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[[File:丹後ちりめん後染め織物の一種.jpg|300px|thumb|丹後ちりめんで一般的な後染め織物の布地。生糸で反物を織りあげてから精錬・染色する。]][[File:丹後ちりめん後染め織物.jpg|300px|thumb|丹後ちりめん「紋綸子ちりめん」の生地。]][[File:Silk 西陣帯（丹後産）未染色.jpg|300px|thumb|丹後地方で製織された染色していない西陣織の帯生地。帯の裏地に使用されていた。]][[File:先染め織物（丹後ちりめん）.jpg|thumb|西陣織の帯などに使用される先染め織物の布地。生糸を精練・染色してから織り上げる。]]
'''丹後ちりめん'''（たんごちりめん）は、[[京都府]][[京都府北部地域|北部]]の[[丹後国|丹後地方]]特有の撚糸技術を用いた後染め[[絹織物]]であり、広義では丹後地方の絹織物全般の代名詞である<ref name="松岡2010、82頁">松岡憲司編『地域産業とネットワーク 京都府北部を中心として』 新評論、2010年、82頁</ref><ref>{{Cite web|author=文化庁|authorlink=|date=|url=https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story043/index.html|title=日本遺産ポータルサイト「丹後ちりめん回廊」|work=|language=日本語|accessdate=2018-2-20}}</ref>。主な産地は[[京丹後市]]、[[与謝郡]][[与謝野町]]。丹後地方は、日本国内の約1/3の絹糸を消費して和装・洋装生地に使用し、和装地では、国内に流通する6～7割を生産する日本最大の絹織物産地である。<ref name="かんさい415、53頁">近畿経済産業局「パワフルかんさい」№415、2004年4月号、53頁。</ref>
== 特徴 ==
1メートルあたり3,000回程度の強い撚りをかけた緯糸（よこいと）を使って織る。製織後、生糸の表面を覆うセリシン（[[膠質]]）を精練<ref group="注">ソーダを混ぜた石鹸液で数時間煮沸して、手洗いする。かつては灰汁が用いられた。（『丹後のはた音』183頁）</ref>で取り除くことで、撚糸が収縮し、撚りが戻ろうとする力で生地の表面にシボと呼ばれる凹凸が生まれる<ref name="消費科学57、6-7">日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.57、2016年3月号、井澤一郎「丹後ちりめん産業と京都府織物機械金属振興センターの取り組み」6-7頁。</ref>。シボはシワを防ぎ、絹の持つ光沢を際立たせ、一般の絹織物には出せないしなやかな肌触りや、染めつけの良さ、光を乱反射することにより豊かな深い色合いを作りだす<ref name="松岡2010、82頁"/><ref>大滝吉春、乾麻里子、C・R・K design『着物のふるさと・染め織り巡り』グラフィック社、2010年、62頁。</ref>。その性質から縮むという欠点があったが、昭和30年代以後には縮みにくい縮緬の研究が進んだ<ref name="図録1989、26頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、26頁</ref>。従来は白生地のまま京都市・室町の問屋に出荷されて丹後外で染色や縫製がなされて製品とされることが多かったが、近年は染色加工や地元・丹後の染色家による[[友禅|友禅染め]]なども行われ、「最高級の織と染の総合産地」をめざす改革が行われている<ref name="産地の紹介">{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/tango/ |title=丹後ちりめん 産地の紹介 |publisher =丹後織物工業組合 |accessdate =2018-06-08}}</ref>。
丹後ちりめんの技法は、絹織物だけでなく、[[レーヨン]]や[[ポリエステル]]などの化繊素材にも応用されている<ref name="産地の紹介"/>。
日本のちりめん産地はほかに、[[1752年]]（[[宝暦]]2年）に丹後ちりめんから技法が伝わった[[滋賀県]][[長浜市]]の[[浜ちりめん]]がある<ref name="丹後のはた音、217頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、217頁。</ref>。発祥は丹後ちりめんだが、今日の丹後地方では、明治期から導入された[[ジャカード織機|ジャカード]]を使用した紋ちりめんが主流となり、昔ながらの無地ちりめんを主流とする浜ちりめんと比して、紋ちりめんが丹後ちりめんの特徴とみなされている<ref name="消費科学57、7">日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.57、2016年3月号、井澤一郎「丹後ちりめん産業と京都府織物機械金属振興センターの取り組み」7頁。</ref>。
紋ちりめんには、定番の柄だけで現在1,000以上の種類がある<ref>大滝吉春、乾麻里子、C・R・K design『着物のふるさと・染め織り巡り』グラフィック社、2010年、63頁。</ref>。丹後の織物は家内工業が中心で、1戸あたりの従業員数は戦前で3～10人、戦後は2～2.5人程度と小規模であり、一軒の機屋が大量に製織することも多品種を製織することも困難であった。<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、21頁。</ref>。最盛期には1万戸を超えた機屋の創意工夫によって生まれた種類の多さも、丹後ちりめんの特徴のひとつに数えられる<ref name="北野2013,182-183p">北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、182-183頁。</ref>。
== 種類 ==
[[File:丹後ちりめん（古代縮緬）.jpg|thumb|丹後ちりめんの「古代縮緬」]][[File:丹後ちりめん（朱子織り）.jpg|thumb|丹後ちりめんの「朱子織り」（染色後）]][[File:丹後ちりめん正絹絽織り.jpg|thumb|「絽ちりめん」（正絹）夏向きのシースルー生地。草木染にも適する。]]
後染め正絹織物である丹後ちりめんの白生地の大部分は、和装用の着尺地で、大きく2種に分けることができる。平組織の「無地ちりめん」と、紋組織の「紋ちりめん」で、現在の丹後ちりめんは、全体の2割程が無地ちりめん、8割を紋ちりめんを占める<ref name="消費科学57、7"/>。
無地ちりめんの代表格は「変わり無地ちりめん」「変わり三越ちりめん」などで、紋ちりめんの代表格には「紋意匠ちりめん」「朱子意匠ちりめん」がある<ref name="消費科学57、9"/>。
=== 技法による種類 ===
*'''変わり無地ちりめん''' ……[[1957年]]（昭和32年）に開発されて以来、現在まで無地ちりめんの主流製品となっている<ref name="図録1989、26頁"/>。湿度の影響を受けやすい一般的な縮緬の欠点である縮みを軽減し、シワができにくくした縮緬。緯糸に、強撚糸に他の撚糸や生糸を絡ませるなどして１本にした「変わり撚糸」を用いる。糸の撚りのちがいによる縮みや左右の変わり撚りの戻りによって、織物全体が縮む率を軽減させている。
*'''一越ちりめん''' ……伝統的な丹後ちりめんで、シボが美しく、柔らかい風合いを醸し出す縮緬。経糸に平糸を用い、緯糸に右撚りの強撚糸と左撚りの強撚糸を1本ずつ交互に織り込む。
*'''古代ちりめん''' ……一越ちりめんよりシボが大きく、色無地などに使用される縮緬。古代の白生地に似た風合いのためこう呼ばれるが、シボが大きいことから「鬼シボちりめん」ともいう。緯糸に右撚りの強撚糸と左撚りの強撚糸を2本ずつ交互に織り込むことから、「二越ちりめん」ともいう。
*'''紋綸子ちりめん''' ……綾織りの表と裏を使いわけて紋様を出した縮緬で、重目のものは訪問着などの高級着になり、軽目のものは襦袢地に使用される。
*'''紋意匠ちりめん''' ……よこ糸を二重にすることで、地紋の変化と深みを表現した縮緬。染め上げると立体感があり、無地染めやぼかし染めに人気がある。[[1968年]]（昭和48年）頃に主流となり、その後、他の縮緬に人気を奪われるが、2017年現在ふたたび、丹後ちりめんの大半はこの紋意匠ちりめんが占めている。
*'''縫取ちりめん''' ……生地に金糸や銀糸、ラメ糸、漆糸などの装飾糸を使いわけて、模様を織りだした華やかな縮緬。打掛や振袖など、とくに豪華な和装に使われる。
*'''駒綸子ちりめん''' ……[[1962年]]（昭和37年）に開発された。経糸に駒糸とよばれる強撚諸撚糸を用い、比較的シワができにくい生地となっている。織りで表現される地紋を活かした染め着物の生地で、光沢があり、シャリッとした風合いが持ち味。全盛を極めたのは[[1964年]]（昭和39年）頃だが、現在もファンが多い。
*'''五枚朱子ちりめん''' ……「どんすちりめん」とも呼ばれる。表面に綺麗な光沢をもつ縮緬で、華やかな中振袖や若者向けの付下げなどに使われる。[[1985年]]（昭和60年）頃に流行した。
*'''朱子意匠ちりめん''' ……紋意匠と五枚朱子の中間的な縮緬で、双方の特徴を併せ持つ。染め付きがひじょうに良く、厚めのためシワができにくい生地。
*'''絽・紗ちりめん''' ……シースルーで通気性に優れたの夏向きの生地。生糸100％で織られる。
*'''金通しちりめん''' ……縮緬地に金糸を織り込んだもの。丹後ちりめんは染色性に優れるものの、金糸は染まらずそのままの光沢を放つ。
*'''銀通しちりめん''' ……縮緬に銀糸を織り込んだもの。
このほか、変わり撚糸を用いて織られた古代ちりめん「'''変わり古代ちりめん'''<ref group="注">1987年（昭和62年）頃に流行した。</ref>」、「'''銀無地ちりめん'''<ref group="注">1982年（昭和57年）頃に流行した。</ref>」、「'''綸光ちりめん'''<ref group="注">1985年（昭和60年）頃に流行した。</ref>」など、経糸と緯糸の様々な組み合わせにより多様な種類がある<ref name="図録1989、26頁"/><ref name="丹後のはた音,1998,193">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、193頁。</ref>。
=== 素材による種類 ===
[[File:浴用シルクタオル.jpg|thumb|丹後ちりめんの浴用タオルの布地。シボ部分の横糸に絹糸を使用し、経糸にポリエステル糸を使用している。<ref>{{Cite web |url=http://www.pref.kyoto.jp/social-biz/marusen.html |title=丹後ちりめん浴用タオル地 |publisher =|accessdate =2018-03-21}}</ref>]]
*'''ポリエステルちりめん''' ……豊かなドレープが美しく、シワになりにくいうえに速乾性を備えているので、洋装のほか、旅装などに重宝される。
*'''シルク現代ちりめん''' ……和装で培われた丹後ちりめんの撚りの技法を活かし、軽くしなやかにしあげた現代的な絹織物。
*'''複合素材''' ……丹後ちりめんの伝統的な技法を用いながら、異なる素材との組合せによって多様な表情を見せる、用途にあわせた実用性や、織り手独自の風合いを実現した先進的な生地。
<ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/chirimen/types/ |title=丹後ちりめんの種類 |publisher =|accessdate =2018-02-24}}</ref><ref name="ドーエ2017、5-6頁">与謝野町観光協会「Do:e（ドーエ）」2017.vol.2 丹後ちりめん特集、5-6頁</ref>
=== 特殊加工 ===
[[丹後織物工業組合]]の直営工場等では、製織技術の向上にくわえ、丹後ちりめんの機能性や需要を高めるための様々な研究開発を行っている<ref name="産地の紹介"/>。
* '''耐スレ加工'''（ハイパーガード）
* '''黄変防止加工'''（サニーライク加工） ……[[1985年]]（昭和60年）8月、研究成果が確認された<ref name="丹後のはた音1998,242p">『丹後のはた音』丹後のはた音編集グループ、1998年、242頁。</ref>。
* '''防菌・防臭加工'''（ハイジ加工）
*'''鳥[[インフルエンザウイルス]]不活性化加工''' ……京都府のECO-EVER特許加工「繊維構造物の抗ウイルス加工法」（特許第4832573号）を用いて製品化した、抗菌・制菌・消臭機能をもつ丹後ちりめん製品。素材による差はあるが、もっとも効果があったポリエステル/綿素材では、鳥インフルエンザウイルスH5N2型が99.95パーセント不活性化して感染を予防することが京都府立医科大学免疫学及び一般財団法人カケンテストセンターの実験で確認されている。シルク素材の抗ウイルス実験では、加工後新品で90.7パーセント不活性化の効果が確認された。同様の条件で、レーヨンは98.69パーセント、ポリエステルで99.22パーセントと、いずれも高い抗菌作用が確認されている<ref>丹後ちりめん歴史館館内掲示資料より。</ref>。また、A型インフルエンザウイルス、[[黄色ブドウ球菌]]、[[肺炎桿菌]]等も不活性化することが確認されているほか、[[酢酸]]ガス濃度を94.3パーセント低下させる消臭効果も確認されている。なお、人体には無害な加工技術であるとされる。
{| class="wikitable"
!対象!!条件!!加工後新品!!50回洗濯!!500回摩擦
|-
|鳥インフルエンザH5N2型||5分間静置||99.95パーセント減少||99.99パーセント以上減少||99.73パーセント減少
|}
{| class="wikitable"
!対象!!条件!!未加工!!加工後!!10回洗濯
|-
|黄色ブドウ球菌||18時間培養||4.4→7.2（増加）||4.1→1.3（減少）||4.3→2.3（減少）
|-
|肺炎桿菌||18時間培養||4.4→7.6（増加）||4.2→1.9（減少）||4.1→3.8（減少）
|}
（「綿素材での抗ウイルス等効果試験結果」丹後織物工業組合中央加工場データ提供、丹後ちりめん歴史館館内掲示資料より）
=== 過去の丹後ちりめん ===
*'''綿ちりめん''' ……開国を機に、海外に生糸が輸出され国内価格が高騰したのと同時に、外国から安価な綿糸が大量に輸入されるようになった時代の変化を受けて、[[1867年]]（[[慶応]]3年）に[[口大野村]]（現・京丹後市大宮町口大野）のちりめん商人・蒲田善兵衛が考案した。経糸に生糸、緯糸に綿糸を用いたもので、安価なことで販路を得、明治期前半から順調に販路を拡大・増加していったが、大正期前半の粗製濫造によって姿を消した。
*'''絹紡ちりめん''' ……[[1886年]]（明治19年）、島津村（現・京丹後市網野町島津）の足達祐左衛門が開発した。経糸に生糸、緯糸に死繭の糸やくず生糸を紡績した糸を使用する。生糸と紡績糸と半量ずつ撚り合わせて緯糸とした「半紡ちりめん」と、緯糸に紡績糸のみを使用した「丸紡ちりめん」の2種類が作られた。安価な縮緬として消費者に支持され、明治期後半から大正期前半にかけて丹後ちりめんの主流となった。
*'''（旭織）''' ……[[1893年]]（明治26年）、[[加悦町]]加悦（現・与謝野町加悦）の梅田利助の名で特許登録<ref group="注">特許第貮〇壹八號 あさひ織</ref>されている実用織物。撚らない糸を織り込んで凹凸を演出する「ちりめん風の」織物で、強撚糸を用いていないので厳密にはちりめんではないが、安価で量産できることから幅広い用途でこの時代に大きな需要があった。
*'''絽ちりめん''' ……[[1905年]]（明治38年）、加悦町加悦奥（現・与謝野町加悦奥）の細井三郎助が開発した。搦織（からみおり）、または捩織（もじりおり）と呼ばれる技法で、経糸1本にさらに1本の糸をからませた2本1組の糸を用い、緯糸1本または数本ごとに位置を変えることで絡み目によって緯糸方向に透き間を作って織り上げる。昭和初期まで流行し、現在も夏物のちりめんとして製織されている。
