title=昆虫の保全生態学 |date=2007-12-20 |edition=初版 |publisher=東京大学出版会 |isbn =978-4-13-062215-8 |pages =39-40}}</ref>。これをマルサスモデルに代入して、次の微分方程式を得ることができる。
:<math>\frac{dN}{dt}\ = r N \left(1- \frac{N}{K} \right)</math>
この微分方程式を'''ロジスティック方程式'''と呼ぶ<ref name="Silvertown"/>。個体群成長モデルの一種として'''ロジスティックモデル'''とも呼ばれる<ref name="西村欣也">{{cite book |和書 |author=西村欣也 |title=生態学のための数理的方法―考えながら学ぶ個体群生態学 |publisher=文一総合出版 |year=2012 |isbn=978-4-8299-6520-7 |pages=168-169}}</ref>。この微分方程式は、数学的には ''n'' = 2 の[[ベルヌーイの微分方程式]]に該当する{{Sfn|寺本|1997|pp=10&ndash;11}}。
 
ロジスティック方程式の ''K'' は[[環境収容力]]と呼ばれ、その環境が維持できる個体数を意味する{{Sfn|巌佐|1990|p=4}}。''r'' の単位は上記のマルサス係数と同じく一個体当たりの増加率だが{{Sfn|瀬野|2007|pp=11, 13&ndash;14}}{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}、特に[[内的自然増加率]]と呼ばれ、その生物が実現する可能性のある最大増加率を示している{{Sfn|瀬野|2007|p=14}}。通常のロジスティック方程式では、''K'' と ''r'' は時間に関わらず一定とみなし、正の[[定数]]と考える{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}{{Sfn|マレー|2014|p=2}}。
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=== ロジスティック曲線 ===
[[File:Malthusian growth vs logistic growth.png|thumb|280px|マルサスモデルによる指数関数的増加曲線(赤)とロジスティック曲線(青)の比較]]
ロジスティック方程式は[[非線形]]の微分方程式だが、標準的な微分方程式の解法である[[変数分離法]]を利用して解くことができる{{Sfn|山口|1992|pp=62&ndash;65}}。時間 ''t'' = 0 における初期個体数を ''N''<sub>0</sub> とすると、''t'' の関数として以下の解が得られる{{Sfn|スチュアート|2012|p=417}}{{efn|一例として以下のように解くことができる。文献と''N'' の値の範囲を 0 < ''N'' < ''K'' に限定して解く方法と{{HarvSfn|巌佐山口|19901992|pp=462&ndash;565}}、特に限定せずに解く方法がある<ref>{{Harvcite book |大串和書 |2014author=小寺忠・長谷川健二 |pptitle=52&ndash;53}}、{{Harv工学系学生のための常微分方程式 |ハーバーマンpublisher=森北出版 |1992year=2006 |ppedition=41&ndash;42}}、{{Harv第2版 |ブラウンisbn=978-4-627-07452-1 |2012|pppages=33&ndash;3444-46}}</ref>。ここでは範囲を限定しど多数にい解き方をされる。まずロジスティック方程式を[[変数分離]]変形して
:<math>\frac{K}{N(K-N)}dN = r dt</math>
を得る。さらに左辺を[[部分分数分解]]すれば
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あるいは、上記で説明した個体数 ''N'' と増加率 ''dN''/''dt'' の関係曲線からも、安定か不安定かの判別が可能である{{Sfn|巌佐|2015|p=24}}。''N'' = ''K'' の点の右側に点があるとき、''dN''/''dt'' の値は負なので、''N'' は減少していき、''K'' に近づくことになる。''N'' = ''K'' の点の左側に点があるときは、''dN''/''dt'' は正なので、''N'' は増加していき、同じく ''K'' に近づくことになる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=6}}。''N'' = 0 の点についても、左右にずれたときの ''dN''/''dt'' の値の正負から、0 の点から離れていくことが理解できる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=6}}。
 
またあるいは[[安定性理論]]における線形安定性解析の考えにもとづいて、より一般的に安定性を判別することもできる。''dN''/''dt'' = ''f''(''N'') 、その ''N'' による微分を ''d''(''f''(''N''))/''dN'' = ''f''&thinsp;&prime;(''N'')、平衡状態の点を ''N<sub>e</sub>'' と置くとする。[[安定性理論]]における線形安定性解析考えにもづいてより一般的に言えば、''f''&thinsp;&prime;(''N<sub>e</sub>'') < 0 ならば ''N<sub>e</sub>'' は安定な平衡点で、''f''&thinsp;&prime;(''N<sub>e</sub>'') > 0 ならば ''N<sub>e</sub>'' は不安定な平衡点であると判別できる{{Sfn|マレー|2014|p=5}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=28}}。ロジスティック方程式の場合は、
:<math>f(N)=\frac{dN}{dt}\ = r N \left( 1-\frac{N}{K} \right) </math>
なので、
:<math>f'(N)=r \left( 1-\frac{2N}{K} \right)</math>
となり、''f''&thinsp;&prime;(''K'') = &minus;''r'' < 0, ''f''&thinsp;&prime;(0) = ''r'' > 0 となることが確認できる{{Sfn|Strogatz|2015|p=29}}。
 