*'''縫取ちりめん''' ……[[1925年]]（大正14年）、[[野田川町]]三河内（現・与謝野町三河内）の加藤忠治が開発した。京都の山口善三郎によって考案された精錬にも耐える金糸や銀糸などの装飾糸を用いて、模様を縫い取りした豪奢な縮緬で戦前及び昭和のバブル期に流行した。丹後ちりめんの高級品というイメージを決定づけたちりめんで、現在も製織されている。
<ref name="図録1989、25頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、25頁</ref><ref name="丹後のはた音,1998,226">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、226頁。</ref>。
織りや素材の組み合わせにより作られた丹後ちりめんの種類は、[[1932年]]（昭和7年）に丹後縮緬工業組合<ref group="注">のちの丹後織物工業組合。</ref>が作製したパンフレットで確認できるものだけでも95種類にのぼる。かつては、高級な着物はまず白生地を選び、好きな絵柄に染色するものであったので、白生地にも差別化が求められ、機屋ごとの特色を活かした少量多品種生産が、組合によって統括された<ref name="北野2013,182-183p"/>。
== 製法 ==
[[File:丹後ちりめん製造工程.png|300px|thumb|left]]
[[File:精錬前の丹後ちりめん.jpg|thumb|織り上げたばかりで精錬していない丹後ちりめん(ジャカード織り)の布地。セリシンや糊などの不純物が付着しており、ゴワゴワとやや硬い手触りがする。これらを洗い流し、灰汁で4時間煮沸すると撚りが戻り、シボのある美しく柔らかい縮緬となる。]][[File:シャガート織のシルクサテン.jpg|thumb|ジャカード織りの丹後ちりめんの布地(精錬後・染色前)]][[File:丹後ちりめん（ジャカード織染色後）.jpg|thumb|ジャカード織りの丹後ちりめんの布地（染色後）]][[File:ちりめん紋紙.jpg|thumb|ジャカード織機で使用される紋紙（パンチカード）の一種]]
'''無地ちりめん'''は、経糸と緯糸それぞれに異なる次の工程を経て、製品となる。
・ '''経糸'''
1. 糸繰り……小さな枠に糸を巻き取る。
2. 糊付け……糸を撚り合わせながら糊をつける。
3. 撚糸……数本の糸に撚りをかける。
4. 再繰り……再度、小さな枠に巻き取る。
5. 整経……経糸の幅や糸数を整える。
6. 経つなぎ……新しい経糸をつなぐ。
7. 製織……経糸に緯糸を織り込み、生（き）ちりめんをつくる。
8. 節取り……生ちりめんの検査を行い、キズがあれば修正する。
9. 精錬……不純物を取り除き、柔らかな布地にする。
10. 乾燥幅出……乾燥させ、幅や長さを整える。
11. 事故検査……キズや汚れがないか調べる。
12. 品位検査……合格か不合格かを決める最終検査を行う。
・ '''緯糸'''
1. 下漬……糸に油をつけて柔らかくする。
2. 糸繰り……ボビンに糸を巻き取る。
3. 緯（ぬき）あわせ……数本の糸をまとめて枠に巻く。
4. 緯煮（ぬきだき）……湯の中で煮て、糸を柔らかくする。
5. 下管巻……撚糸のための管に巻く。
6. 撚糸……八丁撚糸を用い、強い撚りをかける。
7. 上管巻……織るための管に巻く。
8. 製織。上記経糸の項目の７以降にあたる。
'''紋ちりめん'''は、無地ちりめんの工程の製織前に次の工程が追加される。[[1988年]]（昭和63年）以降はコンピュータジャカードが普及し、紋紙も電子データ化されている<ref name="丹後のはた音1998,194-195p">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年194-195頁。</ref>。
1. 正絵（しょうえ）……ちりめんの柄のもととなる図案を用意する。
2. 意匠図……正絵をもとに、織物の設計図となる意匠絵を描く。
3. 紋紙彫り……意匠図をもとに、紋紙を彫る。
4. 紋紙編み……紋紙をつづりあわせ、長いループ状につなぐ。
5. 完成した紋紙を織機の上部にあるジャカードに装着し、生ちりめんを織る<ref>{{Cite web |url=https://www.bing.com/videos/search?q=%e4%b8%b9%e5%be%8c%e3%81%a1%e3%82%8a%e3%82%81%e3%82%93&&view=detail&mid=672CE5559B2F2549F9DA672CE5559B2F2549F9DA&&FORM=VRDGAR |title=紋ちりめん（ジャカード織機）製織の様子ー動画 |publisher =|accessdate =2018-07-04}}</ref>。製織後の工程は、無地ちりめんと同様である。
<ref name="丹後のはた音1998,194-195p"/><ref>『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、29-31頁。</ref><ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、12-13頁。</ref>。
== 歴史 ==
===
丹後地方は、古来[[うらにし]]と呼ばれる季節風の影響で「弁当忘れても傘忘れるな」と言い継がれるほど雨や雪の多い湿潤な気候で、乾燥すると糸が切れやすくなる絹織物の生産に適していた<ref name="八木1970、123頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、123頁</ref><ref name="産地の紹介"/>。内陸部では少なくとも[[奈良時代]]から[[絹]]の生産が行われており、[[正倉院]]には[[丹後国]]竹野郡（現在の[[京丹後市]][[弥栄町]]）に住む[[車部鯨]]（くるまべのくじら）という人物から朝廷に納められた[[絁]]（あしぎぬ）が残されている<ref name="松岡2007、6頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、6頁</ref>。さらに[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の『[[庭訓往来]]』に記された[[丹後精好]]（たんごせいごう）、江戸時代初期には[[紬]]や[[撰糸]]（せんじ）などが製織され、名産となっていたことが『[[毛吹草]]』や『[[日本鹿子]]』等の記述で確認することができる<ref name="京丹後市2016、159頁">京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』京丹後市役所、2016年、159頁</ref><ref name="消費科学57、6-7"/>。織物業は農業とともに、長く丹後の人々の生活を支えてきた<ref name="松岡2007、6頁"/><ref name="丹後建国2013、72頁">丹後建国1300年記念事業実行委員会『丹後王国物語 丹後は日本のふるさと』2013年、72頁</ref>。
丹後地方に[[縮緬]]の技術が導入されたのは、[[1720年]]（[[享保]]5年）から[[1722年]]（享保7年）にかけてである<ref name="図録1989、12頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、12頁</ref>。「丹後精好」は高品質な絹織物であったとされているが、江戸時代に京都の[[西陣]]で[[お召|お召ちりめん]]が誕生すると、「田舎ちりめん」と呼ばれて売れなくなった<ref name="窪田1973,50p"/>。さらに[[1680年]]・[[1681年]]（[[延宝]]8年・9年）や[[1717年]]（享保2年）の凶作飢饉が重なり、丹後地方の人々の生活は極限まで困窮した。延宝の大飢饉（1680～1681年）では、10月23日に降り始めた雪が翌年2月まで続き、積雪は1～2[[丈]]を記録し、4軒に1軒がその重みで倒壊した<ref name="窪田1973,48p">窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、48頁。</ref>。牛3,000頭のうち1,870頭が死に、当時の人口の約2割にあたる14,816名が餓死したと伝えられている<ref name="窪田1973,48p"/><ref name="八木1970、22頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、22頁。</ref>。打開策として機業復興を願い、当時一世を風靡していた縮緬製織に目が向けられたのは当然の帰結であったが、多くの産業技術が各々の産地で秘匿されていた時代であったので、その道は険しかった。
そこで、[[峰山]]の[[絹屋佐平治]]<ref group="注">後年、森田治郎兵衛と改名。1683年に生まれ、1744年（延享元年）11月3日に、62歳で病没。</ref>は[[1719年]]（[[享保]]4年）3月7日から[[禅定寺（京丹後市）|禅定寺]]の[[聖観世音菩薩]]に7日間の断食祈願をし、京都の西陣の織屋に奉公人として入り込むと、お召ちりめんの製織技術を秘かに探った<ref name="峰山町1963,192-194">『峰山郷土史』峰山町、1963年、192-194頁。</ref>。一度は失敗するが、再び西陣に出向いて糸綺屋<ref group="注">糸崎屋という説もある。</ref>に奉公しながら独自に調査・研究を重ね、ついに1720年（享保5年）、故郷に縮緬技術を持ち帰ることに成功する<ref name="丹後のはた音、215頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、215頁。</ref>。その技術は、当時、門外不出とされていた撚糸技術である。佐平治は、主人と上番頭以外は一切立ち入りを禁じられた土蔵造りの密室で行われていた糸撚りの秘密を探るため、上番頭に取り入って酒を飲みに外へ連れ出し、何気なしに機の様子を聞き出そうとしたが要領を得なかったため、土蔵に忍び込んで体得したと伝えられる<ref name="八木1970、22頁。"/><ref name="八木1970、124頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、124頁。</ref><ref name="窪田1973,49p">窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、49頁。</ref>。この際の経緯が、1831年（天保10年）5月に、佐平治の子孫である森田五平衛が織屋仲間にむけて綴った文書に記されている。
{{Quotation|
:かの番頭が、心をすかし、或日酒興にことよせて車の様子を尋るに、答ていやふう「我此内に勤る事巳に十年に満り、漸々去年より糸綺を許す。然れども、其仕方未だ伝へず。先中（蔵の中）に車有て、是を回す時は、白、赤と名付けて左右に分ち、是を緯<ref group="注">原文は「糸へんに貫」</ref>といふ。<ref group="注">「自分は努めて10年目になり、ようやく去年から糸撚りを許されたところだ。しかし要点はまだ教えてもらえない。前の方に車があって、これを回す時は白と赤と名付けた糸を左右に分ける。これを緯と言うんだ。」(窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、49頁。)</ref>」因玆少しく其道を知難く、得と訳らず。夫より様々工夫をなし、昼は鬱々として食を忘れ、夜は思案にふして不眠、厳冬の寒にも爐に寄事なく、摧肝胆こと言んかたなし。
:巳に年極月（11月）に至れども其秘法を考知事能ず、弥力を落し、無念骨髄に徹し、我斯く計に丹誠をこらす甲斐なきも止ぬる事の口惜さよ。今は是までと彼一間へ忍込、年来の念願を晴さん、若、見付られなば一命を菩薩に捧るのみ（と）称名（観音の御名）心をしづめ、鍵を盗み、音をさせじと気を付て、兼て覚へし戸まへのくぐり漸にして忍入れば、暗がりに行当る。慥かに是と撫まわし撫まわし漸々糸口の仕掛、紋のもよう、其術、そこそこに悟って、おもはず丁と手を打て悦ぶ音に、主人目を覚す<ref group="注">思いあまり、ついには鍵を盗み出して織機のある一間に忍び込んだ。音を立てないように気をつけながら闇の中を進むと、夢にまで見た機に行き当たった。暗がりの中、無我夢中で機を撫でまわしてその構造を理解し、糸の仕掛けや紋の状態もなんとか覚えて、思わず手を打って喜んだ物音で、寝ていた主人を起こしてしまった。(窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、49頁。)</ref>。|『中郡誌稿』<ref name="峰山町1963,192-194"/>}}
[[File:丹後ちりめん機屋の様子。八丁撚糸機.jpg|thumb|1917年（大正6年）に撮影された八丁撚糸機（中央）]]
1719年（享保4年）12月の、大晦日に近い頃のことである。夜陰にまぎれて糸綺屋を抜け出し峰山に戻った絹屋佐平治は、記憶を頼りに糸撚り車を組み立てて糸を撚った。その糸を持って再び上京し、実際に西陣の糸と比較して同様の撚糸を生み出すことに成功したことを確認してから、故郷に戻り、製織に着手している<ref name="峰山町1963,192-194"/>。
禅定寺には、[[1720年]]（享保5年）4月、佐平治が最初に織りあげたちりめんとされる「縮（ちぢ）み布」と、はじめて使用した糸撚り車あるいは手機機が奉納されたと伝えられているが、現在は「縮み布」のみが寺宝として保管されている。このちりめんは、原形である京のお召ちりめんよりも厚手でシボが高い、重目の織物で、峰山独自の「丹後ちりめん」だった<ref name="峰山町1963,192-194"/>。
まったくの同時期、[[加悦谷]]では、京都と丹後を行き来する中間問屋であった後野（うしろの）村の[[木綿屋六右衛門]]<ref group="注">1746年（延享3年）9月7日に病没。墓碑銘は銀誉樹磲信士。</ref>も機業復興をめざし、日頃から懇意にしていた西陣の織屋に秘かにちりめん技法の伝授を依頼、加悦村の[[手米屋小右衛門]]<ref group="注">1748年（寛延元年）8月11日に病没。墓碑銘は随道（堂）宗緑上座。</ref>と三河内（みごち）村の[[山本屋佐兵衛]]<ref group="注">1750年（寛延3年）1月1日に病没。墓碑銘は立誉常然信士。</ref>を西陣に送って4年かけて技術を習得させ、1722年（享保7年）、故郷に持ち帰らせた<ref name="松岡2007、7頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、7頁</ref><ref name="図録1989、12頁"/><ref>{{Cite web |url=http://www.yosano.or.jp/chirimen-kaido/?page_id=43 |title=ちりめん街道 |publisher =|accessdate =2018-02-23}}</ref>。3人の郷里である加悦谷の上四ケ所と呼ばれる地方（加悦村・後野村・算所村・三河内村）には山林等がなく、農耕も十分にはできない風土であったため、この地方の農民は古代から機業によって生計を支えていたのである<ref group="注">「機方文書」1666年（寛文6年）</ref>。小右衛門と佐兵衛が修行に出ている間、木綿屋六右衛門は彼らの家族の生活すべての面倒をみたと伝えられる<ref name="八木1970、23頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、23頁</ref>。与謝野町の[[ちりめん街道]]にある杉本家住宅の前には「縮緬発祥之地」として、手米屋小右衛門の功績をたたえる石碑が置かれている。
絹屋佐平治とあわせてこの4人を丹後ちりめんの創業者として、毎年5月には峰山で「始祖慰霊祭」が、秋には三河内で「織物始祖祭」が執り行われ、現在もその功績が語り継がれている<ref>丹後織物工業組合『創立50周年記念誌』1971年、8頁。</ref><ref name="加悦町史概要版2004,153-154p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、153-154頁。</ref><ref name="窪田1973,50p">窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、50頁。</ref>。
===江戸時代===
[[File:丹後ちりめん請合状之事（1726年）.jpg|thumb|1726年（享保11年）に、京御池中保利町の吉野屋自治右衛門から峰山の絹屋衆にあてられた「請合状之事」。問屋販売を請け負ったことや、代銀は滞りなく渡していること、2人の保証人などについて説明している。丹後ちりめんの商取引に関する文書としては、現存する最も古いものである。（丹後織物工業組合所蔵）]][[File:諸国産物大数望（1840年）.jpg|thumb|1840年（天保11年）に発表された「諸国産物大数望」]]
絹屋佐平治、手米屋小右衛門、山本屋佐兵衛が習得した技術は惜しみなく公開され、瞬く間に丹後一円に広まった<ref name="産地の紹介"/>。江戸～明治期の文書に残された機屋の名は男性名ばかりであるが、ひとつの機でちりめんを織りだすには何人もの人手を有した。実際に機業を支えたのは、家庭内における女性や子供の労働力であったといわれる<ref name="加悦町史概要版2004,156-157p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、156-157頁</ref>。年貢を賄うための農耕や野良仕事もまた重要であったので、男は野に出かけ、女房や娘たちが機女となった<ref name="窪田1973,50p"/>。丹後地方には、当時すでに紬などの製織技術の蓄積があったことも助けとなり、峰山では[[1726年]]（享保11年）、加悦谷では[[1728年]]（享保13年）には京都に取引問屋をもつに至った<ref name="八木1970、23頁。"/>。技術導入からわずか6年後の「請合状之事」には、京都で5軒の問屋が丹後ちりめんの販売を請け負っていたことが記されている<ref name="図録1989、15頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、15頁</ref>。峰山を中心に[[中郡 (京都府)|中郡]]では概ね重目のちりめんを、[[竹野郡 (京都府)|竹野郡]]では中目のちりめんを、加悦谷一帯の[[与謝郡]]では軽目のちりめんを産出した<ref>『京都府誌 下』京都府、1974年、18頁。</ref>。
一方、京都では、[[1730年]]（享保15年）6月の大火で[[西陣]]の織機の7,000台のうち3,120台が焼失したことにより織物が品薄となり、需要に対する供給減の追い風を受けた丹後や[[桐生]]などの新興縮緬産地は大きく発展した<ref name="松岡2007、7頁"/><ref name="丹後のはた音、217頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、217頁。</ref>。後年の丹後の機業の基盤は、この時期に築かれたと考えられている<ref name="成田2014,136p">成田景堯『京都に学ぶマーケティング』五絃舎、2014年、136頁。</ref>。京の市場に比較的近いという地理的条件も幸いした。当時、丹後ちりめんの流通を支えたのは、背板や天秤かごを使って重さ60キログラムにもなる縮緬を、丹後から京都に運び続けた「ちりめん[[飛脚]]」である。1726年（享保11年）に定められた「ちりめん飛脚安定法」に基づいてちりめんを運んだ<ref name="丹後のはた音、216頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、216頁。</ref>。屈強な男たちが重い荷を抱えて[[大江山]]を越える姿が行列をなしていたという。往路はちりめんを担いで3日かけて京に行き、復路は大金を抱えて2日で帰った、と、[[民謡]]に唄われている<ref>丹後ちりめん歴史館館内掲示資料より</ref>。
丹後ちりめんは、やがて、縮緬の主産地であった西陣を脅かす存在にまで成長したため、西陣は再三、幕府に対して地方絹の流通量制限を願い出ている。西陣の訴えを受けて、幕府は[[1744年]]（[[延喜]]元年）、地方産地の進出制限令を発布し、丹後は36,000反まで、桐生は9,000反までに出荷量を制限された<ref name="丹後のはた音、217頁"/><ref name="窪田1973,50p"/>。さらには、許可制の導入や[[寛政の改革]]における全国的な倹約奨励で、従来の京都絹問屋が閉鎖されるなど大きな打撃を受けた<ref name="図録1989、15頁"/>が、[[峰山藩]]では藩内で製織された縮緬を一手に集め、一反ごとに検査する「反別検査」制度を設けて、販売は「改印」を受けた合格品だけに限ることで品質を保証し、問屋を定めて新たに堺など大阪方面への販路拡大を図るなどして乗り切った。1789年（寛政元年）12月に導入されたこの反別検査は、丹後ちりめん機業史上で最初の製品検査制度である<ref name="丹後のはた音、219頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、219頁。</ref>。後述する宮津領内の闇機による粗製濫造品で被害をうけていた[[1820年]]（[[文政]]3年）には、[[峰山藩]]のほか、周辺地域の[[宮津藩]]や[[天領]]・[[久美浜]]の機屋も連携し、[[口大野村]]（[[京丹後市]][[大宮町 (京都府)|大宮町]]）に「三領分大会所」と呼ばれる機屋の統一組織を作るなどして対抗した<ref name="図録1989、17頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、17頁</ref>。1830年代に行われた[[天保の改革]]では勤倹令によりちりめんの販売が禁止され、丹後ちりめん産業は深刻な影響を受けるが、峰山藩は京都に呉服所を設け、再び京都での販売に着手している<ref name="丹後のはた音、220頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、220頁。</ref>。また、宮津藩も宮津御用場を京都に設けて対抗した。
[[1840年]]（[[天保]]11年）の「[[諸国産物大数望]]」では「西の小結」と記録されるほどに販路を拡大し、織物では[[京羽二重]]と並び最上位に記された。また、天保年間の越後屋（のちの[[三越]]）京本店における地方絹の入荷量を分析した松本四郎の論文によると、丹後ちりめんはその半数を超え、全国トップを争う織物となっていたことが記されている<ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、7頁・122頁</ref>。
[[1868年]]（[[明治]]元年）の丹後機業の戸数と機台数は、中郡が196戸で210台、竹野郡が286戸で324台、与謝郡が928戸で973台となっていた<ref name="窪田1973,51p"/>。
==== 峰山藩（峰山）の動向 ====
丹後ちりめんの創織は、わずか19カ村・1万[[石 (単位)|石]]余の貧しい小藩であった[[峰山藩]]には、渡りに船だった<ref name="窪田1973,50p"/>。峰山藩の藩主であった[[京極氏]]は絹屋佐平治を高く評価し、1730年（享保15年）、一介の小機屋にすぎなかった佐平治を森田治郎兵衛と改名させ、名字帯刀を許し、「お召、ちりめんや」の紺染めののれん<ref group="注">藩主の京極高長の自筆による。1927年（昭和2年）の北丹後地震で焼失した。（丹後織物工業組合『創立50周年記念誌』1971年、7頁。）</ref>と「ちりめんや」の屋号を与えて厚遇した<ref name="丹後のはた音、216頁"/>。佐平治、48歳の時である。領民には「縮緬職業の儀は当所第一の業柄」として、積極的に治郎兵衛からちりめんを習い織ることを奨励し、抜け売りや地売り、闇取引などの不正を禁じて、藩自ら生産や品質を管理運営した<ref name="峰山町1963,218">『峰山郷土史 上』峰山町、1963年、218頁。</ref><ref name="図録1989、17頁"/>。これら藩の保護政策ため、峰山藩では縮緬の品質が向上・維持された。[[1789年]]（[[天明]]9年）に刊行された『[[絹布重宝記]]』では、丹後ちりめんは「丹後縮緬、全体糸のよりわかく紋ひくし、絹の性も柔なり、万事唐屋形縮緬に似たる品多し、地性余り強くはなし、中にも不勝絹は着用して毛むく立なり、加屋・宮津より出るもの至て下品なり」と酷評されているが、峰山産のものに関しては高く評価されている<ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、122頁</ref><ref name="丹後の紡織Ⅱ,1986,6p">京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅱ』京都府教育委員会、1986年、6頁。</ref>。峰山城下町の織機は、1762年（宝暦12年）8月には約90台にのぼり<ref name="丹後のはた音、218頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、218頁。</ref>、[[1868年]]（[[明治]]元年）には約160台にまで発展した<ref name="窪田1973,50p"/>。
佐平治の居住していた中町は、[[1872年]]（明治2年）に地名を「織元」と改め、現在その場所には「丹後ちりめん始祖森田治郎兵衛翁発祥地」と記す石碑が建てられている<ref name="たんご通信2003,50-51p"/>。
==== 宮津藩（加悦谷）の動向 ====
機業を保護・奨励した峰山藩と異なり、他領も含めて7万石の宮津藩に属する加悦谷地方の丹後ちりめんは苦難の道をたどった。当時の宮津藩主であった青山氏は、機業はあくまで副業との認識から、[[西陣]]など外部勢力の妨害に対しては保護政策をとったが<ref group="注">[[1736年]]（明和6年）、西陣の息のかかった糸問屋が丹後地方への原料糸の供給を停止した。これに対して宮津藩は機業家の後ろ盾となり、江州商人の生糸問屋を加悦谷に出店させ、奥州や関東地方の糸を取り寄せて対抗し、結局は原料糸の供給停止も撤廃された（[http://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/2013/49-1_02-05.pdf 中西典子「過疎高齢地域の産業と福祉をめぐる小規模自治体と事業者との連携（上)」立命館産業社会論集、第49巻第1号、2013年6月。]）。</ref>、一方では、機業を行う農民に対して「農耕を怠っている」として圧力をかけ続け、創織後28年目の[[1749年]]（[[寛延]]2年）には、機業停止の弾圧を行った。前述のとおり自然条件から農耕だけでは暮らしが維持できない算所村を中心に、加悦谷の農民達は、逃散も辞さない構えで藩と交渉を重ね、年貢の不足は縮緬の代銀で納入すると申し出てなんとか機業を続けられることになったが、その代償として過酷な「機方運上（営業税）」を取り立てられることとなった<ref>{{Cite web |url=http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/09305.pdf |title=宮津藩の丹後縮緬機業政策について |format=PDF |publisher =足立政男 |accessdate=2018-03-13}}</ref>。機業停止の命令はその後も2～3度あり、農民側はその都度「御免」を陳情し、多額の税金を負担した<ref name="丹後のはた音、217頁"/>。[[1759年]]（[[宝暦]]9年）、青山氏から本荘氏6万石へと藩主が代わっても方針は変わらず、農民の暮らしを絞り続けた。[[1762年]]（宝暦12年）には許可を得たもの以外は縮緬を織ってはならないとする「機株」制度を設け、[[1775年]]（[[安永]]4年）には機数改めが行われて一機あたり40[[匁]]が課税された<ref name="図録1989、17頁"/>。そのような圧政にあっても、加悦谷地域において機業は生活のために欠くことのできない生業であり、一軒で複数の機を持つことも多かった<ref group="注">嘉永7年の加悦谷の機屋は32軒に対し、機数は92機だった。もっとも多い8台を所有していた手米屋利右衛門の場合、うちの6機は「掛機（懸機）」といって、器具や材料を与えて他者に織らせて製品を受け取り、織手に報酬を支払った。</ref>。宮津藩領内の機数は、[[1771年]]（明和8年）には302台に達し、その半数近くを発祥の地である加悦谷の三河内村・加悦村・後野村が占めていた。機数はさらに増え、[[1803年]]（享和3年）には、宮津藩領内全体で979台、このうち加悦谷地域が743台を占めていた<ref name="加悦町史概要版2004,156-157p"/>。
本荘氏の5代目藩主、[[1808年]]（[[文化]]5年）に25歳で家督を継いだ[[松平宗発|本荘宗発]]は、田舎大名としては異例の出世街道を突き進んだが<ref group="注">27歳で桜田御門勤番役に就任、38歳で寺社奉行になり、11代将軍[[徳川家斉]]にとりいって44歳で大阪城代、47歳で京都所司代、[[1835年]]（[[天保]]6年）には52歳で老中になった。</ref>、その陰には莫大な賄賂献金があったといわれており、宮津藩の財政は火の車だった。そのため、「六公四民」とよばれる米の収穫高の6割を年貢として納めさせる元々の公租年貢に加え、「お講」「お頼み銀」と次々に税を課し、ときに先納を命じた。「御預け米」と称されたその先納は、毎年、米1万5千[[俵 (単位)|俵]]を前納させるものだったが、さらに「追先先納」と称して1万5千俵をとりたてる決定も下された。もともと土地が痩せていて農耕だけでは暮らせないがゆえに機を織る土地柄で、米3万俵の先納は容易に受け入れられることではなかった<ref name="野村1978,110-111p">野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、110-111頁</ref>。[[1821年]]（文政4年）には莫大な献金の必要が生じたことから、領内を国勢調査し、男女7歳以上70歳以下の者すべてから1人1日銭2[[文 (通貨単位)|文]]の人頭税「万人講」を徴収した<ref name="八木1970、19-20頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、19-20頁。</ref>。この人頭税も当初は3文徴収することが計画されたもののさすがに無茶と反対する家老もあり、2文になったものと伝えられる<ref name="野村1978,114-115p"/>。
加悦谷の農民が重税にあえぐ一方で、藩権力と結びついた岩滝村（現・与謝野町[[岩滝町|岩滝]]）や宮津城下の有力商人の多くが無制限に闇機をつくり、それまで機方のなかった村にまで闇機をはやらせて粗製濫造し、寛政の改革後の品不足の中でそれらの悪質なちりめんを売りさばいて富を築いていた。[[1822年]]（[[文政]]5年）12月に勃発した丹後地方では史上最大規模の百姓一揆、いわゆる[[文政一揆]]は、このような宮津藩の圧政と、藩権力と結びついた商人への怒りが背景にある<ref name="図録1989、17頁"/><ref name="八木1970、24-34頁。">八木康敞『丹後ちりめん物語―「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、24-34頁</ref>。文政一揆では、闇機業・闇売買を行っていた商人のことごとくが打ちこわしにあった。その数は5日間で55軒とも60軒余とも記録されている<ref name="野村1978,114-115p">野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、114-115頁</ref>。文政一揆は農民側の完全勝利で終結し、追先先納と万人講は廃止された<ref name="野村1978,118p">野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、118頁。</ref>。しかし、一揆の首謀者に対する詮議は直後に始められ、最終的に農民5名が死罪又は永牢となり、貢租の軽減を主張していた藩政改革派の宮津藩家老・栗原理右衛門とその子息も格禄取り上げのうえ入牢となった<ref>野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、119-120頁。</ref>。このほか幾人かが追放などの処分を受けた。
=== 明治・大正時代 ===
[[File:丹後ちりめん機屋の様子。.jpg|thumb|1917年（大正6年）に撮影された機屋内部の様子。]][[File:丹後ちりめん機屋の様子。糊付け.jpg|thumb|糊付け工程。]]