==生物学的前提条件==
実際の生物の個体数増殖においてロジスティック方程式が成り立ち、ロジスティック曲線がその増殖データに上手く当てはまるには、次のような生物学的条件が前提として挙げられる。
 
*環境内には単一の種か、あるいは同等とみなせる種のみが存在する{{Sfn|瀬野|2007|ppp=5, 21&ndash;22}}。
*対象の生物の各世代(親子)は連続的に重なっている{{Sfn|マレー|2014|p=37}}。すなわち、連続的に子が生まれ、親と子が共存する期間が存在する{{Sfn|山口|1992|p=71}}。
*個体は一定の大きさの環境内に常に存在する。すなわち、環境から移出したり、外部から移入が無い{{Sfn|コーエン|1998|p=112}}。(用語としては'''閉じた個体群'''とも呼ばれる{{Sfn|ティーメ|2006|p=7}})
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いくつかの微生物や小型の昆虫の飼育実験で、ロジスティック曲線がよく当てはまる個体数増加や個体密度増加実験のデータが得られている。例として以下のようなものがある。特に、[[ゾウリムシ]]や[[酵母菌]]は条件さえ整えればロジスティック曲線に沿った増加をほとんどの場合で示し、高校レベルの教科書にも載る定番でもある{{Sfn|渡辺|2012|p=53}}
 
*[[キイロショウジョウバエ]]{{Sfn|内田|1972|p=29}}
*[[ゾウリムシ]]{{Sfn|山口|1992|pp=67&ndash;68}}<ref>G. F. Gause. {{Google books|v01OToAhJboC|The Struggle for Existence|page=106}}</ref>
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ロジスティック方程式は、非常に簡単な生物学的意味からモデルを導くことができる{{Sfn|山口|1992|p=66}}。''r'' と ''K'' の2つのパラメータに種の特性に関わる議論を集約して、とても簡明なモデルを構成している{{Sfn|寺本|1997|p=iii}}。また、式の特徴である個体数密度の上昇が増加率を抑えるロジスティック効果は、[[個体群生態学]]における基本原理ともいわれる{{Sfn|人口研究会(編)|2010|p=307}}。個体数が少ない内は指数関数的に増殖し、個体数が増えてくると増加が止むという現象自体は、正確に前提条件に当てはまらないような個体群成長であっても、広く認められる現象であり、この一般的傾向をロジスティック方程式は上手く表しているとも評される{{Sfn|巌佐|2015|p=25}}。
 
ただし、一見してロジスティック曲線のような個体群成長を示すデータであっても、そのデータに上手く[[曲線あてはめ]]できる数理モデルは数多く存在する{{Sfn|山口|1992|p=66}}{{Sfn|スチュアート|2012|p=336}}。ロジスティック方程式のみが唯一当てはまるということはまずない{{Sfn|山口|1992|p=66}}。この式が個体群成長の「普遍則」のように受け止められるのは誤解であると、数理生学者のジェームス・D・マレーや応用数学者のスティーブン・ストロガッツは指摘している{{Sfn|マレー|2014|p=3}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=27}}。
 