==== 海外とのかかわり ====
明治維新により旧規が撤廃されると、織物に使われる生糸は重要な輸出品となった。さらには織物自体も海外向けの品が珍重されるようになった。明治末期から大正期にかけて作成された[[橋立 (織物見本帖)|織物見本帖「橋立」]]には、外国向けの様々な織物が含まれており、海外販売を意識した製織が行われていたことがうかがえる<ref name="大丹後展2015、128頁。">丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、128頁</ref>。
[[1871年]]（明治4年）の[[廃藩置県]]で[[豊岡県]]が誕生すると、大野右仲県権参事は丹後縮緬を県の特産品として手厚く保護した。明治新政府が国を挙げて参加した[[1873年]]（明治6年）の[[ウィーン万国博覧会]]では、出展品を検討するため各府県に一品の報告が求められ、そのうちの織物に関する報告を集めた「[[織物集説]]<ref>{{Cite web |url=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538125 |title=国立国会図書館デジタルアーカイブ『織物集説』 |publisher =|accessdate =2018-03-19}}</ref>」によると、豊岡県では中郡峰山産と、宮津近傍産の縮緬について報告しており、峰山産の縮緬の質が良いとされ、博覧会にも出品されて、賞を受けている。[[1875年]]（明治8年）には米国独立百年祭万国博覧会に出品<ref name="窪田1973,51p">窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年、51頁。</ref>。[[1876年]]（明治9年）の[[フィラデルフィア万国博覧会]]でも、峰山産の縮緬が出品された<ref name="松岡（2007）、11頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、11頁</ref>
<ref name="図録1989、12頁"/>。さらに、[[1900年]]（明治33年）[[パリ万国博覧会]]では、口大野村の[[鵜飼源右衛門]]が銅賞を受賞したほか、浜見利七、小林新七、加畑万助、尾藤広吉、塩見徳三、小林忠七、尾藤直蔵、江原徳右衛門の8名が入賞して、出品した丹後ちりめんはフランスで完売した<ref name="大丹後展2015、126頁。">丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、126頁</ref>。この時、日本最初の女優とされる[[川上貞奴]]が口大野村で製織された絹のドレスを身に着けて出演し、そのドレス地は仏蘭西縮緬と称され、明治30年代に流行した<ref name="加悦町史概要版2004,167p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、167頁。</ref>。おそらくこれが、鵜飼のちりめんであろう。鵜飼のちりめんには、その後にフランスの商社から注文が入り、「仏蘭西ちりめん」と呼ばれるようになったと伝えられている<ref name="大丹後展2015、126頁。"/>。また、[[シカゴ万国博覧会]]でも、丹後ちりめんは多数の受賞者を輩出した<ref name="松岡（2007）、18頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、18頁。</ref>。
明治期には技術革新もすすみ、[[1894年]]（明治27年）には丹後地方最大のちりめん工場となる西山第一工場（[[西山機業場]]）が稼働した。[[1900年]]（明治33年）には[[ジャカード]]が普及し、紋紙を使用する技術が本格的に導入された。[[1904年]]（明治37年）には、西山第二工場、第三工場が増設され、ドイツのオットー社製の[[発動機]]とスイス製の[[力織機]]が導入され、丹後地方ではじめての動力による縮緬製織がスタートした<ref name="消費科学57、6-7"/><ref name="ドーエ2017、4頁">与謝野町観光協会「Do:e（ドーエ）」2017.vol.2 丹後ちりめん特集、4頁</ref><ref group="注">[[1908年]]（明治41年）が始まりという説もある。</ref>。
{| class=wikitable border="1" style="text-align:left"
|+明治期に導入された技術<ref name="消費科学57、6-7"/>
!年||概要
|-
|[[1887年]]（明治20年）
|style="text-align:left"|引き打ち装置（バッタン付き織機）の導入が始まる。
|-
|[[1893年]]（明治26年）
|style="text-align:left"|加悦の杉本治助（西山機業場創設）によって、ジャカード織機が導入され始める<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、69頁。</ref>。
|-
|[[1902年]]（明治35年）
|style="text-align:left"|足ふみ織機の導入が始まる。
|-
|[[1904年]]（明治37年）または[[1908年]]（明治41年）
|style="text-align:left"|ガス発動機での力織機の導入が始まる。
|-
|}
==== 国内での評価 ====
[[1903年]]（明治36年）大阪で開催された[[内国勧業博覧会#第5回内国勧業博覧会|第5回内国勧業博覧会]]に出展された多数の織物のうちの504種類を納める実用社の『第5回内国勧業博覧会紀念染色鑑』には、丹後で製織された「旭織」（第65号）、「輸出向薄縮緬」（第66号）、「丹後縮緬」（第68号）<ref group="注">この頃国内向けに流行していた、紡績絹糸を生糸に混ぜて織られた「絹紡縮緬」だった。「別赤縮緬」ともよばれる。</ref>、「紋織絹縮」（第69号）<ref group="注">地紋と金糸織が経緯に織られた高度な技術を要する丹後ちりめん。</ref>の4点が紹介されており、その産地は加悦谷・峰山・岩屋（旧野田川町岩屋地区）となっている。この時の博覧会では、三河内の坂根精一が特許を取得している「千代鹿の子」も出品され、一等を受賞している<ref name="大丹後展2015、124頁。">丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、124頁</ref>。
==== 明治-大正期の課題 ====
開国の流れを受けて躍進する丹後ちりめんであったが、原料である生糸が輸出優先で生産されていたために不足して高騰し、国内消費を目的に量産された丹後ちりめんは、生糸のくずやくず繭を原料とする紡績絹糸や、旭織のように撚らない糸を緯糸とする、ちりめんのようにみえる織物、絹糸以外に綿糸も用いた綿ちりめんなど、安価な織物を生産する粗製濫造傾向に陥ることにもなっていた<ref name="図録1989、18頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、18頁</ref>。また、1876年（明治9年）に豊岡県が廃止されて丹後地方が京都府の一部となると、府は丹後側に何の連絡もなく、膝元の西陣機業をひきたてるため、丹後地方の機業の進出を抑制する「丹後職工引立規則」<ref group="注">「丹後職工引立仮規則」ともいう。</ref>を定め、丹後ちりめん業界の自由な活動は規制された<ref name="八木1970、10頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、10頁</ref>。この規則は、丹後側の反対運動により、その後廃止されている<ref name="丹後のはた音、223頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、223頁。</ref>。
[[1882年]]（明治15年）頃からは、とくに不足していた生糸を使用した本ちりめんは、仲買業者の介入により生地を精錬加工せずに京都に出荷するようになった。これは、京都で精錬後にキズがあった場合すべて丹後側の「難もの」として戻され、大きな損失を生むことにつながった。なかには、精錬後にはじめて見つかる織難を悪用し、欠陥がなくてもあったと称して問屋が値引きや返品を迫る例もあった。一方で丹後の縮緬業者のほうでも、重いほうが値が高くなることから、出荷する精錬前の縮緬に砂糖水をかけたり、生糸に糊をつけるなどの不正増量が横行した<ref name="図録1989、20頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、20頁</ref>。
ちりめんを半製品状態で出荷する下請けの不利を指摘し、丹後機業の自立を促したのは、[[1914年]]（[[大正]]3年）に丹後地方を視察した[[農商務省]]の岡実商工局長である<ref>京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』京丹後市役所、2016年、163-164頁</ref>。これを受けて翌[[1915年]]（大正4年）、残っていた精錬業者を中心に丹後縮緬国練期成同盟会が結成され、粗製濫造や不正な増量などを是正し品質を保証するべく、丹後で精錬まですませてから出荷する手立てが講じられた。西陣は[[政友会]]を通じて執拗にこれを阻止しようとし、また丹後の縮緬業者のほうでも精錬後のちりめんは貯蔵が困難であることや、京都からの大量取引や見込み買いがなくなることへの危惧から反対する者もいた<ref name="図録1989、22頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、22頁。</ref><ref group="注">反対の背景には、国練制度導入を推進した丹後縮緬同業者組合の津原武組合長が民政党であったことによる政治的対立や、これまで重量をごまかす不正を行っていた縮緬業者の反発があったとみられる。</ref>が、ついに[[1921年]]（大正10年）、与謝郡・中郡・竹野郡の組合が合併して丹後縮緬同業組合が発足した。[[1928年]]（[[昭和]]3年）には丹後一帯で5か所の精錬工場と倉庫を建設、丹後地方で精錬する「国練」を実施し、組合が検品したうえで出荷することが可能になった<ref name="図録1989、20頁"/><ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、8頁</ref><ref name="八木1970、10-11頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』1970年、三省堂、10-11頁</ref>。
=== 昭和時代 ===
==== 戦前 ====
[[1927年]]（昭和2年）3月7日の[[北丹後地震]]では8割<ref group="注">全織機数5,596台中4,518台が破損した。全壊・全焼が3,632台、半壊・半焼が886台。（『丹後のはた音』1998年、226-227頁。）</ref>もの織機が損壊した。この地震では同時に発生した火災による被害がとりわけ大きく、職人の多くが被災し、ちりめんや原料の生糸が焼ける被害を受けた<ref group="注">丹後機業の組合員1,537戸のうち、全壊・全焼882戸、半壊・半焼293戸、従業員230名が死亡した（『丹後のはた音』1998年、226-227頁。）</ref><ref>京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』 京丹後市役所、2016年、145頁。</ref>。なかでも丹後ちりめん発祥の地・峰山町の被害は甚大で、9割以上の家屋が焼失し、町民の2割以上にあたる約1,000人が死亡した<ref>京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』 京丹後市役所、2016年、147頁。</ref>。丹後機業はもはや再起不能と噂されたが、同年末には機数5,880台、年間生産価格3,400万円と、震災前を上回る規模にまで復興した<ref>京都新聞 2011年3月17日（金）</ref><ref>京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』 京丹後市役所、2016年、154頁。</ref>。政府による復興資金の融資や補助金のほか、ちりめんが好況だったために銀行や京都の問屋も資金援助を惜しまなかったことが復興を援けた<ref name="松岡2007年、24頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、24頁</ref>。[[1928年]]（昭和3年）には、国練検査制度が、[[1933年]]（昭和8年）には押印制度が開始され、絹織物の高級ブランドとしての地位が確立された<ref name="松岡2007年、24頁"/>。
[[1930年]]（昭和5年）から京都府織物指導所<ref group="注">現在の京都府織物・機械金属振興センター。</ref>が作成した「試織品見本帳」からは、黄金時代を迎えた丹後ちりめんの盛華ぶりを、婚礼衣装などからうかがうことができる<ref name="図録1989、22頁"/>。[[1929年]]（昭和4年）には[[世界大恐慌]]が生じ、日本も[[昭和恐慌]]の時代を迎えていたが、アメリカへの輸出で支えられていた生糸の価格が暴落したことでコストダウンが計られ、北丹後地震後に新型織機を導入できていたことが功を奏し、大衆へと購買層を広げた丹後ちりめんは飛ぶように売れた<ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、130-131頁</ref>。[[1934年]]（昭和9年）2月の見本帳には、「内地婦人洋装ガ加速度ニ増加シツ、アリ」と記載され、和装以外の織物も模索されていたことがうかがわれる。同年7月の見本帳には、和装のコート用の布地として毛織物より縮緬が好まれるようになってきていることや、防寒よりも装飾が重視されて重いものは好まれないこと、縫取ちりめんに金糸を用いるのは大阪では好まれるが京都では好まれない、など、産地で製品化が図られていた様子を垣間見ることができる<ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、132頁</ref>。
==== 戦中 ====
[[1937年]]（昭和12年）に[[太平洋戦争]]が勃発すると、翌年には金糸や金箔が使用禁止となり、[[1940年]]（昭和15年）から7月には「奢侈品等製造販売制限規制」により当時の丹後ちりめんで主流だった縫取縮緬などを生産・販売することができなくなった<ref name="図録1989、22頁"/>。翌[[1941年]]（昭和16年）12月には、生糸は配給制になり、国が定めた規格品以外の製造が禁止された<ref name="松岡2007年、25頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、25頁</ref>。さらに、[[1942年]]（昭和17年）11月から金属供出令による織機の供出がはじまり、終戦までに丹後地方全体で力織機の約6割が失われ、機業者も6割以上減少した<ref group="注">織機は、昭和17年に16,030台のところ昭和18年には6,408台に減少。機業者は昭和17年には1,383人だったが、昭和18年には501人となっていた。</ref><ref name="丹後のはた音、228頁">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、228頁。</ref><ref>野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、94頁</ref>。敗戦の年である1945年（昭和20年）にはほとんど生産されず、生糸の配給や指定生産は戦後も続き、本格的に復興するのは昭和30年代に入ってからとなった<ref name="図録1989、22頁"/>。
[[1938年]]（昭和13年）から2～4カ月おきに作られてきた「試織品見本帳」は、[[1943年]]（昭和18年）3月を最後にいったん途絶え、戦後再開するまでおよそ3年半の空白が生じている。この頃の丹後縮緬工業組合の機関紙「丹後縮緬」には、生活必需織物を考案する記事が増え、組合名称も「丹後'''縮緬'''工業組合」から、「丹後'''織物'''工業組合」へと改称している。この時期に試織された「服地」見本が京都府織物・機械金属振興センターに残されているが、従来は毛糸を材料とする[[綾織|サージ]]を絹糸で製織した「絹サージ」など、生き残りをかけた丹後ちりめん業者の試行錯誤を垣間見ることができる<ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、133頁</ref>。
====戦後====
[[1946年]]（昭和21年）10月、再び作られるようになった「試織品見本帳」は、「輸出向高級ワイシャツ地」からはじまる。以後、垣間見えるところでは、[[1948年]]（昭和23年）頃から輸出向けの縮緬が増えてゆき、戦前と同じく洋装や輸出向けの生産が行われたことがわかる<ref name="大丹後展2015,134p">丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、134頁</ref>。当時の日本は食糧輸入の見返りとしてアメリカ向けの輸出製品を増産する必要に迫られており、1946年（昭和21年）10月に発表された「養蚕復興五カ年計画」と「繊維産業再建五カ年計画」を受けて、洋裁向けに広巾のフラットクレープやデシンクレープが織られ、これらが米国において「丹後クレープ」と呼ばれて好評を博した<ref name="成田2014,136p"/>。丹後織物は、一時は輸出用織物の3割を占めた。しかし、求められた少品種大量生産は丹後地方の生産体制には合わず、[[1949年]]（昭和24年）に生糸や絹織物への統制が撤廃されると、再び西陣の先染織物を中心とした国内向け絹織物の生産へと回帰していく<ref name="大丹後展2015,134p"/>。
[[File:Silk 西陣帯（丹後産）.jpg|thumb|ガチャマン時代に丹後地方で織られた西陣帯の織物の一例。]]
昭和30年代半ば頃からの[[高度経済成長]]期、普段着の洋装化に伴い、着物は晴れ着やフォーマルといった高級品のみとなっていく。高級絹織物として活路を見出した丹後ちりめんは、[[吉永小百合]]や[[若尾文子]]などの女優のプロマイド入りの宣伝ポスターを制作して全国のデパートや商店に配布し、「ミス丹後ちりめん」の選出を行うなど華やかな宣伝を繰り広げた<ref name="窪田1973,51p"/>。丹後ちりめんは婚礼調度品や成人式の振袖や訪問着、喪服など、着物生地の必需品としてもてはやされ、この頃の学校行事には、ほとんどの母親が色無地に黒羽織を重ね着した装いで出席し、冠婚葬祭ではちりめんの着物を礼服として着用した<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、195頁。220頁。</ref><ref name="大丹後展,2015,135p">丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、135頁</ref>。ガチャっと一織りすれば万単位で儲かるという意味で「[[ガチャマン景気|ガチャマン]]」と呼ばれた最盛期には、峰山地方振興局管内だけでも約6,000の事業所があり<ref name="たんご通信2003,50-51p">『たんご通信 記念号』丹後リゾート推進連絡協議会、2003年、50-51頁。</ref>、少なくとも4割～5割以上の世帯で機が織られた<ref name="野村1978,46p">野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、46頁。</ref><ref name="たんご通信1995,17p">『たんご通信 4号』丹後リゾート推進連絡協議会、1995年、17頁。</ref>。丹後ちりめんは、[[1973年]]（昭和48年）には919万7000反余を生産して2200億円の生産高を記録し、頂点に達した<ref name="消費科学57、6-7"/><ref name="奥丹後地方史1991,162p">奥丹後地方史研究会編集委員会『写真が語る明治・大正・昭和の丹後』文理閣、1991年、162頁。</ref>。経糸に駒糸を用い、緯糸を二重にして地紋の変化をねらった「紋意匠ちりめん」が全盛の時代である<ref name="大丹後展,2015,135p"/>。機屋の戸数は[[1975年]]（昭和50年）が最多で、丹後織物工業組合に所属していた機業戸数は10,100戸、就業者数は22,797人だった<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、220頁。</ref><ref>『組合史-丹後織物工業組合六十年史-』丹後織物工業組合、1981年、227-231頁</ref>。
その後は和装需要の減少、韓国や中国で織られた安価な縮緬等の輸入増加とともに徐々に生産量が落ち込み、[[2001年]]（[[平成]]13年）頃には100万反を切り、[[2009年]]（平成21年）には50万反を切り、[[2014年]]（平成26年）には32万1千反余まで減少した<ref name="松岡2010、83頁">松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年、83頁</ref>。
{| class=wikitable border="1" style="text-align:left"
|+昭和期に導入された技術<ref name="消費科学57、6-7"/>
!年||概要
|-
|[[1933年]]（昭和8年）
|style="text-align:left"|イタリー撚糸機の導入が始まる。電気の普及により、力織機などは徐々に電気動力となっていく。
|-
|[[1935年]]（昭和10年）
|style="text-align:left"|追杼装置付き力織機の導入により、一越ちりめんの製織が始まる。
|-
|[[1968年]]（昭和43年）
|style="text-align:left"|鉄製の八丁撚糸機の導入が始まる。
|-
|[[1983年]]（昭和58年）
|style="text-align:left"|コンピュータージャカード、及び、コンピュータによる柄分解システムの導入が始まる。[[1988年]]（昭和63年）には導入台数が急増し、694の事業所で1,331台が導入された<ref name="丹後のはた音1998,242p"/>。
|-
|}
===== 苦渋の生産調整 =====
オイルショックからの全国的な不況に加えて、[[1974年]]（昭和49年）8月、生糸一元化輸入措置が発動され、原材料である生糸を安価で入手できなくなったことが、ちりめん不況に追い打ちをかけ、丹後ちりめん衰退の流れをつくった<ref name="内橋1995,58-61p">内橋克人『共生の大地 新しい経済がはじまる』岩波新書、1995年、58-61頁。</ref><ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、197頁。</ref>。この輸入措置は、生糸の価格を高額で維持し、養蚕農家を保護しようということが大義であったが、一方で製品の輸入は実質的に自由化されるという大きな政策矛盾があり、高い値段で据え置かれた国産生糸で製織せざるをえない国内織物産地に対して「０がひとつ少ない」ECやアジア諸国の安価な輸入絹織物が増加した<ref>{{Cite web |url=http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/a084035.htm |title=衆議院「生糸の一元化輸入制度により絹織物業者に与えている損害の賠償に関する質問主意書」 |publisher =|accessdate =2018-06-12}}</ref><ref name="内橋1995,58-61p"/>。9月、織布5団体による全国織布危機突破大会が東京共立講堂で開催され、丹後地方からも13,500名の署名を集めて衆参両院の議長や地元選出議員、丹後地域の各市区町村議長らへ、規制の撤廃や緩和を求める陳情や請願が行われた<ref name="丹後のはた音1998,235p">『丹後のはた音』丹後のはた音編集グループ、1998年、235頁。</ref>。この陳情はその後毎年、20年以上欠かさず続けられたが、中央政府に地方の苦境が考慮されることはなく、長引く不況のなかで[[1976年]]（昭和51年）に韓国産の絹織物の輸入が急増すると、あおりを受けた丹後ちりめん業界では倒産や失業が相次ぎ、その数は一カ月あたり30軒にものぼった<ref name="内橋1995,58-61p"/>。これを食い止めるため、[[1977年]]（昭和52年）12月7日、丹後一帯で生産調整を目的として、ちりめん織機の共同廃棄「はたべらし」が行われた<ref>野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、195-198頁。</ref>。1,264の織物業者で、全体の12パーセントにあたる4,827台の織機が破砕され、道端に鉄くずが積み上げられた<ref>奥丹後地方史研究会編集委員会『写真が語る明治・大正・昭和の丹後』文理閣、1991年、167頁。</ref>。高額な資金をかけて購入し、家計を支えてきた織機が砕かれ捨てられる様に、織手は一生の決別を感じ号泣したという<ref>『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、47頁。</ref>。共同廃棄に該当した事業所には、組合から一定の補償が支払われたが、その後16年間、織機の増機が制限された<ref>『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、108頁。</ref>。
{{Quotation|
:昭和五十二年 十二月 七日
:丹後に つち音が ひびく。
:四十九年に オイルショックが あった。
:それからというもの
:機は 不景気の谷へ 吸いこまれた。
:こないだも
:友だちの家の機が こわされていた。
:外に出された機は 雨にうたれて
:さびる さびると 泣いた。
:機がこわされた機屋さんは
:これから どうしたらいいのだろう。
:まだ 十二月
:丹後に 雪は もっと もっと ふる。
:機屋の人たちの心の中に
:重く 冷めたく ふる。
:|野田川町・市場小学校6年生の作文<ref group="注">出典では「加悦町」となっているが、市場小学校は旧「野田川町」に位置する。</ref><ref>1977年子どもがつづる丹後の歴史編集委員会『子どもがつづる丹後の歴史』文理閣、1980年、145頁。</ref>}}
輸入織物との競合や着物離れの影響によるちりめん不況はその後も長引き、織機の共同廃棄は1977年（昭和52年）以降、[[1980年]]（昭和55年）までの毎年と、[[1983年]]（昭和58年）、[[1985年]]（昭和60年）、[[1987年]]（昭和62年）にも行われ、破砕された織機の総数は14,838台に及んだ<ref>『丹後のはた音』丹後のはた音編集グループ、1998年、237-241頁。</ref><ref name="奥丹後地方史1991,162p"/>。
=== 平成時代以降 ===
[[2005年]]（平成17年）、丹後ちりめんは、今日では希少となった[[藤織り]]や、近年誕生した特殊技法を用いる[[螺鈿織り]]の織物とともに、「丹後テキスタイル」として[[ジャパンブランド育成支援事業]]に採択された<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、225-226頁。</ref>。これら丹後の織物は世界最大の繊維見本市「[[プルミエール・ビジョン]]」の「メゾン・デクセプション（匠の技）」に招待されるなど、再び海外市場への挑戦をはじめている<ref name="京丹後2016、166頁">京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』京丹後市役所、2016年、166頁。</ref><ref>丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年、8頁</ref>。[[2017年]]1月の[[パリ・オートクチュール・コレクション]]では、フランスの有力ブランド「ON AURA TOUT VU(オノラトゥヴュ)」が丹後産の素材で制作したドレスを発表し、フランスのブランドによって丹後地方の企業8社の織物が翌年にむけて採用された<ref>{{Cite news |title=プレスリリース パリコレで採用されるなど、今、世界が注目する「丹後テキスタイル」。その魅力を伝える『丹後ちりめん回廊 日本遺産認定記念 丹後が伝える「技」と「魅力」展』を京都高島屋で開催。 |newspaper=毎日新聞 |date=2000-01-01 |author= |url=https://mainichi.jp/articles/20171026/pls/00m/020/255000c |accessdate=2018-04-20}}</ref><ref>{{Cite news |title=丹後織物のパリコレドレス見て 京都で企画展、職人の実演も |newspaper=京都新聞 |date=2017-11-01 |author= |url=http://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20171101000030 |accessdate=2018-04-20}}</ref>。[[2018年]]（平成30年）1月22日にパリ市庁舎内で開催されたコレクションショーでは、披露された28着の衣装のうち15着に丹後地方の織物が使用された<ref name="丹後織物862,20180315">{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2018/03/862.pdf |title=丹後織物862 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref>。
丹後ちりめんの技術は、和装だけでなく洋服の生地やスカーフ、ネクタイ等の小物、インテリア等にも活用されている<ref>{{Cite web |url=http://www.tangochirimen.jp/story/ |title=ｽﾄｰﾘｰ「丹後ちりめん回廊」 |publisher =|accessdate =2018-06-29}}</ref>。組合は精錬のほかに、絹織物の欠点を補い付加価値を高める様々な加工を担い、素材の開発もすすめている<ref name="消費科学58、12">日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.58、2017年12月号、新治昌弘「4,丹後の織物-丹後ちりめん-」12頁。</ref>。摩擦に強いハイパーシルク加工やポリエステル縮緬の開発など多様な分野に及び、京丹後市も、植物などを原料とし、地中で還元されるバイオフロント糸を使用する織物開発等に補助を行っている<ref name="京丹後2016、166頁"/>。[[2010年]]（平成22年）11月14日、アジア太平洋経済協力会議（APEC）で、出席した各国首脳の夫人らが着用したコシノヒロコ意匠のガウンドレスは、バイオフロント糸と絹糸に撚糸技術を施して製織した丹後ちりめんである<ref>{{Cite web |url=https://www.youtube.com/watch?v=pdHz2YdK-Jk |title=「ガウンドレス」でファーストレディ外交 |publisher =|accessdate =2018-03-19}}</ref><ref name="消費科学58、12"/>。
[[2014年]]（平成26年）の丹後地域の織物出荷額は、後染め正絹織物が約38億円、先染め正絹織物が約35億円、そのほかの様々な化合繊維織物なども含めて総額は83億円である<ref name="消費科学57、8">日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.57、2016年3月号、井澤一郎「丹後ちりめん産業と京都府織物機械金属振興センターの取り組み」8頁。</ref>。昭和の全盛期である1970年代以降、織機の稼働台数、従業員数は4分の1にまで減少しており<ref name="かんさい415、53頁"/>、産地の規模は全盛期とは比べようもないほど縮小しているが、丹後地域においてちりめんは、今日もなお重要な産業となっている<ref name="消費科学57、8"/>。