人口予測に関しても、人口学者のジョエル・E・コーエンは「ロジスティック曲線は短期的な予測に関しては、他の連続でなめらかな曲線と比べて特に劣っていることもないが、長期的な予測に関しても格別に秀でているわけでもない」と評している{{Sfn|コーエン|1998|p=116より引用}}。式を普及させたレイモンド・パールは、ある期間の人口成長にロジステック曲線が適用できる条件として、人口成長に影響を与える新しい要素がその期間中に現れないことを挙げている。しかし、このような前提条件を人口という複雑な現象に課すのは困難である点を経済学者のA. B. ウルフや人口学者の{{仮リンク|ジョージ・ハンドリー・ニブス|en|George Handley Knibbs}}などから批判されている{{Sfn|Kingsland|1982|p=36}}。2010年代現在、将来人口推計には[[コーホート要因法]]の使用が主流となっている{{Sfn|人口研究会(編)|2010|p=74}}{{Sfn|コーエン|1998|p=144}}。ロジスティック曲線のような関数を過去の人口データに重ねて将来の人口を予測するという単純な方法は、現在ではほとんど行われていない<ref>{{cite book |和書 |author=山重慎二・加藤久和・小黒一正 |title=人口動態と政策―経済学的アプローチへの招待 |date=2013-09-10 |edition=第1版 |publisher=日本評論社 |isbn =978-4-535-55750-5 |page =28}}</ref>。
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===2種存在する場合===
[[File:Comportements competition lv 2 sp.svg|thumb|250px|ロトカ・ヴォルテラの競争式では係数の値がある範囲内のときのみ2種が共存し(図の3)、それ以外ではどちらかが絶滅する(図の1, 2, 4){{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=130&ndash;136}}。]]
{{see also|競争 (生物)|ロトカ・ヴォルテラの競争方程式}}
ロジスティック方程式は環境内に1種のみが存在するときの(あるいは1種とみなせるときの)モデルだが、実際の環境では複数以上の種が生息している{{Sfn|巌佐|1990|p=13}}。複数の種が存在するとき、それぞれの種の間には[[競争 (生物)|競争]]や[[相利共生]]、[[捕食-被食関係|捕食-被食]]などの関係が存在して、それぞれの個体数が互いの個体数増加率に影響を与える{{Sfn|マレー|2014|p=65}}。その中でも特に、環境内に競争関係にある2種が存在する場合にロジスティック方程式を拡張させたものとして、以下の[[競争 (生物)#数学モデル|ロトカ・ヴォルテラの競争方程式]]が知られる{{Sfn|大串|2014|p=65}}。
:<math>\frac{dN_1}{dt} = r_1 N_1 \left(1 - \frac{N_1 - a_{12} N_2}{K_1} \right)</math>
:<math>\frac{dN_2}{dt} = r_2 N_2 \left(1 - \frac{N_2 - a_{21} N_1}{K_2} \right)</math>
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と表したが、これ以外の表現もある。いずれも数学的には等価だが、その導出過程における生態学的意味づけは様々である{{Sfn|瀬野|2007|pp=i, 25&ndash;26}}。 ''k'' = ''r'' / ''K'' と置いて、ロジスティック方程式は
:<math>\frac{dN}{dt}\ = N(r - kN)</math>
とも表される{{Sfn|瀬野|2007|p=22}}{{Sfn|ブラウン|2012|p=32}}{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=41}}。''k'' は'''Verhulst-Pearl係数'''や'''種内競争係数'''と呼ばれる{{Sfn|寺本|1997|p=9}}。また個体群密度が増加率を減少させる影響の強さを ''k'' が表しているといえる{{Sfn|瀬野|2007|p=21}}。

他には、変数を ''N'' = ''N''/''K'' と置きなおして、すなわち個体数ではなく環境収容力に対する個体数の割合を変数として
:<math>\frac{dN}{dt}\ = r N(1-N)</math>
という形式もある{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=4}}。
 
[[非線形]]のロジスティック関数を扱いやすくするために[[線形]]の対数関数に変換する、フィッシャ・プライ変換(英語:Fisher-Pry transform)と呼ばれる次のような変換もある<ref name=watanabe>{{cite book|和書 |author=渡辺千仭 |title=技術経済システム |publisher=創成社 |year=2007 |edition=初版 |isbn=978-4-7944-3089-2 |pages=84&ndash;87}}</ref>。
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:<math>bt + a = \ln \frac{FP}{1-FP}</math>
ここで ''FP'' = ''N'' とすると、ロジスティック関数のパラメータとの関係は ''K'' = 1, ''r'' = ''b'', ''N''<sub>0</sub> = ''e<sup>a</sup>''/(1 + ''e<sup>a</sup>'') である。
 
== 歴史 ==
===フェルフルストによる発表===
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:<math>\frac{dp}{dt}\ =mp-\phi(p) </math>
:<math>\phi(p)=np^2 </math>
という形であった<ref name="Verhulst1838">{{cite journal |last=Verhulst |first=Pierre-François |year=1838 |title=Notice sur la loi que la population suit dans son accroissement |url=https://books.google.co.jp/books?id=8GsEAAAAYAAJ&pg=PA113&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=4#v=onepage&q&f=false |journal=Correspondance mathématique et physique |volume=10 |pages=113-121 }}のp.115</ref>{{Sfn|瀬野|2007|p=1918}}。''p'' は人口を意味する<ref name="Verhulst1838"/>。フェルフルストは人口自体の二乗によって人口増加率の減少効果を表現し、上記の ''φ''(''p'') を導入した{{Sfn|瀬野|2007|p=1918}}。当時はこの式の価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった{{Sfn|山口|1992|p=57}}。
 
===式の再発見と論争と普及===
463 ⟶ 467行目:
|isbn =978-4-563-07797-6
|ref={{Sfnref|レーヴンほか|2007}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=Steven H. Strogatz