[[2017年]]4月、文化庁により[[日本遺産]]「[[丹後ちりめん回廊]]」を構成する文化財のひとつとして認定された<ref>{{Cite web|author=文化庁|authorlink=|date=|url=http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/|title=「日本遺産（Japan Heritage）」について|work=|language=日本語|accessdate=2018-2-20}}</ref><ref>{{Cite web|author=文化庁|authorlink=|date=|url=https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story043/index.html|title=日本遺産ポータルサイト「丹後ちりめん回廊」|work=|language=日本語|accessdate=2018-2-20}}</ref>。
==== 現代の課題 ====
大きな課題は、設備の老朽化と、後継者不足である。丹後地域の織機の大部分は、使用年数が40年以上に及び、破損した部品は、使用していない織機から補ってしのいでいる現状である。この対策として、京都府や地元自治体は、製造設備更新や導入にあてる費用を補助する事業を展開している<ref name="消費科学57、9"/>。
後継者の不足はさらに深刻で、丹後地方には2016年現在で800社以上の織物製造企業があるが、その約9割で後継者がいない<ref name="消費科学58、12"/>。職人の平均年齢は65歳を超えており、技術継承が危ぶまれる段階に達している<ref name="消費科学57、9">日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.57、2016年3月号、井澤一郎「丹後ちりめん産業と京都府織物機械金属振興センターの取り組み」9頁。</ref>。もともと丹後ちりめんは零細企業が多く、世の景気変動の波をまともにかぶる市場構造をもっているがために、機業は3代は続かないと評されてきた<ref name="野村1978,94-97p">野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年、94-97頁</ref>。丹後地域の機業の盛衰を機業戸数や機台数だけでみれば、[[1868年]]（明治元年）から[[1943年]]（昭和18年）までの機業戸数はおよそ千数百台で安定しており、機数は着実に増加してそれなりに発展してきたように見えるが、これは丹後機業全体の数字のマジックであって、個々の機業家で3代続いた家は稀である<ref name="野村1978,94-97p"/>。
後継者が育たない原因のひとつには織工賃が低すぎることがあるとされ、2014年（平成26年）に丹後絹織物最低工賃が改正され、後染め織物では平均14.4パーセント、西陣帯などの先染め織物では平均45パーセント、引き上げられた<ref name="消費科学57、9"/><ref name="丹後織物№837,2014">{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/837.pdf |title=丹後織物 №837 |publisher =丹後織物工業組合|accessdate =2018-06-20}}</ref>。2020年に迎える丹後ちりめん創業300年の事業実行委員会では、若い世代が産地のプロモーションにつながることを期待し、学生と事業者の協同による商品開発に取り組んでいる<ref name="丹後織物862,20180315"/>。
[[2008年]]（平成20年）に「丹後・知恵ものづくりパーク」内に移転した京都府織物機械金属振興センターでは、これらの課題に対して、技術相談や人材育成のための研修会を実施するとともに、丹後織物のブランド化事業や、炭素繊維の研究、デザインソフトによる図案集の作成など、様々な研究開発を行い、事業所への技術移転につなげる取組を行っている<ref name="消費科学57、9"/>。
== 民俗 ==
=== 養蚕 ===
[[File:三丹流製糸の図（『養蚕秘録』より）三丹とは、丹後・丹波・但馬地域を示す。.jpg|thumb|丹後・丹波・但馬地方の江戸時代以前における糸繰り（『養蚕秘録』より）]]
江戸時代末期、丹後産の生糸はあまり上質ではなく、[[佐藤信淵]]が[[1827年]]（[[文政]]10年）に刊行した『経済要録』では「丹後織等の如きは外見美なりと雖も破易きもの多し」と指摘されている<ref name="丹後の紡織Ⅱ,1986,7p">京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅱ』京都府教育委員会、1986年、7頁。</ref>。そのため、丹後ちりめんの品質の維持・向上には、良質とされた奥州福島産の生糸が用いられてきた<ref name="丹後の紡織Ⅱ,1986,10p">京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅱ』京都府教育委員会、1986年、10頁。</ref>。ちりめんの原材料である生糸を得るための[[養蚕]]は、長年様々な飼育法が試みられてきたが、確立したのは明治期の終わり頃、丹後地方では華氏70度前後<ref group="注">摂氏21.1度。</ref>を保つ折衷育がもっとも適しているとして普及した<ref name="丹後の紡織Ⅱ,1986,10p"/>。他の地方の製糸業では、器械を利用した工場による大規模経営に移ろうかという時期であったが、丹後地方においてはまだ養蚕と製糸の分業は進んでおらず、養蚕家が自ら育てた繭を自宅で糸にする旧来の体制がとられており、大正時代には「カイコサンを飼わなんだら、百円札がおがめなかった」と言われたほど、農家にとって重要な収入源であった<ref>京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅱ』京都府教育委員会、1986年、11頁。</ref><ref name="図録1989、38頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、38頁</ref>。
[[File:三丹地域の養蚕の図(『養蚕秘録』より).jpg|thumb|丹後・丹波・但馬地方の江戸時代以前における養蚕の様子（『養蚕秘録』より）]]
[[蚕]]の飼育期は地域により差があるものの、春は5月上～中旬から、夏は7月下旬から、秋は9月中旬からの年3回で、蛾が卵を産み付けた種紙を購入し、それを孵化させるところから、繭を得るまでに1カ月余りを要した。一反の着物地に必要な生糸は約900グラムで、2600粒の繭から作られ、それだけの繭を得るための蚕を育てるには、98キログラムの桑の葉を必要とした<ref name="丹後のはた音1998,192p">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、192頁。</ref>。蚕を飼う部屋は[[蚕室]]といい、[[母屋]]の座敷がこれにあてがわれた。家中の畳をあげていっぱいに蚕棚をつくった<ref name="図録1989、38頁"/>。養蚕の間は、2時間おきに4時間の作業を要したため、人は夜でも蚕の世話をしながら蚕棚の間でうたたね寝する、ほぼ不眠不休の暮らしぶりであった<ref>『丹後ちりめん女工昭和史 織手さん』久江勇（著・刊行）、1992年、79-80頁。</ref>。桑畑の世話は家内総出で行ったが、蚕の飼育はおもに女性の仕事だった<ref name="図録1989、38頁"/>。
繭から生糸をとるには、熱湯で繭を煮て、繭の糸口6～8個を座繰で1本の生糸にした。これを木の小枠に巻き取り、さらに大枠に再度巻き返して綛にした<ref name="図録1989、28頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、28頁</ref>。屋内で大量の熱湯を沸かすため、養蚕を行う農家は平屋でも現代の一般的な住居の2～2.5階に相当する高さの吹き抜けや高窓を備えた造りであった。与謝野町加悦の重要伝統的建造物群保存地区「[[ちりめん街道]]」には、現在もその面影を残す民家を見ることができる<ref>{{Cite web |url=http://www.yosano.or.jp/chirimen-kaido/?page_id=66 |title=ちりめん街道 |publisher =|accessdate =2018-06-05}}</ref>。
なお、2018年（平成30年）現在、京都府内の養蚕農家は[[福知山市]]の2軒のみとなっており、丹後地方で養蚕を行う農家はなくなった<ref>京都新聞社『ふるさとNEXT 京都府北部地域で生きる』京都新聞出版センター、2018年、44頁。</ref>
=== 信仰 ===
蚕は病気にかかりやすく、養蚕は安定した収益を期待できる産業ではなかった。農家には、ネズミなど蚕や繭に害をもたらす天敵もいた。そのため、豊蚕を祈る予祝行事など、さまざまな養蚕信仰が生まれた。これらは養蚕農家の減少に伴い、1935年（昭和10年）頃から徐々に行われなくなり、現在はほとんど行われていない<ref name="図録1989、40頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、40頁</ref>。
* '''予祝行事''' - 2月最初の午の日に各家庭で繭玉を作り、村の稲荷神社などに供えて豊蚕を祈った。繭玉は、繭団子、蚕団子などとも称し、米粉で繭を模したものだった。
* '''ネズミ除け信仰''' - 養蚕の神である[[豊受大神]]を祀る[[藤社神社 (京丹後市)|藤社神社]]（峰山町鱒留）や、猫地蔵（網野町切畑）の拝殿や祠、地蔵の周辺には、「お猫さん」「猫石」等と呼ばれる石が置かれ、これを1つ持ち帰って蚕室に置くと、ネズミが出ないと伝えられている。藤社神社、[[比沼麻奈為神社 (京丹後市)|比沼麻奈為神社]]（峰山町久次）、[[籠神社]]（宮津市）など、養蚕に関係する神をまつる神社に参拝してお札をもらい、蚕室に貼ったりもした。
* '''養蚕の神仏への参拝''' - [[神道]]においては豊受大神や、機神の祖神とされる[[天羽槌雄神|天羽槌雄命]]が祀られ、仏教では西光寺（加悦町）に貧しい人々に衣服を織って与える[[馬鳴菩薩]]が現存している。
* '''縮緬奉納''' - 加悦谷では、織手が技術向上や難物が出ないことを祈り、織りあげたちりめんの一部を最寄りの稲荷神社に奉納した。
<ref name="図録1989、40頁"/>
一方、機業にまつわる祭事は現在も盛んに行われており、4月下旬の土日に与謝野町のほぼ全域で行われる「[[加悦谷祭]]」、5月3・4日に三河内地区で行われる「[[三河内曳山祭]]」は、いずれも江戸時代から丹後ちりめんの発展とともに形作られ、今日に至っている。
[[File:Kaya Shrine in yosano-cho.jpg|thumb|加悦谷祭りの祭礼行事のなかの旧加悦町地域、愛宕神社の祭礼の巡行]]
* '''加悦谷祭''' - 毎年4月に行われる与謝野町最大規模の祭礼で、町内数十カ所で同時に開催する。神楽の渡御が中心で、地区によってちがいがあるが、[[伊勢太神楽]]系の獅子神楽や太刀振り、子供屋台とも称される太鼓屋台や芸屋台などがみられる<ref name="加悦町史概要版2004,148p"/>。府登録[[無形民俗文化財]]となっている後野地区宮本町の「愛宕山子ども歌舞伎」には、滋賀県長浜の[[長浜曳山祭|曳山祭り]]との類似点も多い<ref name="加悦町史概要版2004,148p"/><ref name="加悦町史概要版2004,150p"/><ref>{{Cite web |url=http://www.kyoto-kankou.or.jp/event/?id=9571&r=1529441543.3158 |title=後野の屋台行事 |publisher =|accessdate =2018-06-20}}</ref>。この宮本町の子ども歌舞伎は[[1962年]]（昭和37年）を最後に一度途絶えたが、[[1990年]]（平成2年）に28年ぶりに復活を遂げ、以後は隔年で奉納されている<ref name="たんご通信18,1999,21p"/>。次回は[[2019年]]に行われる。祭りの発祥は定かではないが、各地区の文献に残るいくつかの記録から、江戸時代中期の天明（1782年-1788年）から寛政（1789年-1801年）年間にかけて、ちりめんを通じて人の往来があった京都の[[祇園祭]]などから都市的な曳山行事が流入し、18世紀後半のちりめん好況により町が成熟した証として発展したと考えられている<ref>「たんご通信18号」丹後リゾート推進連絡協議会、丹後リゾート総合企画株式会社、1999年、21-22頁。</ref><ref name="加悦町史概要版2004,150p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、150頁</ref>。かつては旧加悦町・旧野田川町の各村に鎮座する神社ごとに春や秋に行われていた各々の祭礼を、[[1887年]]（明治20年）頃に加悦区の[[天満神社 (与謝野町)|天満神社]]の天神祭の祭日にあわせて4月24・25日に統一し、現在の「加悦谷祭り」となったもので<ref name="たんご通信18,1999,21p">『たんご通信18号』丹後リゾート推進連絡協議会、丹後リゾート総合企画株式会社、1999年、21頁。</ref>、[[2001年]]（平成13年）からは4月最終の土曜日曜に行われている<ref name="加悦町史概要版2004,148p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、148頁</ref>。
[[File:三河内曳山祭 Sidori Shrine in yosano-cho.jpg|thumb|倭文神社の祭礼行事、三河内曳山祭]]
* '''三河内曳山祭''' - 織物・機業の祖神とされる「天羽槌雄命（アメノハヅチオノミコト）」を祭神とする[[倭文神社 (与謝野町)|倭文神社]]（しどりじんじゃ）の祭礼行事である。[[1755年]]（宝暦5年）旧暦の8月朔日に梅谷の「大幟」に始まり、「八幡山」「浦嶋山」「春日山」「倭文山」の4つの山屋台が順次作られ、神楽殿や太鼓台を加えて合計12基が春に巡行する現在の形になったのは明治期以降とされている。神楽は伊勢太神楽系とされる<ref name="加悦町史概要版2004,151p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、151頁。</ref>。昭和の頃までは加悦谷祭に含まれていたが、近年独立し、5月3日に宵宮、5月4日に大祭礼が行われるようになった。芸屋台もあり、芸屋台が巡行する年には山屋台の巡行は行われないのが慣例となっている<ref name="加悦町史概要版2004,151p"/>。府登録無形民俗文化財<ref>{{Cite web |url=https://yosano-kankou.net/event |title=三河内（みごち）曳山祭 |publisher =|accessdate =2018-06-20}}</ref>。絹織物の見送り幕などで絢爛豪華に装われた曳山は、京都の祇園祭を彷彿とさせると評されている<ref>「三たん事典 1 人と祭り編」三たん地方開発促進協議会、2000年、41頁。</ref>。
* '''金色蚕糸神祭''' - 加悦のちりめん街道にある[[実相寺 (京都府与謝野町)|実相寺]]で、毎年秋に行われる祭事。府内府外を問わず織物関係機関から多数の来賓を迎えて挙行されている。近年はちりめん街道を舞台に「着物が似合う」「着物で出かけると楽しい」をテーマに与謝野町商工会が主催する「きものでぶらり♪ちりめん街道」のイベントのなかで行われている<ref>{{Cite web |url=http://web.yosano.or.jp/?p=696 |title=きものでぶらり♪ちりめん街道２０１７ |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。
* '''蚕織神社祈願祭''' - 織物産業の長期低迷の打開と今後の発展を願い、京丹後市と与謝野町の織物関係者で構成された「丹後織物禊（みそぎ）の会」を中心に、[[2012年]]（平成24年）から京丹後市網野町の[[蚕織神社 (京丹後市)|蚕織神社]]で行われている祭礼行事<ref>{{Cite web |url=https://www.youtube.com/watch?v=SQFa_ca4Jis |title=（動画）ちりめん奉納 祈祷・禊 |publisher =|accessdate =2018-06-20}}</ref>。3月下旬に祈祷を行い、海に入って身を清めた後に製織した丹後ちりめんの白生地の反物を、[[京丹後ちりめん祭]]の日に奉納する<ref name="丹後織物№837,2014"/>。奉納ちりめんを製織する業者は、毎年くじで選ばれる<ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/843.pdf |title=丹後織物№843 |publisher =丹後織物工業組合|accessdate =2018-06-20}}</ref>。奉納されたちりめんは、染色や縫製も地元で行い、翌年の京丹後ちりめん祭の当日から[[おみくじ]]入れとして[[網野神社 (京丹後市)|網野神社]]で販売される<ref>{{Cite web |url=http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20170418000049 |title=鮮やか！丹後ちりめんおみくじ 京都、網野神社で販売 |publisher =京都新聞|accessdate =2018-06-20}}</ref>。
=== まちおこし ===
* '''京丹後ちりめん祭''' - 京丹後市網野町の網野神社や丹後地域地場産業振興センター・[[アミティ丹後]]周辺で毎年4月に開催され、2018年で68回目を数えた産業祭。織物業者による祈願祭のほか、新作発表や商談が行われると同時に、「[[丹後ちりめん小唄]]」の披露や丹後地方の織物展示、染色や養蚕の体験などが行われ、丹後ちりめんの歴史や文化を広く伝える機会となっている。また、[[静御前]]と花笠の女性たちが踊りながら町内を練り歩くパレードやステージショー、地元高校のパフォ－マンス、うもいもの市など一般的なイベントも多く、一般市民が気軽に丹後ちりめんに親しむ機会となっており、日本遺産「丹後ちりめん回廊」の構成文化財のひとつに数えられている<ref>{{Cite web |url=http://www.kyoto-kankou.or.jp/event/?id=8973&r=1529444329.6831 |title=京丹後ちりめん祭 |publisher =|accessdate =2018-06-20}}</ref><ref>「たんご通信18号」丹後リゾート推進連絡協議会、丹後リゾート総合企画株式会社、1999年、4-5頁。</ref>。
* '''丹後きものまつり''' - [[2000年]]（平成12年）から毎年秋に、和装文化と観光のコラボレーションによる地域振興をめざして天橋立で開催されている<ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/834.pdf |title=丹後織物834 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/kimonomaturi/ |title=丹後きものまつりin天橋立 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref>。事前登録し、きものを着用することがまつり参加の条件となっているが、多くの特典が用意されており、毎年数百人～1000人以上が参加している<ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/853.pdf |title=丹後織物853 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/847.pdf |title=丹後織物847 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/03/840.pdf |title=丹後織物840 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref>。開催年によっては、伊根町野村地区に伝わる伝統芸能の演舞が披露されるなど、地域の文化に親しむ機会ともなっている<ref>{{Cite web |url=https://www.tanko.or.jp/site/wp-content/uploads/2017/12/860.pdf |title=丹後織物860 |publisher =|accessdate =2018-06-26}}</ref>。
* '''[[こまねこまつり]]''' - [[2016年]]（平成28年）から、京丹後市峰山の[[金刀比羅神社 (京丹後市)|金刀比羅神社]]内に養蚕業者が建立した[[木島神社 (京丹後市)|木島神社]]の[[狛猫]]にちなんだまちおこしとして毎年秋に開催されている。神社の周辺では狛猫をモチーフとしたグッズ、ランチ、スイーツが販売され、全国の猫ファンからの問い合わせもあるという<ref>日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.58、2017年12月号、新治昌弘「4,丹後の織物-丹後ちりめん-」12頁。</ref>。また、関連企画として、丹後ちりめんゆかりの史跡を巡る「こまねこウォーク」が春と夏に開催される<ref>{{Cite web |url=http://komanekofes.com/ |title=こまねこまつり |publisher =|accessdate =2018-05-30}}</ref>。
=== 民謡 ===
[[1935年]]（昭和10年）6月、峰山町出身の[[田村しげる]]が作曲し、[[時雨音羽]]が作詞、[[東海林太郎]]、[[喜代三]]が歌った「丹後ちりめん小唄」が発表され、レコードが作製された<ref name="丹後のはた音1998,227p">『丹後のはた音』「丹後のはた音」編集グループ、1998年、227頁。</ref>。[[1956年]]（昭和31年）には[[宝塚歌劇団]]の花組公演「春の踊り」のなかで発表されている<ref>丹後織物工業組合『創立50周年記念誌』1971年、58頁。</ref>。「丹後ちりめん小唄」は、日本遺産「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに数えられる。このほか昭和期に作られた丹後ちりめんの唄には、[[野村俊夫]]作詞、[[古賀政男]]作曲で[[神楽坂はん子]]が唄った「貴方まかせ」や、[[藤浦洸]]作詞、田村しげる作曲、[[青木光一]]と[[奈良光枝]]や[[島倉千代子]]が唄った「ちりめんタンゴ」があり、京丹後ちりめん祭など丹後ちりめん振興の場で今日も歌い継がれている<ref>丹後織物工業組合『創立50周年記念誌』1971年、巻末付録に歌詞全文掲載。</ref><ref>成田景堯『京都に学ぶマーケティング』五絃舎、2014年、137頁。</ref>。
{{Wikisource|ちりめん労働歌}}
また、作者不明の「車廻し唄」「管巻き唄」「織手唄」などの「機屋唄」をはじめ、「桑つみ唄」「糸引唄」「糸繰唄」「糸紡ぎ唄」など、ちりめんの製織にまつわる[[労働歌]]が数多く残されており、機屋唄だけでも5000首はあると伝えられている<ref name="図録1989、21頁"/>。
=== 機屋奉公と主婦労働 ===
[[File:丹後ちりめん機屋の様子。車廻しと織手。（明治40年）.jpg|thumb|1907年（明治40年）に撮影された機屋の様子。車廻しと織手。]]
明治から昭和中期にかけて、[[丹後半島]]の沿岸部や[[上世屋]]などの山間部、[[但馬]]地方などから、未婚の子女が、加悦谷や峰山、網野などの丹後ちりめんの機屋に奉公し、多くは住み込みで丹後ちりめんの製織に携わった<ref>『伝統の手仕事 京都府諸職関係民俗文化財調査報告書』 京都府教育委員会、1994年、275頁。</ref>。比較的大規模な、織機30台以上を所有していた織物工場は、[[1925年]]（大正14年）の時点で8工場あり、与謝郡に1、中郡に3、竹野郡に4だった<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、139頁。</ref>。職工の男女比は1:2で女工が多く<ref group="注">製糸や紡績工場では圧倒的に女工が多い時代だったが、丹後ちりめんの機屋では比較的男子が多く、力仕事に従事した（北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、137頁。）。</ref>、従事した仕事は男女で異なり、なかでも「車廻し（撚糸）」は男性の職工、「織手」は女工と決まっていた<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、142-144頁。</ref>。女工は「今年来年上機先で、再来年から織手する」と唄われたように、織手になるまでには段階的に技術を習得することが求められた。大正期に加悦で機屋奉公をした女性の記憶によれば、工員は朝6時に起床し、朝食ののち7時から夜9時まで働き、見習いのうちは夜9時以降もランプ磨きなどの仕事があった<ref name="図録1989、39頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、39頁</ref>。近代の紡績業の労働条件は一般に昼夜2交代制の12時間労働で、一カ月の休日は1～2日だった<ref>{{Cite web |url=http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/nipponsaikoh/pdf/isangun.pdf |title=平成19年度近代化産業遺産群 |page=97 |accessdate =2018-06-26}}</ref><ref name="八木1970、120頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、120頁</ref>。休憩時間は、線香が燃え尽きるまでの時間で計られた<ref name="図録1989、39頁"/>。厳しい製品検査で欠陥が見つかると、賃引といって給与から天引きされた<ref name="織手さん1992,207-208p">『丹後ちりめん女工昭和史 織手さん』久江勇（著・刊行）、1992年、207-208頁。</ref>。[[1897年]]（明治30年）に加悦町に生まれた詩人であり、自身も13歳から紡織工場で働き、28歳の若さで亡くなった[[細井和喜蔵]]は、著書『[[女工哀史]]』のなかで、機屋奉公の過酷さについて、「加悦の谷とはだれが言たよ言た地獄谷かや日も射さぬ」と詠っている<ref name="八木1970、11頁。"/><ref name="八木1970、85-86頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、85-86頁</ref><ref name="図録1989、21頁">『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年、21頁</ref>。
大正時代から昭和にかけては経営者の中には労働環境の改善に目を向ける者も現れ、[[1917年]]（大正7年）に株式会社となった加悦の西山機業場では、創業当初は14時間だった労働時間を12時間以内とし、浮いた2時間を工員の教育に充てた。奨励金や賞与の制度を設けて長期就労者を表彰し、株式会社設立に際しては優秀な職工や女工たちにも株を分配し、志気を高めた<ref>北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年、153頁。</ref>。[[伊根町|伊根]]の筒川製糸工場でも、夕食後に和裁や華道、礼儀作法などを講師を招いて指導するなど、小学校を卒業してすぐに働きはじめる者が多い女工のための教育機会が設けられていた<ref name="織手さん1992,207-208p"/>。峰山の行待織物工場では、5年精勤すると町から表彰され、10年勤めると嫁入り道具一式を用意してもらえたという<ref name="織手さん1992,20p">『丹後ちりめん女工昭和史 織手さん』久江勇（著・刊行）、1992年、20頁。</ref>。
[[1940年]]（昭和15年）、丹後織物工業組合は住民の医療福祉の充実を図るため、全額寄付によって財団法人[[丹後中央病院]]を設立し、理事長には組合の理事長でもあった古賀精一が就任した<ref name="丹後のはた音1998,227p"/><ref>{{Cite web |url=http://www.tangohp.com/about/gaiyo.html |title=丹後中央病院沿革 |publisher =|accessdate =2018-06-20}}</ref>。丹後中央病院は現在も京丹後市の医療の中核を担っている。これに先立つ[[1938年]]（昭和13年）には、丹後縮緬健康保険組合も組織され、丹後機業就業者の[[健康保険制度]]が確立されている。地域一円の織物業者のみで結成した[[健保組合]]の成立は、日本初であった<ref name="組合史1981,254">『組合史-丹後織物工業組合六十年史-』丹後織物工業組合、1981年、254頁。</ref>。
しかし、昭和40年代の黄金期においても、丹後ちりめん職人の労働環境は過酷で、家内工業で機を織る主婦は、朝7時から100[[ホン]]の騒音のなかで1日平均13～14時間機織りに従事した<ref name="野村1978,46p"/><ref name="八木1970、11頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、11頁</ref>。[[1965年]]（昭和40年）の統計によると、丹後地方における妊娠中絶率は全国平均30.2人に対し、丹後町で113.7人、網野町で91.7人、大宮町で80.8人と多く、[[1968年]]（昭和43年）の調査でも全国ワースト1～3位を独占した<ref>中嶋利雄、原田久美子『日本民衆の歴史 地域編10 丹後に生きる-京都の人々』三省堂、1987年、219頁。</ref><ref name="八木1970、8頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、8頁</ref>。[[1962年]]（昭和37年）から行われた峰山保健所の調査では、1日の労働時間が9～15時間に及ぶ者が57パーセント以上おり、16～18時間働く者も8パーセント以上となっており<ref name="八木1970、12頁。">八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年、12頁</ref>、長時間労働が機業に従事する婦人の健康を損なっていた事態が明らかとなっている<ref name="窪田1973,51p"/>。
== 丹後ちりめんが生んだ近代化遺産 ==
=== 丹後ちりめん歴史館 ===
[[File:丹後ちりめん歴史館.jpg|thumb|丹後ちりめん歴史館]]
昭和初期の織物工場跡地を活用した[[企業ミュージアム]]。無料で常時公開されている現役の丹後ちりめん製造工場であり、江戸時代からの八丁撚糸機や手機などの丹後ちりめんの歴史を物語る紡織器具や資料を展示する資料館でもあり、現代作家の作品等を展示するギャラリーを併設している。現代の絹製品も1000種以上展示し、帯ハギレ・ちりめん生地などの切売を行う直売所ともなっている<ref name="丹後ちりめん歴史館">{{Cite web |url=http://www.mayuko.co.jp/rekisi/pr.html |title=丹後ちりめん歴史館公式サイト |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。2017年4月、日本遺産「丹後ちりめん回廊」の構成文化財のひとつに認定された。
もともとは[[1903年]]（明治36年）に建設され、国の方針により、[[グンゼ]]の製糸した生糸で婦人服やスカーフなどの絹の白生地を織り、[[イタリア]]北部の[[ミラノ]]周辺の染色工場に輸出して外貨を稼いだ工場だった<ref name="丹後ちりめん歴史館"/>。当時の建物は北丹後地震で倒壊し、[[1935年]]（昭和10年）に再建されていた<ref>{{Cite web |url=http://www.mayuko.co.jp/rekisi/news.jpg |title=ちりめん歴史館整備へ |publisher =京都新聞|accessdate =2018-06-22}}</ref>。
歴史館への改築にあたっては、古民家再生で実績のある野井茂正が建築デザインを担当し、日本の産業遺産として希少とされる、ちりめん工場特有のノコギリ型の三角屋根<ref group="注">ノコギリ型の屋根は、ちりめんの仕上がりを確認するのに必要な北側からの安定した採光を重視した造りで、産業革命時代のイギリス発祥の建築構造。単純な構造のため建設コストがよい、織機の振動に耐えるなどのメリットもあり、普及したと考えられている（[http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/nipponsaikoh/pdf/isangun.pdf 「平成19年度近代化産業遺産群33」55頁]）。</ref>が5棟連なった外観をそのまま残している<ref>大滝吉春、乾麻里子、C・R・K design『着物のふるさと・染め織り巡り』グラフィック社、2010年、64-65頁。</ref>。[[2004年]]（平成16年）、リフォーム･リニューアル&コンバージョン設計アイデアコンテストにおいて優秀賞を受賞した<ref>{{Cite web |url=https://www.rrshow.jp/R&C2004/RandC-cntstl.html |title=004リフォーム･リニューアル&コンバージョン 設計アイデアコンテスト結果発表 |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。
=== 加悦鉄道 ===
[[ファイル:Kaya Sta.jpg|thumb|かつての加悦駅構内。加悦鉄道は1985年5月1日に全線廃止となり、現在その路線跡の大部分は遊歩道となっている。]]
山間部が連なる地形のために耕地に恵まれない加悦谷で、人々の暮らしを支えてきたのはひとえにちりめんだった<ref>加悦町史編纂委員会『加悦町史 資料編第一巻』加悦町長役場、2007年、689頁。</ref>。ちりめんは価格変動が激しかったため、大きな市場をもつ京阪神へ迅速に輸送することは産地にとって重要な課題だった<ref name="加悦鉄道2014,5p">『加悦鉄道(上) -丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」』ネコ・パブリッシング、2014年、5頁。</ref>。江戸時代には大江山を超えて飛脚が届けたちりめんは、[[1899年]]（明治32年）に[[阪鶴鉄道]]が[[福知山]]まで開通するとそこから先は汽車に乗り、[[1904年]]（明治37年）に[[官設鉄道]]が[[新舞鶴]]まで開通すると福知山ルートの他に、宮津から船で舞鶴へ行き、そこから汽車を利用する手段がとられた<ref name="加悦鉄道2014,4p">『加悦鉄道(上) -丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」』ネコ・パブリッシング、2014年、4頁。</ref>。
[[1892年]]（明治25年）に「[[鉄道敷設法]]」が公布されると、丹後一帯のちりめん業者が中心となり、丹後地方を[[山陰線]]の通過ルートとするよう熱心に誘致運動を行ったが、実現には至らなかった<ref name="加悦鉄道2014,4p"/>。[[1916年]]（大正5年）、京都府は[[国鉄]]の通らなかったこれら地域で、府費による測量を行った。宮津では丹後鉄道期成同盟会が組織され、早期実現を請願、[[1919年]]（大正8年）に舞鶴から宮津・峰山を経て豊岡に至る今日の[[宮津線]]ルートが着工したが、ここでも加悦谷の機業の中心地である南部6カ村を通過することはなかった<ref name="加悦鉄道2014,4p"/>。加悦谷地域のちりめん業者は粘り強く交渉を続け、[[1921年]]（大正10年）には「京都府山田ヨリ兵庫県出石ヲ経テ豊岡ニ至ル鉄道（山豊線）<ref group="注">「山田」は現在の[[京都丹後鉄道]]「与謝野駅」にあたり、[[出石]]を経由するルートであれば加悦町を通過することは確実と考えられた。</ref>」建設案が[[衆議院]]本会議で可決されたものの、[[貴族院]]の反対により不成立となる。さらには[[1922年]]（大正11年）、鉄道敷設法の改正によりついに山豊線が[[官営鉄道]]の候補にあがり、測量が行われたが、[[1923年]]（大正12年）9月1日の[[関東大震災]]で保管されていた現地測量図や関係資料の一切が失われたことで、計画は白紙に戻されてしまう<ref name="加悦鉄道2014,5p"/>。再検討後の鉄道敷設計画では加悦まで鉄道が来ないことを知った地元住民は、[[鉄道省]]に請願して経験のある技師を派遣してもらい、線路の延長距離とかかる経費を算出させた。その結果、総工費見積額は343,894円、車輌や[[軌条]]を鉄道省払い下げの中古品で賄えば25万円<ref group="注">のちに軌条費用に見込み違いが発生し、必要経費は30万円と判明。</ref>で全長5.3キロの鉄道建設が可能という結論を得ると、町民823名が出資して、資本金30万円（現在の価値で約1億8200万円）の[[加悦鉄道株式会社]]を設立した<ref name="加悦鉄道2014,5p"/>。[[1926年]]（大正15年）3月27日に工事契約が成立、待ち望まれた鉄道は4月10日の着工からわずか数カ月で完成し、12月5日に開通した。後年には[[大江山]]の[[大江山鉱山|ニッケル鉱山]]から鉱石を運んだことで知られるようになる加悦鉄道だが、もともとは丹後ちりめんの出荷のために建設・運航したものであった<ref>加悦町史編纂委員会『加悦町史 資料編第二巻』加悦町長役場、2007年、818-819頁。</ref>。
[[加悦鉄道]]の建設は、近世以来の加悦の町並みに初めて近代的な都市計画がもたらされた最初の事業であり、多額の固定資産を要する事業を基本的に住民の手だけで成し遂げたという2点において、町の歴史のなかで特筆すべきこととして伝えられている<ref name="加悦町史概要版2004,215-216p">加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年、215-216頁</ref>。
鉄道開通からわずか3ヶ月後の1927年（昭和2年）3月7日、丹後地方はマグニチュード7.3の北丹後地震に見舞われ、各地で壊滅的な被害を被る。開通したばかりの加悦鉄道も例外ではなく、[[岩屋村 (京都府)|岩屋]]地区から宮津市[[府中村 (京都府)|府中]]地区までの「[[山田断層]]」の北側が最大70センチメートル隆起し東へ80センチメートル移動した影響で、駅舎の倒壊や線路築堤の陥落が発生し、電話線の電柱は全線にわたり傾き、鉄道員2名の死者もでた<ref name="加悦鉄道2014,13p">『加悦鉄道(上) -丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」』ネコ・パブリッシング、2014年、13頁。</ref>。復旧には1万7千円を要したが、ただちに行われ、6日後には運航を再開して、救援物資の輸送に大いに貢献した<ref>{{Cite web |url=http://www.yosano.or.jp/chirimen-kaido/?page_id=46 |title=住民が鉄道をひいた町 |publisher =|accessdate =2018-06-05}}</ref><ref name="加悦鉄道2014,13p"/>。
加悦鉄道は、各地から中古車両をかきあつめて運行されたため、今日では希少な車輌が多く使われ、残されている<ref>{{Cite web |url=http://www.kyt-net.jp/kayaslhiroba/exhibits.html |title=加悦SL広場公式サイト |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。当時の駅舎や蒸気機関車が日本遺産「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに数えられ、[[1873年]]（明治6年）に製造された日本で2番目に古いとされる蒸気機関車（2号蒸気機関車。旧123号）は、[[2005年]]（平成17年）に車暦簿（機関車台帳）とともに国の重要文化財に指定された<ref>{{Cite web |url=http://www.kyt-net.jp/kayaslhiroba/news20050610.htm |title=旧加悦鉄道 ２号蒸気機関車 「１２３号蒸気機関車」 重要文化財に指定 |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。近年では、映画『海賊とよばれた男』の撮影にも使用された<ref>{{Cite web |url=https://www.loca-doco.club/20161210-kaizoku-locachimap/ |title=＜海賊とよばれた男＞北部4市町 ロケ地マップ |publisher =|accessdate =2018-06-22}}</ref>。
=== 桜山荘 ===
[[File:吉村家別荘・桜山荘 Mineyama,Kyoto.jpg|thumb|丹後ちりめんで富を築いた吉村家の別荘「桜山荘」]]
峰山町菅の桜山山頂にある機業家・吉村家の別荘で、[[2018年]]（平成30年）5月に、街中にある吉村家住宅ともども日本遺産「丹後ちりめん回廊」の構成文化財に追加認定された<ref>{{Cite web |url=https://www.city.kyotango.lg.jp/top/kanko_bunka_sports/rekishi_bunka/4594.html |title=京丹後市「日本遺産」 |publisher =|accessdate =2018-07-01}}</ref>。
吉村家は屋号を「丹後屋」と称し、[[1872年]]（明治5年）頃に創業を開始した老舗の機業家である。明治後期から大正期の3・4代目の吉村伊助の時代に大きく躍進し、「縮緬王」とうたわれた。なかでも、4代目伊助は峰山町長や丹後織物商組合長を兼任、上水道の建設や峰山地域への鉄道の開通など公共事業の発展に尽力し、地域産業の発展と近代化に影響を与えた<ref>京丹後市編さん委員会『京丹後市のまちなみ・建築』 京丹後市役所、2017年、334頁。</ref>。
桜山荘は、[[1919年]]（大正8年）、4代目伊助が人材の養成と社会救済を目的として設立した[[吉村財団]]の活動拠点として、山を切り開いて建築した別荘で、「財団の発足、郷土振興ひいては国策等、重要な画策の多くも、ここで行われた」と伝えられる<ref name="京丹後市2017,344p">京丹後市編さん委員会『京丹後市のまちなみ・建築』 京丹後市役所、2017年、344頁。</ref>。[[1930年]]（昭和5年）頃に当地を訪れたとみられる[[与謝野鉄幹]]・[[与謝野晶子|晶子]]夫妻も立ち寄り、書画を残している<ref name="京丹後市2017,346-347p">京丹後市編さん委員会『京丹後市のまちなみ・建築』 京丹後市役所、2017年、346-347頁。</ref><ref group="注">与謝野晶子は、昭和5年に[[峰山小学校]]の講堂で講演を行っている。</ref>。
建物は京都の大工・[[山田七蔵]]の手によるもので、[[書院造り]]と[[数寄屋造り]]が融合した独特な外観が特徴的である<ref name="京丹後市2017,346-347p"/>。周囲の山並みを借景とする庭園は、同じく京都から招かれた造園師・[[本井庄五郎]]の手によるものである<ref name="京丹後市2017,344p"/>。桜山荘は、職人の高度な技術と上質な材料を見ることができる近代和風建築として評価され、現在も創建当時とほぼ変わらない姿で維持されている。峰山町内に壊滅的な被害をもたらした北丹後地震にも耐えたことから、大工の山田七蔵は震災後の吉村家本宅の再建でも請われて腕を振るっている<ref name="京丹後市2017,346-347p"/>。なお、桜山荘は現在非公開となっている。
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注"}}
=== 脚注 ===
{{Reflist|2}}
== 参考文献 ==
* 野村隆夫『丹後＝ちりめん誌』 日本放送出版協会、1978年。
* 丹後織物協同組合『丹後ちりめん』 丹後織物協同組合、1978年。
* 京都府立丹後郷土資料館『特別展図録20 丹後縮緬』 京都府丹後郷土資料館、1989年。
* 松岡憲司編『地域産業とイノベーション 京都府丹後地域の伝統・現状・展望』 日本評論社、2007年。
* 松岡憲司編『地域産業とネットワーク 京都府北部を中心として』 新評論、2010年。
* 京丹後市史編さん委員会『図説京丹後市の歴史』 京丹後市役所、2016年。
* 京丹後市編さん委員会『京丹後市のまちなみ・建築』 京丹後市役所、2017年、324-369頁。
*『峰山郷土史 上』峰山町、1963年。
*『京都府誌 下』京都府、1974年。
* 加悦町史編纂委員会『加悦町史概要版 古墳公園とちりめん街道』2004年。
* 加悦町史編纂委員会『加悦町史 資料編第一巻』加悦町長役場、2007年。
* 加悦町史編纂委員会『加悦町史 資料編第二巻』加悦町長役場、2007年。
* 与謝野町観光協会 『Do:e【ドーエ】 丹後ちりめん特集』2017年、vol.2、1-10頁。
*『創立50周年記念誌』丹後織物工業組合、1971年。
*『組合史-丹後織物工業組合史-』丹後織物工業組合、1981年。
* 北野裕子『生き続ける300年の織りモノづくり』新評社、2013年。
* 内橋克人『共生の大地 新しい経済がはじまる』岩波新書、1995年。
* 中嶋利雄、原田久美子『日本民衆の歴史 地域編10 丹後に生きる-京都の人々』三省堂、1987年。
* 八木 康敞『丹後ちりめん物語 「うらにし」の風土と人間』三省堂、1970年。
* 丹後展企画委員会『日本のふるさと 大丹後展』京丹後市教育委員会、2015年。
* 日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.57、2016年3月号、井澤一郎「丹後ちりめん産業と京都府織物機械金属振興センターの取り組み」6-10頁。
* 日本繊維製品消費科学会「繊維製品 消費科学」vol.58、2017年12月号、新治昌弘「丹後の織物-丹後ちりめん-」10-13頁。
* 京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅰ』京都府教育委員会、1985年。
* 京都府立丹後郷土資料館『丹後の紡織Ⅱ』京都府教育委員会、1986年。
* 大滝吉春、乾麻里子、C・R・K design『着物のふるさと・染め織り巡り』グラフィック社、2010年、62-65頁。
* 奥丹後地方史研究会編集委員会『写真が語る明治・大正・昭和の丹後』文理閣、1991年。
* 丹後ちりめん子ども風土記編集委員会『丹後ちりめん子ども風土記』文理閣、1977年。
* 子どもがつづる丹後の歴史編集委員会『子どもがつづる丹後の歴史』文理閣、1980年。
* 窪田英樹『丹後のおんな』創樹社、1973年。
* 『丹後ちりめん女工昭和史 織手さん』久江勇（著・刊行）、1992年。
* 機関紙「丹後織物」丹後織物工業組合、2013～2018年、№828～862[https://www.tanko.or.jp/outline/press/]。
*「たんご通信」丹後リゾート推進連絡協議会、丹後リゾート総合企画株式会社、4号（1995年）、18号（1999年）、記念号（2003年）。
*「三たん事典 1 人と祭り編」三たん地方開発促進協議会、2000年。
* 成田景堯『京都に学ぶマーケティング』五絃舎、2014年、131-142頁。
* 京都新聞社『ふるさとNEXT 京都府北部地域で生きる』京都新聞出版センター、2018年。
==外部リンク==
*京都府統計データ[http://www.pref.kyoto.jp/tokei/monthly/orimono/orimonotop.html 織物の動き 京都府織布生産動態統計調査]
*[http://www.tanko.or.jp/ 丹後織物工業組合]
*[http://www.mayuko.co.jp/rekisi/pr.html 丹後ちりめん歴史館]
*[https://www.tanko.or.jp/kimonomaturi/ 丹後きものまつり実行委員会]
*[http://www.yosano.or.jp/chirimen-kaido/ ちりめん街道]
== 関連項目 ==
* [[丹後ちりめん回廊]]
* [[ちりめん街道]]
* [[絹織物]]
* [[丹後地方]]
* [[加悦SL広場]]
* [[加悦谷]]
* [[京極氏]]（高知流・丹後京極家）
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